第21話 人工知能、剣聖相手にラーニングを開始する

 裏庭は、模擬戦には十分な広さであった。

 芝生の上で10m程の無を挟み、クオリアとスピリトが向かい合う。


「私の教育方針は、盗んで覚える事。以上」

「エラー。方針を盗む事は出来ない」

「まず記憶と常識の混乱をどうにかするのが先じゃないのかしら……まあ、いいわ」

「ラーニングを開始する」


 スピリトが一瞬だけ身を沈めた。

 同時、クオリアは演算を始める。スピリトの動きを予測する。

 

「最適解、算――」


 算出完了までのほんのわずかな時間で、スピリトは10mの間合いを詰めていた。

 

「“縮地”」


 一瞬残像が見えた。

 風魔術を応用した人間単体での超高速移動術“縮地”はクオリアも想定外だった。

 剣を横に払いながらの高速移動。

 剣筋はクオリアの腰部分にまで到達していた。

 

「5Dプリント起動」


 鋼鉄同士の激突音。

 クオリアが弾かれ、押さえきれない衝撃に振り回されていた。

 しかし直撃はしていない。

 “フォトンウェポン”の筒と同じ材質の模造剣で防いでいた。

 

「どこからそんな強度の高い武器を……しかも縮地からの剣術を初見で防ぐのね」

「状況分析。あなたの移動速度と、衝突のエネルギーが想定を上回っている。今後の予測にフィードバックする」


 スピリトの速度や馬力は、最適解を飛び越えている。

 今の最適解の精度では足りない。次の予測にこの失敗をフィードバックする。

 ラーニングを積み重ねていく。


「最適解変更」

「ギア上げるわ」


 再び縮地。スピリトが疾風になる。

 左から剣閃。かと思えば右側からスピリトが剣を横薙ぎに振り切る。

 再び金属音。押し出されたのはクオリア。


「0.2秒速い」

「更にギア上げるわ」


 休む間もなく、体勢を崩したクオリアに飛矢の如くスピリトが飛来する。

 青空を覆わんばかりに飛び掛かるスピリト――のブラフには惑わされない。

 真後ろから迫る本命スピリトを見極めた上で、剣閃をノールックでガードする。

 しかし、またクオリアが宙を舞う。スピリトの一線に触れた剣先から、凄まじい斥力が襲い掛かってきたのだ。

 

「衝突エネルギーの上振れを確認」

「まだギア上げられそうね」

「あなたの力は、信頼できる」


 一連の斬り合いでクオリアからはまともに攻撃が出来ていない。

 視認出来ない程の素早い剣閃が、四方八方から力強く飛んでくる。

 人体では決して到達しえない縮地と剣閃の密度に、クオリアの最適解が追いつかない。

 

「……いい加減諦めて」


 スピリトは鍔迫り合いをしながら、クオリアに囁く。

 

「あなたは変だけど、素質があるのは分かったわ。しかし、私程には強くない」

「肯定。接近戦においては、あなたの方がスペックが高い。あなたは私の最適解を上回る行動を取る」

「認めてるじゃない……なら、この後は地獄よ」


 響く金属音。

 その果て、スピリトの刃引きされた剣がクオリアの腹に一瞬食い込む。

 斬れなくとも、体を吹き飛ばすには十分だった。

 転がったクオリアよりも、攻撃したスピリトが顔を歪ませる程の損傷だった。

 

「……痩せ我慢なんてしなくていいわ。痛いでしょう?」


 体勢を立て直すとすぐに戦う姿勢へと戻っていた。

 腹部を巡る重苦と反比例した、殺風景な顔のままで。


「エラー。“痛い”は登録されていない。この信号が、“痛い”か」

「そうよ。私はその痛みを、何度も君に浴びせ続ける。師匠として。それ以前に、お姉ちゃんの蒙昧を阻止する者として」


 指を差しながら、スピリトは自身の狙いを真正直に突きつける。


「君の師匠になったのは、お姉ちゃんが“ハローワールド”を立ち上げるのを阻止するため。だから、その鼻っ柱を圧し折って、ハローワールドの守衛騎士になろうなんて考えを捨てさせる……あなたには悪いけど」


 見守るロベリアと、その後ろに聳え立つ十字架を交互に見た後で、スピリトはクオリアに諭す。

 

「『参った』を言いなさい。そうすればあなたは傷つかない。痛みも無い」

「否定。その言葉はタブー認定されている」

「私は容赦しないわよ。もっと痛めつけられたいの?」

「既に重大な“痛み”は認識している」


 クオリアが思い起こしたのは、5Dプリントインストール時の拒絶反応――ではない。

 記憶のスクリーンには。アロウズに蹴り飛ばされた、アイナの苦しむ顔が再生されていた。

 心臓を掻き毟ってくるような、溶岩に演算回路を焼かれたような痛みエラーは、その時に十二分に認識した。

 

「この痛みを取り除くには、“美味しい”を創るには、ハローワールドの守衛騎士として役割を果たす事が一番評価が高い。そして役割を果たすには、あなたとの戦闘データを必要とする」

「……ギアを、上げるわよ」


 再びクオリアの最適解を、スピリトが上回る。

 そんな模擬戦が、日が暮れるまで続いていた。


「ラーニング、続行」


 失敗の一つ一つが、クオリアに確かな学習内容として記録されていく。

 


 戦闘開始から、既に2時間が経過していた。


「縮地……!」


 戦闘が長引いて、スピリトの体力が低下した訳ではない。

 寧ろスピリトの剣閃も縮地も研ぎ澄まされていた。ギアも上がり続け、今や全力に近い。

 

 にもかかわらず。

 

 

「あっ……」


 遂にクオリアの剣がスピリトの体に掠った。

 傷にならないとはいえ、一撃は一撃である。

 縮地で距離を取ったスピリトが、溜息を吐きながら剣を収める。

 

「……今日はここまで」

「エラー。あなたからまだ『参った』を取得していない」

「明日もやってやるわよ。あなたから『参った』を聞くまで」


   ■      ■


 クオリアの視界から失せた後で、陰でスピリトは焦燥感を剥き出しにしていた。


「……何あれ。……!」

 まだ右手で模造剣の柄を戦闘中の如く握り締めていた。

 かたかたと震わせながら、唇を噛む。


「……これ以上は冗談じゃ済まないけれど……やるしかないわ。お姉ちゃんに馬鹿な事をさせないために。秘奥義を……」

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