第24話 人工知能、剣聖の秘奥義を見る
陽が真上に登り始めた頃。
王都郊外の草原に、二つの影が揃った。
先に座して待っていたスピリトは、クオリアの足音を聞くと立ち上がる。
「『参った』を言う準備は出来た?」
「エラー。『参った』は禁則事項として登録されている」
「後悔するわよ」
「エラー。“後悔”は単語として登録されていない」
「なら、ここで刻みつけなさい。今日は最初からギア全開よ」
鞘から模造剣を抜くスピリト。
5Dプリントから模造剣を創るクオリア。
「ラーニングを開始す――」
「
“全力”の縮地。
消えるという次元ですらない。時空が歪んでいる。
「最適解、変更」
クオリアの演算修正速度も研ぎ澄まされていた。行動を書き換える。
内二閃を模造剣で防ぎ、一閃は体を捻って直撃を避ける。
しかし拮抗した剣から押し寄せる破天荒な衝撃に、クオリアの動きが一瞬固まる。
「君がとんでもない“読み”を働かせているのは分かった。予想外の状況に追い込まれても、すぐに順応してくるのも分かった」
後方。頭上。正面。
また三方向から、スピリトが剣撃を放つ。
――つまり、またスピリトが三人いる。
「それなら、読んでもかわせない、詰みな状況に追い込むまで! 「
遂に聖剣聖の一撃が、クオリアの体を容赦なく弾き飛ばす。
刃引きされた模造剣でも、鋼。
数メートル吹き飛ばされたクオリアの胸、腰、左肩の肉組織が酷く潰れていた。
「本
リスクを認識しても、クオリアは淡々とスピリトと向かい合う。
「状況分析。あなたの分裂を、今後の予測にフィードバックする」
「……分裂じゃないわ。ただ私は“縮地”を使った特別移動術を使ってるだけ。乱魔、
再びスピリトの体がブレる。
しかも今度は、自由に舞うスピリトが五体。
よって洗練された剣の半円も、五つ。
「状況理解。縮地と停止を織り交ぜる事により、
防げたのは三撃。
残り二撃の剣閃が、クオリアの腹部と左上腕二頭筋を容赦なく破壊して吹き飛ばす。
地面に転がったクオリアを見下ろし、スピリトが披露した剣術を口にする。
「これが縮地特殊活用――“乱魔”」
破壊されたまま、痛々しい青痣も晒したまま、しかしクオリアは何の事もなく立ち上がった。
「状況分析。“乱魔”を、今後の予測にフィードバックする」
痛みは、クオリアにとって演算を止める理由にならない。
実像を伴う同時存在を可能とした、限界突破の特別移動術“乱魔”。
驚愕は無い。想定とのズレだけがある。それならば修正するだけ。
異端が相手だろうと、血の通わない
「……乱魔、
再び“乱魔”。
――
内四つの攻撃が金属音と共に防がれる。
「……!」
「状況分析」
右脚と頭、腹部にスピリトさえ目も逸らす傷。
だがクオリアは全く痛がる素振りを見せず、ただただ演算を繰り返す。
どちらかと言えば、痛がっていたのはスピリトの方だった。
攻撃の反動ではない。
何度痛めつけようとも、何事も無かったかのように立ち上がるクオリアに、スピリトの方が着いていけなくなっている。
クオリアを叩きのめしている剣を握る手が、震える。
「痛いでしょ。『参った』を言えば解放されるわよ……言ってよ」
「エラー。『参った』は禁則事項として登録されている」
「……後悔刻みつけると宣言したわよね」
梃子でもクオリアは動かない。人工知能は自身の痛みを感知しない。
スピリトも覚悟を決めたように深呼吸をする。
「師匠として“後悔”を、君に教えるわ。恨むなら恨んで。鬼畜と呼ばれても上等」
低い体勢。
鳥が飛び立つ直前の、蕾が花開くかの如き姿勢――。
「
たん、と。
スピリトが消える。
そして現れる。
左右も前後も天蓋も、
獲物を啄む、鷹の眼差しを認識した。
十の刃が、星座となって煌めく。
「――
十の弧が、肉体を
肉は潰れ、骨は割れ――激痛の信号が、全身に迸る。
クオリアの全身は、見るからにボロ雑巾の重傷。
特に右脚と右手は、あらぬ方向に折れていた。
「綺麗に折らせてもらったわ。治りは早い筈……だけど治っても、また来るようなら、何度だって私は鬼になる」
「本ハードウェアの全体に重度の異常あり。戦闘続行不可能」
溜息をつくスピリト。
勝利に酔いしれる喜びよりも、苦難が終わったかのような安堵が唇から零れる。
「……だったら、もうここまでね」
「
「……えっ」
クオリアの右手から、5Dプリントの光が差した。
まずは脚に向かい、伸びた光。
照らされた箇所から、明らかに変色し変形した傷が治っていく。
「……“回復魔術”……まさか、そんな高等な魔術をあなたが」
「否定。これは5Dプリントで、破損した部分を書き換え、元に戻している」
5Dプリントから人間の健康な体組織を再現し、体へ上書きする事に障害はない。自分の体だからこそ、細胞の特徴も、遺伝子の形も認識している。免疫の暴走も起きない。
そもそも、人を複製するバイオテクノロジーは、人工知能の黎明期に既に完成している。あまりに古すぎる技術だ。
光の当たった場所から千切れた肉が、明らかに塞がっていく。
ごきゃきゃ、とノイズを発しながら砕けた骨が戻っていく。
全て、治っていく。
「……何それ」
と、スピリトが啞然とした時にはもう、光は全身を一巡していた。
クオリアの体を彩るのは、既に滴っていた血のみ。
「あれだけあった傷が……全部治ってる」
「ハードウェアの修復チェック……残課題0。戦闘ラーニングに復帰する」
即ち、クオリアは生命活動が停止しない限りは、5Dプリントとバイオテクノロジーで、体を再生出来る。
「状況分析。界十乱魔、ラーニング完了」
「……なんですって?」
声を漏らすスピリトへ、死刑宣告のようにある事実を突きつけた。
「
既に、スピリトに『参った』を言わせるための道筋は解読済みだ。
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