第25話 人工知能、予測修正無し

 決められたレールを歩くように、クオリアは歩く。

 全身血塗れ。しかし血飛沫が噴き出した傷口はもう、どこにも存在しない。

 5Dプリントによって、千切れた破損個所が完全に入れ替わっている。

 

 加えて、無表情のクオリアから放たれる視線。

 反射の少ない瞳が、たじろぐスピリトを真っすぐに見つめていた。

 

「……」


 歯軋りをしながら、スピリトが再び極度に重心を落とす。

 次の瞬間には、クオリアの周りに分身が五人出現する。


「乱魔、五速!」

「予測修正無し」


 全てがクオリアの予測通りだった。


 金属音が五回。

 全ての剣閃が、クオリアの模造剣に塞き止められる。

 ――弾かれたのは、スピリトの小さな体の方だった。

 

「……なんで、私の方が弾かれてんの……?」

 

 受け身を取った後の、驚愕した表情。

 全てを見透かしたようなクオリアの眼は、その機微を見逃さない。

 スピリトの攻撃の起点も、見逃さない。

 

「乱魔、八速!」

「予測修正無し」


 怒濤の追撃。八人のスピリトによる剣術の大盤振る舞い。

 しかし変幻自在にして縦横無尽の絨毯剣閃すら、予測の枠を超えない。

 結果、連続した金属音の直後、スピリトが逆に吹き飛ばされた。

 

「そんな動き方で……速くもないのに……どうして!?」


 スピリトの全てのスペックは、クオリアを確かに上回っている。

 衝突の度、一方的にクオリアが力負けしていた。

 速度の優劣に至っては、火を見るよりも明らかだ。

 洗練された剣捌きだって、クオリアのそれとは別次元の領域だ。

 

 だが、もうスピリトの剣はクオリアには届かない。

 全て防がれ、かわされている。


「乱魔、九速!」

「予測修正無し」


 必死にスピリトが“聖剣聖”としての剣術を幾重にも振るう。


「乱魔、八速!」

「予測修正無し」


 だが何度乱魔を連続で発動しても、全て往なされる。


「乱魔、九速!」

「予測修正無し」

 

 斬撃が到達することは、もうない。

 

「君のその剣術……一体……」


 永遠に斬れない壁を相手にしているかのように、スピリトの眼に疲れが見え始めていた。

 肉体的な疲労ではない。精神的な苦痛だ。

 生まれてからの唯一の拠り所であり、“聖剣聖”と呼ばれるまでに昇華された剣術が、まったく通らない。

 一方でクオリアは、無表情のまま機械的に回答する。


「エラー。本戦法は剣術ではない」

「じゃあ、なんだっていうのよ!」

「あなたの動きを、全てクリアする行動を選択した」


 クオリアの戦い方に、ときめく名前など無い。

 強いて言うならば、最適解に沿って動いた。

 それだけである。


 クオリアは、剣術を使えない。

 縮地も使えない。

 乱魔も使えない。

 秘奥義もない。

 真正面から押し返すパワーでさえ、スピリトには勝てない。

 攻撃力とか防御力とか素早さとか、値で示されるスペックでは到底スピリトには及ばない。

 

 ただ、“聖剣聖”たるスピリトの天衣無縫な剣術を、クオリアが完全に予測可能になっただけだ。

 全ての太刀筋を見抜いて逆に弾き返す事が出来る程に、クオリアが編み出す最適解はラーニングによって研ぎ澄まされていた。

 

「だったら……」


 再び、両腕を開いて沈む。

 界十乱魔の発動姿勢だ。


「秘奥義でその摩訶不思議、千切り開ける……!」

「界十乱魔の実行は推奨されない。あなたは誤っている」

「なんですって!?」


 クオリアからの思わぬ言葉に、低い体勢のスピリトの眉間に皺が寄る。

 清水のように澄んでいたクオリアの眼は、全てを見通す。

 最適解だけではなく、それ以外の解も。

 

「あなたの肉体ハードウェアの各部分に多数の損傷が見られる。界十乱魔の実行による反動に由来するものと思われる」

「……訳の分からない事を言って……動揺でも誘うつもり!?」


 吐き捨てたスピリトは、しかし裏腹に動揺していた。

 図星を指されたと言わんばかりに歯軋りしていた。

 クオリアの見立てが正しい証拠だった。


 聖剣聖と言えど、秘奥義を連発して肉体に負荷がかからない訳がない。


「仮に君の言う通りだとしても! 私はここで止まる訳にはいかない!」


 叫んだ後、身を一層沈める。

 

「私には、お姉ちゃんしかいない……だから、止める!」

 

 スピリトは、躍る。

 十体の影が、クオリアの全方向を埋め尽くす。

 

 

 十の三日月やいばが、土砂降りのように降り注いだ。

 

「――


 模造剣の軌跡が、クオリアを紙一重でなぞる。

 その紙一重が届かない。

 刹那前にクオリアが動いて、切っ先の向こうへ遠のいてしまう。

 或いは刃と刃がぶつかり、金属音に全てが掻き消される。

 一、二、三、四、五、六、七、八、九――避けられ防がれた剣の結界。

 しかし諦めず、スピリトはそれでも剣を振るう。

 最後の一閃。十番目の斬撃。真横からの袈裟斬り。


 取った。

 スピリトの幼顔に、一瞬希望の光が浮かんでいた。

 




 秘奥義を全て往なしたクオリアの模造剣が、スピリトの首に添えられていた。

 絶対零度の感触が、スピリトの顔を硬直させた。

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