第22話 人工知能、風呂に呼び出される

「ごめん! 私の計算ミスだった……! まさかスピリトがあんなこと考えていたなんて……」


 屋敷に戻るなり、両手を合わせてロベリアが謝る。

 裸になった上半身のあちこちをアイナに手当されていたクオリアは、特に咎める様子も無くロベリアを見返していた。

 

「でもクオリア様の体、殆ど痕残っていません」

「あの子なりの手心でしょうね……本当は優しい子なのよ」

「状況分析。スピリトはスペックを100%活用していない。しかし徐々にパフォーマンスを上げている」


 苦々しい顔をしながらロベリアがクオリアに指示する。

 

「クオリア君。『師匠としてハローワールドの活動認めない云々』はそこまで重く考えないで。私がスピリトを説得する」

「提案は否決する」


 あれ? と見当違いの回答に声を漏らすロベリア。

 

自分クオリアはスピリトが『参った』宣言するまで、活動を凍結ロックする取り決めをスピリトと締結した」

「約束は破れないって訳ね」


 約束を守る矜持とも、禁則事項をインプットしたが故の機械的な処理とも取れるクオリアの頑固さ。

 口を真一文字に結んで頷きながらも、ロベリアも自分の意見を通す。

 

「……けれど、非常事態の際はそちらを優先してもらいます。いいね?」

「提案を受諾する」


 その時だった。

 後ろからガタン、と物音がした。

 集まった視線の先で拍子抜けした表情で、腰を抜かしていた小さな影があった。

 

「人間認識。スピリト」

「め、メイドは最近また新しく入ったって聞いたけど、く、クオリア君もだっけ!?」

「肯定」


 先程まで冷徹な剣士だったスピリトの顔が、これ以上ないくらいに引きつっていた。明らかに想定外だったらしい。

 しかし呼吸を整え自分を取り戻すと、精悍な顔つきでクオリアを見つめる。


「それなら仕方ない。クオリア、ちょっと二人きりで話をさせて」



      ■     ■


 温水の流れる音が、こだまする。

 人間の汚れを洗い流す為の設備が揃った空間。“浴室”である。

 一方で、裸にならざるを得ないという特性上、男女が同時に入る事は(ほぼ)無い。

 

 しかしクオリアは今、スピリトと浴室で二人きりになっている。

 

「よ、よよよよよ、よく逃げなかった、わね……まずその気概は、師匠として褒めてあげようじゃない……」

 

 先に来ていたスピリトは、湯の中で腕組みをしながら待ち構えていた。

 胸にタオルを巻いて隠しているとはいえ、細い肢体や肩甲骨を男性に晒している状態。茹蛸のように顔を紅潮させて泣きそうになりながら、クオリアを見つめていた。

 

「だ、だけど風呂に……服を着て浴場に入るのは、反則じゃないかしら……」

「エラー。女性の前で裸になるパージする事は禁則事項として、アイナから指定されている」


 一方、クオリアは服を身に着けたまま浴場の戸を開き、あろうことか迷いなく肩まで湯船に浸かった。

 

「って服着たまま浸かるのも禁則事項でしょう!?」

「状況理解。禁則事項を追加する。服を着たまま湯船に入ってはいけない」


 素直にクオリアは湯から上がって佇む。

 当然、大いに湯を吸い込んだ服からびちゃびちゃと水が滴っていく。しかしそれを気に止める事もしない。

 違和感しかない風景を怪訝に見上げるスピリトだったが、更にクオリアがずっと目を瞑っている事にも言及する。


「あと、目は開けてよ……滑って危ないわよ」

「エラー。瞼を開けると、裸のあなたが見えてしまう。それは女性であるあなたへの不利益な行為となる。足場の滑りやすさ摩擦係数については、既に最適解を算出している」

「ここを指定したのは私よ! い、今更スケベとか、やいのやいの言うつもりはないわ!」


 と、恥じらう様子を見せながらフォローしても、クオリアは眼を開かない。


「説明を要請する。何故浴室に呼び出したのか。この場所は、男性と女性が会話する場所としては誤っている」

「だだだって、……大事な話をするときは、風呂で胸襟を開いて話しなさいって……そう、わ、私の師匠に、教わったもん……!」


 残念ながら胸襟を開く程育っていない胸を隠しながら、慌てて言い返す。

 それでも眼を開くことは無いが、クオリアの中で一つの分析タスクが良好に完了する。

 

「状況分析。あなたは女性の体を使い、自分クオリアの心を恣意的に操作する分類には当てはまらないと認識」


 クオリアも学習した事だが、女性の魅力を使って男性の心を操る脅威も存在する。

 自分の肉体が人間である以上、この脅威を無視する事は出来ない。

 故に、人工知能として、今回いの一番に警戒していた事だ。

 

「私はそんな下卑た存在にはならない……本音で話がしたいから、こうしているのよ」


 半裸になった覚悟の程を目を細めて口にすると、スピリトは本題へ話題の舵を切った。


「今日一通り戦って分かった。確かに君の素質は恐ろしいわ。特に、君の成長速度は異常よ」

「あなたとの戦闘データからラーニングしている」


 スピリトの洗練研磨された剣術を受け、それをフィードバックし、次回の最適解に秒単位で移していく。

 それにより最適解の精度が飛躍的に向上し、戦闘相手であるスピリトにも分かる程にクオリアは強くなった。

 しかしまだ発展途上。大規模なラーニングは終わっていない。

 

「……それを認めたからこそ、あなたに言いたい事があるの」


 半裸を見られ恥じらいを覚えている少女の顔から、剣士の顔つきに戻る。


「単刀直入に言うわ。ハローワールドには入隊しないで」

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