第19話 人工知能、王女の別荘に行く

 馬車の車輪が再び回りだす。


「初仕事の感想はどうだった?」


 頬杖をつきながら、興味深そうにロベリアが確認した。

 「えっ」と声を漏らしたのはアイナだった。


「い、今の初仕事だったんですか!? どう見てもただの喧嘩の仲裁でしたが……」

「喧嘩を止めるのも守衛騎士団の仕事だよー。小さな仕事からコツコツとって奴だねぇ」


 クオリアは胸の傷に触れ、先の戦闘の反省点を思い返す。

 傷口は、熱い感覚がした。

 

自分クオリアの肉体的限界について、また複数の脅威への予測能力に課題がある」

「感想じゃなくて反省点を出す訳ね」

「だが、マインドの“美味しい”を検出した。目的は達成された」


 にこりともしない、鉄仮面のような表情のクオリアではあったが、僅かに声色が上がっていた。

 0と1では説明不可能のやりがいという充足感が、クオリアの中で込み上げた。

 

「さあて、そろそろ私のお家に着くわよ。二人とも落ち着くまでは住んでもらう場所だから、降りる準備と一緒に住む準備もよろしく」


 

 馬車から降りたクオリアとアイナが見上げるは、王女が住まう屋敷である。

 侯爵であるサンドボックス邸と、体積自体は変わらない。

 差異としては、庭も邸内も美術品で装飾されていないという点だ。

 ロベリアという少女のストイックさを代弁している。

 

 更に言えば、門番もメイドも誰もいない。

 王女のものとは思えない屋敷だった。

 

「なぁに? 声も出せない訳? 可愛いメイドちゃんがお出迎えしてくれるとでも思った? 残念私で我慢なさい」


 とぼけてみせるロベリアに、アイナは唖然としたまま尋ねる。

 

「ここに……一人で?」

「いや? 妹と住んでる。まあ、こんな広さはいらんのだけどね……アイナちゃん、この広さはメイドとしてカバーしきれないかな?」

「いえ! サンドボックスにいた時で慣れております!」

「……ようし。そこでクオリア君からも何かある?」


 発言を振られたクオリアは、無頓着な表情のまま問いを返した。


「説明を要請する。主と奴隷とは何か」

「まったく間取りと関係ない事を考えてた!?」

「マインドは、自分クオリアとアイナの関係を、主と奴隷と呼んだ。エラー、奴隷という単語は登録されていない」

「へー。哲学的な事言いだすねぇ」


 予想の斜め上に逸れた話題にもかかわらず、三人の廊下を歩く速度は変わらなかった。

 

「奴隷っていうのは、まあ言っちゃえば主の所有物を指す蔑称かな」

「エラー。アイナは無機物ではない」

「そういう考えを持つ人間が多いって事よ。これでも昔よりは獣人に対する環境は改善されてるのよ。獣人が生きていく為の制度は揃ってる。でも人間の心は追いついていない」

「理解不能。それは、誤っている。アイナは、奴隷ではない」


 僅かに険しい眼付きになったのは、人工知能としての判断ではない。

 アロウズにアイナが蹴られた時と同じ、心に根差した混沌とした怒りが無意識にクオリアの表情へ影響を及ぼしていた。

 

「敢えて聞こうか。君にとってアイナちゃんは何なのかな」


 アイナも見守る中、クオリアは躊躇なく答えた。

 回答に要した時間。0.1秒。

 

「家族が最も近い」

「……!」

 

 頬を紅潮させたアイナの猫耳が、天に向かって立ち上がったのを認識した。

 一方で、ロベリアは決して嘲笑などではなく、満足そうに笑みを口角を浮かべていたのも認識した。

 

 

 

         ■      ■

 


 丁度同じ頃、犬耳を隠しながらマインドは居酒屋で酒をあおっていた。

 真後ろに、背中合わせで別の獣人が座る。


「マインド。助けられたらしいな。人間に」

「仕方ないだろう。下手に抵抗して、俺が“蒼天党”の獣人だと分かったらどうする」

「不安視しているのはそこじゃない。“蒼天党の決行”前に、人間に絆されてやしないかという事だ」


 粗悪な酒の液面に、マインドの陰鬱な表情が映る。


「そうかもしれない。だが僅かに希望を見たという言い方が正しいだろう。助けた人間は、獣人ネコの娘に懐かれていた。あの二人は家族のようだった」

「はっ。忘れろ忘れろ。人間に身も心も調教されただけの雌猫だ……直にそんな奴隷もいなくなる」

「分かっている。俺達の革命が成功すれば……俺達の楽園を創造すれば、俺達の自由は揺るぎない物となる」


 酒を呷ると、空っぽのグラスを虚しくテーブルに叩きつける。

 喉を駆け下りていく安物のアルコールは、何も味がしなかった。美味しくなかった。

 その後ろで、獣人は諭すように止めを刺す。

 

「忘れるな。俺達獣人に残された道は、楽園か、死だ。共に取る武器に迷いが無い事を願う」

「ああ。俺達に必要なのは心じゃない」


 もう、後ろに獣人はいない。

 想像するのは、クオリアとアイナの顔だった。

 恩ある二人へ、詫びるようにマインドは乾いた声で呟く。

 

「……悪いな。俺は、生きたいんだ」

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