第20話 人工知能、師匠たる剣聖少女と出会う
暫くして、ロベリア曰く『わたしの妹』である少女を師匠として紹介するという事で呼び出された。
裏の庭園で、ロベリアを発見した。
美術品も、特筆すべき観葉植物も無いがらんどうの庭ではあったが、一つだけ特筆すべき点がある。
それは、庭の中心に十字架を象った石が突き刺さっている事。
ロベリアが佇んでいたのも、その十字架の前だった。
「あ、来た来た。おつかれー」
近づくクオリアへ、大きく手を振る。
「説明を要請する。その石は何か」
「おやっ。結構常識的な記憶も飛んでるんだね」
仕方ないなぁ、と若干呆れた顔になりながらも、それを見ながらロベリアは説明する。
「これは墓。生きている者なら誰でも、死んだら最後に辿り着く所。人はね、死んだ時に肉体が残ってたら、こうやって墓の下に埋める風習があるのよね」
「何故、生命活動を停止した肉体を埋めるのか」
「さぁ? 生きてる人間の自己満足かな? 神様信じてる人にとっては、もっと尊大な意味があるらしいけど」
両肩を竦めるロベリア。
しかし、その碧眼は若干乾いていた。
「説明を要請する。死んだのは誰か」
「家族」
少し暖かくなった碧眼が、クオリアを見つめた。
「まあ、君にとってのアイナちゃん的存在よ」
「――それで? 呼んだと思ったら墓参りでもさせる気?」
あどけなさが残る声に続いて、芝生で微かに足音がした。
ロベリアと同じ小柄で軽装の少女。
細身ながらに、腰に差した長剣の重みを感じさせない身のこなしをしていた。
淡く金色に光るポニーテール。眼の彩りは、深海を思わせる藍色だった。
「人間認識。個体名の説明を要請する」
「……なにアナタ」
人工知能の独特な物言いは、眉を顰めた少女には耳障りに受け止められたようだ。
「クオリア君。この子が“スピリト”。私の妹で第三王女。仲良くしてね」
「状況理解」
「アカシア王国剣術大会に優勝して、“聖剣聖”とまで呼ばれててね。多分剣術だけならこの国で一番とも言えるんじゃないかな」
「この人がさっき言ってたハローワールドの一員?」
スピリトの質問に、ロベリアがうんうんと深く首肯する。
スピリトは十字架とクオリアを交互に見て、意味深な事を呟く。
「……成程。お姉ちゃんが君を拾ってきた理由、わかる気がするわ」
「理由について、説明を要請する」
「質問には答えられないわ。ちょっと身内の都合でね」
スピリトがぴしゃりと断ち切ると、一度だけ深く呼吸しロベリアに問う。
「いいわ。私も引き受けた以上は今更止めたなんて言わない。クオリア、君の相手になってあげる」
「ありがたいわ。スピリト」
「でも、一つだけ条件」
深海を反映したような眼光が、更に深まる。
親の仇の様にクオリアを睨み、冷たく言い放つ。
「私が認めるまでは、“ハローワールド”としては活動させない」
鎮まった裏庭で、ロベリアはバツが悪そうに小さく溜息を吐いた。
「そう来たか……」
「当然でしょう。師匠は、弟子の振舞へ管理権限と義務を持つ訳。だとすれば師匠として、弟子が勝手と無茶をしないよう行動を縛るのは当然の事よね」
そっと耳打ちするように、スピリトの唇がロベリアの耳元で揺れ動く。
「大体、私はお姉ちゃんが“ハローワールド”の創立する事には大反対よ」
「……なのにやけにすんなりだったのは、これが狙いだったわけね」
スピリトがクオリアの師匠になるという事は、スピリトが(クオリアには理由は不明だが)嫌うハローワールドの活動を抑制する権限を持たせる事と同義になってしまう。
これは失敗したなぁ、という顔でロベリアが額に手をやって首を横に振る。
「やむを得ないね……ごめんクオリア君、師匠の話は無――」
「状況分析。
スピリトを
少しだけ会話した程度だが、ただ立っているだけの肉体情報を
今、クオリアはスピリトに勝てる可能性は極端に薄い。しかしその分、ラーニングの質は高まる。だからこそ、この分の悪い賭けに乗る必要はある。
だがクオリアの思惑を知らないロベリアは、苦笑いを浮かべるしかない。
「クオリア君、話聞いてた? 彼女を師匠にすると、“ハローワールド”として活動できなくなるの。それじゃ本末転倒でしょ?」
「問題ない。スピリトに承認を貰う」
射殺すような眼光を緩めない藍色の瞳と、クオリアの眼が合う。
一切の戦慄も、恐怖も、不安もない。
「説明を要請する。
「……出来る前提でいるのね」
「あなたを
「……単純明快。私に『参った』って言わせればいいわ」
深く息をついて、見つめ返すスピリト。
「私は逃げないけど、去る君を追わない。君が『参った』と言ったら、それまでよ」
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