第15話 人工知能、同行を希望する

「応答を要請する。アイナ」


 ノックもしないで部屋に入る辺り、まだクオリアは常識というものをラーニングしきれていない。

 結果アイナは驚きながらも、丁度書いていた書物を閉じながらクオリアに向かい合う。

 

「ど、どうされたんですか? クオリア様」


 書物には“日誌”の文字が記されていた。

 しかし優先事項ではないとクオリアは判断し、再度アイナを見る。

 

「王都への移行に、あなたの同行を要請する」

「ふえっ!?」


 目を丸くして驚嘆しながらも、クオリアの後ろにいたロベリアを見て「ああ」と納得する。

 

「もしかしてロベリア様に誘われたのですね?」

「肯定。ロベリアは守衛騎士団“ハローワールド”に自分クオリアを参加させる事を希望している」

「守衛騎士団に!? すごい……」


 騎士団は本来、人々の誉れでもある。

 眼を細めて自分の事のように喜ぶアイナの反応が、それを示していた。

 

自分クオリアの役割も、“ハローワールド”でのタスクを通して確立する事が出来る」

「……人々の笑顔を守りたい、という事ですよね」

「肯定。現時点では“美味しい顔笑顔”を検出する事が、最大の評価に繋がる事と判定した」

「……」

「あなたにもメイドとして、同行を要請する」


 猫耳をピクピクはためかせてまで綻んでいた表情が、次第に沈み始めた。

 喜びの笑顔から、諦観の笑顔に変わった。

 

「でも、御一緒する訳には行きません。私が行っても、クオリア様の足を引っ張るだけです」

「……説明を要請する」

「私は魔術も体術も使えませんし、頭もよくありません。守衛騎士という役割を補佐する事はきっと出来ません。それに、ロベリア王女の事ですから、私よりも良い“人間”のメイドさんだって付けてもらえます」


 自信の無さを露呈しながら、アイナはクオリアの要請を断ろうとしていた。

 後ろで見守るロベリアも、それを悟ったように目を瞑る。

 

「クオリア様はもう覚えていないかもしれませんが、3年前にクオリア様に拾われてから、色々な思い出を賜りました。辛い事もあったけど、生まれてきてよかったと思えるような3年間でした」


 涙ぐみながらも、その背中を見送る事が出来るように、涙を必死に堪えている。

 今の内にクオリアの面影を永遠に焼き付けようと、必死に凝視する。


「やっと、不当な扱いを受ける日々から解放されたんです。……私の事は忘れて、やりたい事に向かって、真っすぐに――」

「否定。あなたの表情の値を検出。結果、今の笑顔は“美味しくない”と判断する」


 キスもしかねない距離に、グイッ、とクオリアの顔が近づく。

 息を呑むアイナの顔も、つぶさに観察する。

 

自分クオリアの最優先事項は、あなたから“美味しい”笑顔を検出する事。本地点にあなたが留まる場合、あなたが笑顔になる可能性は低い。また、アロウズやワナクライがあなたに不利益な挙動を起こす可能性がある」

「でも……私が行っても何も出来ることは無いですよ」

「あなたは“心”を自分クオリアに学習させた」

「心……」


 クオリアはふと、思い起こす。


 『心とは、何か?』


 たった一人の破壊兵器だった前世で発生させた、問いバグを。


「しかし、自分クオリアは心の理解が不足している。そして人間と自分クオリアで一番差異があるのが、心と推定する」

「……」

自分クオリアの心に異常が無いかの監視を要請する。自分クオリアが人間であるには、あなたが必要だ」

「私は……獣人ですよ?」

「考慮事項に当たらない。あなたは、信頼性が高い。同行を強く希望する」


 伏し目がちだったアイナの眼が、クオリアを見上げた。

 溜まっていた涙がどうしようもなく溢れ、しゃっくりを繰り返しながら、それでもクオリアを見上げた。

 涙に塗れた眼を輝かせて、霧が晴れるようにゆっくりと微笑む。


「笑顔から、“美味しい”を検出した」

「……嬉しくて。そんな風に、思ってくれていたなんて」


 アイナはぺこりと、頭を下げる。


「……どうか、ご一緒させてください」

「了解」

「アイナちゃん可愛いねぇ。いやあ私も正直感動ものだよ」


 ロベリアも和らいだ表情で、アイナの肩をぽんぽんと叩く。

 

「ロベリア王女のお役にも立てるように尽力します。よろしくお願いいたします……」

「ただ、一応現実問題として、これから行く王都でも人間と獣人の差別は根深いよ」


 獣人が生きづらい事情は、どこでも変わらない。


「ま、こんな時代遅れの洋館にいるよりはマシだろうけどね……じゃ準備しておいとましようか」


 クオリアとアイナが荷造りを始めた。



 それから暫くして、丁度“日誌”を旅立ちの荷物に含めたアイナに近づき、ロベリアが問う。

 

「アイナちゃん。クオリア君は自殺未遂の後遺症で記憶が混乱してるらしいけど、昔からあんな不思議な喋り方だった?」

「いいえ。そんなことは無かったです」


 ふむ、とロベリアは思案する。


「果たして異世界の人外的存在から転生したような口ぶりは、記憶の混乱と無視していいものかしらね」

「……はい。記憶の混乱にしては、ちょっと不可解かと……それに急に、“5Dプリント”なんて未知の魔術を使うようになりましたし」

「そこはそこで考える必要があるよね」


 腕組みをしながら、ロベリアは呟く。

 

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