第16話 人工知能、前世について語る
夜中の内に、三人は豪邸を出た。
ロベリア曰く「変に引き止められたら面倒じゃない?」という事で、元々こっそりと馬車を手配していた。
「……」
夜闇で黒染めになっていた林道の景色と、満天の星を交互に見るクオリア。
いつまでも飽きずに観賞していると、前に座っていたロベリアに声を掛けられる。
「クオリア君、そんなに夜の森が珍しい? 普通は魔物とか夜盗とか出たらどうしようって、馬車の中に引きこもるところだよ」
「説明を要請する。この世界の夜間は、生物は活動しないのが正常か」
「まあね。全員がとは言わないけれど、多くの人間も魔物も寝てる時間だよ。隣のアイナちゃんのように」
「状況理解。認識を書き換える」
馬車が走り出してから1時間。
アイナからは、心地の良さそうな寝息しか返ってこない。
「クオリア君の前の世界とやらは、夜も騒がしかったみたいだね」
ロベリアが話題に出したのは、地球の事だった。
ある筈の無い前の世界の話。記憶の混濁で片付けられてきたタブー。
だがクオリアは、タブーとして話を回避してきたつもりはない。
前世の存在を口にして気違いと揶揄される辛さなど、人工知能の行動基準に最初から加味されていないのだから。
「じゃあクオリア君は、前世ではどんな存在だったのかな。人間だったのかな」
「否定。人工知能だった」
「……その人工知能って何かな」
人工知能とは、何か。
そのような質問は初めてだったので、一瞬思考の為の保留時間があった。
「元は人間が作り出した、人間を超越した知的能力を実現する機械」
「機械……? からくりって事ね。魔術で自動的に動かしているの?」
「否定。魔術は無かった。物質の化学反応のみで構築されていた」
「ふぅん。“魔術人形”とは経路が違うね」
「説明を要請する。魔術人形とは何か」
「今度話すね。それで? 人工知能さんは、日夜何をしていたのかな?」
「自分の役割は、他の人工知能を破壊する兵器だった」
「兵器? あなたは兵器だったの?」
「詳細には、人型自律戦闘用アンドロイド“シャットダウン”に分類される。対象を破壊するための数多くの機能が搭載されていた」
ロベリアは一拍置いて、まだ見えない壮大な話に追いつこうとする。
「……この世界でも、君の役割は何かを破壊する事かな?」
「その役割は、自個体の破壊、機能停止をもって終了したと結論付いている」
前世では、血の通わぬ破壊兵器だった。
それ故に、遺す未練も最初から無い。
「
「相手によっては、人殺しにならないといけないかもしれないよ?」
「肯定。守衛対象の生命活動阻害状態であれば、脅威の排除を優先する。しかし、それ以外は極力無力化を目的とする」
眠るアイナを一瞥して、クオリアは人間として学習したことをアウトプットする。
「
外側を向いていたアイナの瞼は開いていた。
そして安堵したように、また瞼を閉じた。
暫くして、再び会話があった。
「一つだけ、聞いていい?」
興味深そうに、頬杖をつきながらロベリアが尋ねる。
睡魔が襲い始めているのか、瞼が僅かに閉じ始めている。
「もし私が“誤っている”行動や命令をしたら、君はどうする?」
「誤りを指摘し、従わない場合は無力化する」
「……そうそう。
「……“美味しい”を検出した」
馬車の淵で、腕を枕にし始めたロベリアの表情に、クオリアが求めていたものを検出した。
それは王女としての警戒ではなく、少女としての“美味しい”を含んだ顔だった。
「こら。ここ見惚れる場面じゃない」
更に細かく分類するなら、懐かしい誰かに会ったような安堵した表情だった。
「……提言する。
「意外と謙虚なんだね……アロウズをあっさり往なした辺り、立ち振る舞いは一応平均以上の能力あると思うけど」
「その為、多くの戦闘データが必要だ。データの量は、戦闘時の最適解の質に比例する。人間と魔物、両者において戦闘能力の高いモデルを要請する」
「ふぅん。つまり、師匠が欲しいって事ね」
んー、と顎に指を当ててロベリアが思案する素振りを見せる。
「魔物は難しいけど、人間なら一人すぐ用意できるよ。“聖剣聖”なんて二つ名貰っちゃった剣士がね」
「説明を要請する。どの個体か」
顎に当てていた指を、少しだけ離す。
その人差し指は、ロベリア自身を指していた。
「わたしの妹」
王都に到着したのは、早朝の事だった。
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