第28話 人工知能、100人斬りを始める②

 矢や魔術などの遠距離攻撃を専門とする後衛部隊29人は、一時的に無力化した。

 しかし予備の弓を準備し、新しい魔術も詠唱し始めている。放置は出来ない。

 だが狂牛のように突進する前衛部隊69人も対処しなくてはいけない。

 

 クオリアは『生命活動を停止させてはいけない』という優先事項プロトコルを考慮する。故に、光線で直接狙う事はしない。

 かわりに牽制として、前方部隊に銃口を向ける。

 

「うっ……」


 前方部隊の動きが止まった。

 一瞬だけ。

 十分な、間である。

 

『Type SWORD』


 5Dプリントからの光。

 左手のフォトンウェポンのみ、一振りの柄に変貌させる。

 しかし柄の空洞からは荷電粒子ビームではなく、模造剣が伸びていた。


 まず先頭の2人。

 頭への攻撃を警戒されている。顎を揺らす方法は使えない。

 だがクオリアのセンサーは、甲冑の隙間、歪み、脆弱点を全て見通していた。


 後はその箇所に、ダメージが最大になるように模造剣を振り切るだけ。


「ぐあっ」

「ぬおっ……」

「残り97体」


 しかし、まだ前衛部隊だけでも70体弱。

 当然、左右前後を他の騎士達に囲まれる。

 

「よし! 袋叩きにしろ!」

 

 苛立ったエルヴィンの声が届く。

 剣、槍、ハンマー――あらゆる近接武器が、一気にクオリアを襲う。

 逃げ場はない。避ける場所もない。まず手数が足りない。


 最初から勝負が見えているワンサイドゲーム。

 その場にいた兵士も、エルヴィンも即座に勝利を確信してゆっくりと微笑んでいた。

 だが10秒も経たない内に、異変がその余裕を打ち消した。

 

「残り92体」


 武器同士が絡み合う音に混じり、次々に鎧が倒れる鈍重な振動。

 

「残り89体」

 

 クオリアは、無傷だった。

 決してトロイの連携が機能していない訳ではない。一人一人の戦闘力は十分に備わっている。

 だが複数人で少数を確実に始末する集団戦法が通用しない。


 特に、左右背後からの攻撃を見ずに全て完封している。

 奇襲した側が、逆襲されている。

 

「残り75体――予測修正なし」

「ひい……なんだこいつは……速い訳でも、力が強い訳でもないのに……」

「俺達の攻撃が……全部見透かされてる……」


 意識を失った騎士達で、野原がモノクロに彩られていた。

 その中心に立つクオリアに、死神でも見たような眼で兵士達が顔を引きつらせる。

 

 昨日までの最適解の精度であれば、この時点で数回傷を負っていた事だろう。

 だが“聖剣聖”の剣術相手にラーニングし、それに勝るくらいに最適解の精度を研ぎ澄ませた。

 たとえ人数が集まって千差万別な武器を振るおうとも、スピリトを上回る速度でなければ、簡単に最適解を編み出せてしまう。

 

「うごっ」

「残り65体」


 慄き後退した騎士達の隙も、計算内。

 すかさず留守になった手薄な部分を、模造剣で弾き飛ばす。

 たった1分で、トロイの前衛は35人もの戦力を無力化されていた。

 

「今だ弓兵、魔術師、援護を――」


 前方部隊がクオリアから離れ手薄になり、見晴らしが良くなったことで弓兵や魔術師も援護がしやすくなった。

 一斉遠距離攻撃の第二波の号令をかけようとした時に、エドウィンの視界に入った。


 また後衛部隊の攻撃を悉く無力化する、荷電粒子ビームの流星群が。 


「今アイツ……俺達の事見てなかったよな……」

 

 まるでそこに弓や魔術が準備されるのが分かっていたかのように、右手の銃口で無駄弾一つ無く的確に撃ち抜いたのだ。


 

 

 

 

「残り49体――予測修正なし」

 

 弓兵15人は遂に全ての弓を破壊された形となり、実質無力化された。

 魔術師達も、精密すぎるノールックの早撃ちに完全に言葉を失っていた。

 

「ぐっ……」

「ぬあ……」

「残り33体」


 前衛の騎士は残り18人。後衛の魔術師は14人。加えてエドウィンが1人。

 決してクオリアが速すぎる訳でも、理不尽な破壊力を持っている訳でもない。

 だが次から次へと、既定路線でトロイ第五師団の戦力が封殺されていく。

 

 最早、血が飛び交う戦場ですらない。

 ここは血も通わぬ作業場。

 トロイ第五師団の戦力を一つずつ確実に無力化していくだけの、絵にもならない地獄。


「残り28体」

「はっ……お前ら! あの子供を狙え! 人質にしろ!」


 気が気でなくなったエドウィンの号令で、前衛の騎士達がスピリトに駆け寄る。

 

「そろそろこっちに来る頃だと思ってたわ……来るなら来なさい」

 

 満身創痍とはいえ、ただでやられる聖剣聖ではない。

 何とか立ち上がり、模造剣を構える――が、その剣が振るわれる事は無い。

 

『Type GUN』

 

 先程まで人体を狙わなかった筈のクオリアの荷電粒子ビームが、最前列にいた騎士達の肢体を撃ち抜いたからだ。

 

「い、ぎゃああああああああああああああああああああっ!?」


 鮮血噴き出す風穴を見つめ、悲鳴と共に蹲る騎士達。阿鼻叫喚の真っ赤な惨状にスピリトも騎士達も息を呑む。

 恐怖を誘ったのは、赤黒く染まった騎士だけではない。

 死んだ魚のように黒く澱んでいた、ただ無機質だったクオリアの眼が、見る者を狼狽させていた。

 

「警告する。スピリトへの敵対的行為を認識した場合、あなた達の肉体ハードウェアに重大な損傷を与えてでも無力化する。場合によっては生命活動を停止し、排除する」


 スピリトを狙われた状況の場合、まだ模造剣だけでは対応しきれない。

 スピリトとの戦闘でラーニングしたのは、自分のみが狙われた状況に過ぎない。

 故に、生命活動停止に繋がりかねない“Type GUN”の射撃を解禁するしかない。

 

「……ぐあ」

「残り15体」


 すっかり士気を喪失した前衛の騎士達も、程なくクオリアの模造剣に無力化された。

 

「……ま、魔術が封殺され――」


 残り14人の魔術が発動する瞬間、荷電粒子ビームに全ての魔術が射貫かれた。

 結局、一発も魔術を放てないまま、嵐のように魔術師達の元に到達したクオリア。

 為すすべなく、魔術師達も模造剣に脳を揺らされ無力化された。

 

「残り1体」

「……あ、悪夢だ」


 クオリアの視線の先で、エドウィンが茫然自失で佇んでいた。

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