第18話 人工知能、横暴を働く騎士団を止める②

 最前列の騎士。突きを放つ。

 その背後の騎士。重心を低くして切先をクオリアに向け、静止。

 左右の騎士。正眼の構えのまま壁の役割を果たしている。

 残り一人は、クオリアの背後から斬りかかる。

 

 全ての動きが、予測通りだった。

 

「!?」


 まず背後の騎士を狩る。

 バックステップ。

 クオリアの背後死角から奇襲したのに、逆に不意を突かれ固まる。

 その隙に、クオリアと騎士との距離がゼロになる。


「こいつ、後ろに目でも付いてるのか……!?」


 身の丈程ある剣を振り抜こうとしていた騎士の右腕。その起点を押さえつけ、完全に動きを静止させる。

 

「ぶっ」


 左掌で撃ち抜かれる顎。一人ダウン。

 一方、右手はフォトンウェポンの剣閃を振り抜いていた。

 最前列の騎士が刺突した刃に一瞬だけ交差し――根元を消滅させていた。

 柄との接点を失った金属が地面で反響する前に、騎士の眼が大きく見開かれる。


「何、俺の、剣んんっ!?」


 垂直に蹴り上げられたクオリアの右脚に、舌を噛む形で顎を撃ち抜かれる。

 空を仰いで膝をつく敗者に目も暮れず、左右から挟み込むように向かってきた騎士に意識を向ける。

 反撃は間に合わない。防御も間に合わない。

 右側の斬撃が先に到達する。

 故に回避に徹しようと、剣閃に沿って体をバレエのポーズのように逸らす。

 

 剣が僅かに体を掠めた。

 胸部の皮膚を裂かれた。

 

「軽度の損傷発生。予測よりも騎士の動きがずれている。今後の活動にフィードバックする」


 と言い終えた時には、体を大きく回転させて右足と右手で同時に騎士達を打倒していた。

 残りは一人。だが予想に反して、攻めてくる気配がない。

 

「ひ、ひいいいい……!」


 最後の騎士は、逃げ出した。

 10秒もしない内に、4人の騎士が無力化された。その一方的なルーチンワークを前に、完全に戦意を喪失したのだ。


「脅威の無力化、並びに撤退を達成」


 そう言いながらも、この10秒間の戦闘を思い出す。

 予測から外れた箇所が数百箇所も存在した。そのズレが、胸部のダメージへとつながった。


「複数相手の場合、予測結果の振れ幅が大きい。今後の課題とする」

「つ、強いな……あんた」


 近づいてきたのは、先程まで這いつくばっていた獣人だった。

 腕を庇いよろめく姿を観察すると、クオリアはその診断結果を告げる。

 

「あなたの全身に中度の損傷を確認。治癒活動を推奨する」

「心配してくれたのかい。重ね重ねありがとうよ……」

「笑顔を検出」


 安堵した表情を見せながら、獣人が尋ねる。


「あんた、名前は?」

「本個体名はクオリア。守衛騎士団“ハローワールド”の一員」

「……まさか守衛騎士団にも、あんたみたいな人間がいたとは、な。この世界も捨てたものではなかったのかもしれない」

「クオリア様! お怪我はございませんか!」


 振り返ると、物憂げなアイナの顔が間近に迫っていた。

 

「状況分析。自分クオリアの損傷は軽微。生命活動続行には支障はない」

「……皮膚切る程度で済んだからよかったものの……致命傷だったらどうするおつもりだったのですか」

「最大限のリスクは確実に回避する行動を選択していた。生命活動停止の確率は限りなく低い」

「はっはっは……こんなに元気な獣人どうほうを見るのは久々だ」


 二人のやりとりを見ていた獣人が、少ししわがれた笑い声をあげる。


「俺達獣人は一部の優れた奴ら以外は、汚れ仕事に身を窶して残飯を漁るか、そうでもなきゃ誰かの奴隷になるしか生きる道はない。だが、主が誰か次第ではマシな人生を送る事が出来る」


 諦観の心情を吐露しながらも、アイナとじっと眼を合わせる獣人。


「嬢ちゃん、いい主を見つけたな」

「はい。お陰様で」


 手馴れた事のように青年が服の汚れを払うと、アイナに質問したのだった。

 

「お嬢ちゃん、名は?」

「私はアイナと言います。こちらのクオリア様に仕えています」

「アイナさん……同じ獣人族から見ても、あんたは恵まれている。その方はいい人だ。存分に支えてあげなさい」


 去ろうとした犬耳の獣人の背へ、クオリアが淡々と質問を投げる。


「あなたの名前の説明を、要請する」

「俺はマインド。あんた達の事は忘れない。いつかこの恩は必ず返すよ」


 手を振りながら、マインドは雑踏の中へ消えていった。

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