第17話 人工知能、横暴を働く騎士団を止める①


 陽が差してから暫くすると、馬車は王都の整備された道を進んでいた。

 前世の地球では、あまりの破壊ゆえに荒野しか見ていなかったために、この石畳も逆に新鮮だった。

 

「人間認識。人間認識。人間の個体数、想定より遥かに多い」

 

 サンドボックス領よりも圧倒的に多い雑踏とその声で、世界はいっぱいだった。

 今までいた領地とは様式が違う建造物も、頭だけ窓の外に出すクオリアへ変わり者を見る眼も、全く無関係な会話も、全ての情報を拾い上げる。


「一部、人間の笑顔を検出。“美味しい”が備わった笑顔を検出」

「クオリア様、初めて人間を見たみたいに……」


 アイナもまるで純粋な子供を見るような眼で、温かくクオリアを見守っていた。


「――異常を認識」


 その時、クオリアの顔が止まる。

 視界に映ったのは、甲冑を纏った連中が獣人を袋叩きにしている光景だった。

 

「クオリア様!?」

 

 直後、クオリアは馬車の窓から飛び降りる。

 着地するや否や、そのまま理不尽な暴力が繰り広げられる小路へ直行する。

 

 重装備の甲冑を纏った連中は数人。騎士で間違いない。

 その騎士に踏まれて身動きが取れない青年が一人。

 

「肩ぶつかったら平身低頭全力全開でごめんなさいだろぉ!? 獣人ちゃんはそんな事も出来ねえのか」

「いや、どう見てもぶつかったのはそっちで……」


 そのやりとりを聞かずとも、駆けながらクオリアは確信した。

 甲冑の靴底に圧し潰されているのは、犬耳を携えた獣人だった。


「何主張とかしてんだ? 獣人のくせに人権あるとか勘違いしてんじゃねえぞっ……!?」

「――あなたは、誤っている」


 しかし騎士はよろけてしまう。

 懐に潜ったクオリアに押し飛ばされたからだ。


「なんだお前?」


 クオリアは、周りを一瞥する。

 

「状況分析。あなた達は、この獣人の笑顔を阻害している」

 

 突然の横槍で訝しむ騎士達が、クオリアを逃すまいと、大通りに続く道を封鎖していた。

 数は6。一人を包囲するには丁度いい人数だ。

 

「説明を要請する。何故あなた達は、この獣人から笑顔を奪うのか」

「感謝が足りないからよ」


 リーダー格の男が、顎を突き出して自己紹介を繰り広げる。

 

「俺達は守衛騎士団“トロイ”。日夜この王都を守る為に、粉骨砕身捧げてんだ……そこへ獣人が現れて敵意を示した。平和、守らなきゃだろ?」

「そ、そんな……」


 理不尽に声を漏らして路地に這いつくばるしか出来ない獣人に、騎士達は嘲笑で返す。

 

「獣人が考える事は盗人か暴力。原始時代から何も進化してねえんだ。そりゃ俺達が未然に防いでやらにゃあな」

「状況理解。リスクへの過剰対応と判断する」

「あ?」

「あなた達の行動には信頼性が無い」


 眉を潜める騎士と、重なる。

 アロウズやワナクライのような、笑顔を奪う脅威が。

 相手が獣人だからと、当たり前のように笑顔を奪う脅威が。

 

「警告する。これ以上は敵対的行為と定義し、あなた達を脅威と分類し無力化する」

「なんだ? 何が悲しくて獣人の味方なんてするんだ?」

「本個体は守衛騎士団“ハローワールド”の一員、クオリア。役割は“美味しい”を創る事」


 痺れを切らした騎士が、クオリアに手を伸ばす。

 

「何がハローワールドだよ、そんな守衛騎士団は存在しな……?」

「あなた達を脅威と分類。無力化する」

「あがっ」


 しかしその腕を払いのけると、最短経路で振った拳で的確に顎を撃ち抜く。

 計算通り、眼を回転させてその場に崩れ落ちた。

 

「てめぇ!?」

「ハローワールドとしての最初のタスクを実行する」


 どよめく騎士達が腰から剣を抜く。殺人も辞さないつもりらしい。

 クオリアは一方で感情の漣さえ立つ事も無く、“5Dプリント”機能を発動する。

 

『Type SWORD』


 指の数と同じの光が象ったのは、銀色の筒――フォトンウェポン。

 1m強の荷電粒子ビームが刃の形を成し、柄から伸びる。


「状況分析」


 クオリアの眼、耳、肌は、全ての情報を取得していた。

 守衛騎士団“トロイ”の息遣い、体勢。

 舗装が不十分な足場の不安定さ。

 細かな情報を十二分に拾い上げ、戦闘の仮想演算を繰り広げる。

 

 

 敵は残り、5人。

 懸念事項は、人間の肉体で一対多は初めてという事だ。



「クオリア様!」


 勿論、アイナは気が気でない。

 馬車から降りて駆け付けようとするが、ロベリアが後ろから抱き着いてそれを止める。

 

「うぉーい。アイナちゃん、考えなしに突っ込んだらクオリア君の手間増やすだけだよー」

「でも……」

「ここはクオリア君にやらせてみて。ちょっとこの状況、どうするのか見てみたい」

「……」

「ま、大丈夫。何かあったら私が王女の威光使うから」


 と、アイナを宥めながら、その戦闘の一部始終をロベリアは見届ける。

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