第14話 人工知能、王女と握手する

 クオリアとロベリアが訪れたのは、街の居酒屋だった。

 髪型を団子に結わいて、服装をラフにする。

 それだけでアカシア王国第二王女は誰にも気づかれる事無く庶民に溶け込んで、店のテーブルを挟んでクオリアと座る。


「クオリア君年齢いくつ? 私まだ17だからお酒飲めないんだけど」

自分クオリアは誕生してから15年経過している」

「本当に表現が面白いねぇ……そういう時は15歳って言うんだぞ」


 記憶が混濁している(事になっている)のはロベリアも知っているようで、笑って済ませていた。


「……美味しい、美味しい、美味しい」


 出てきたご飯を口周りに食べかすを付けながらも、次々に舌へ運ぶクオリア。

 不器用ながらも清々しい食べっぷりを、両手で頬杖をつきながら、ロベリアは好奇心をふんだんに練り込んだ丸くて大きい眼でじーっと見続けていた。


「餌の与えがいがある子ですな」 

「説明を要請する。笑顔を創る話とは何か」

「おお、食べてばかりではなくて、覚えててくれてお姉さん嬉しいぞ」


 感心したようにロベリアが頷くと、腕枕に顎を埋めながら上目遣いになる。


「クオリア君。さっき笑顔を守りたいって熱く語ってくれたけど、具体的にはどうするつもり?」

「回答保留。検討中だ」

「そんなクオリア君に、一つ提案があるのです。ここから大事! よーく聞いてね」


 元気づけるような力強い笑みで、人差し指を立てるロベリア。

  

「クオリア君には、私が創立する守衛騎士団“ハローワールド”に所属して、王国に迫る脅威を取り除いてほしいの。要は悪い奴らから、国民の笑顔を守るって事。君の言い方だと、“美味しい”顔を守るってとこかな?」


 王国の兵力を担う騎士団には2種類存在する。

 他国への攻撃、魔物の巣窟ダンジョンに赴き退治する兵力が進攻騎士。

 逆に他国や魔物からの攻撃に対処し、王国内の治安を維持する兵力が守衛騎士。

 今回ロベリアが挙げたのは後者、平和の最後の砦たる守衛騎士団である。

 

 その中でも守衛騎士団“ハローワールド”は、ロベリアが直属で指揮を執る守衛騎士団だ。


「まあ、まだまだ“ハローワールド”自体はこれから創る所。だからこうして兵士をスカウトしてる最中なのよね」


 自分事ながら呆れた顔でおどけるロベリア。

 守衛騎士団が取り扱う、主な脅威は3つ。

 1つ。王国で猛威を振るう魔物への対応。

 2つ。犯罪組織等の、反乱分子への対応。

 3つ。“ゼロデイ帝国”を筆頭にした、他国からの侵略。

 ――ちなみに“ゼロデイ帝国”は戦争になるかもしれないと不確定の情報あり。


 だがクオリアには、まだ見えない事があった。

 守衛騎士なら他にも五万といる情報を得ている。今更新しく守衛騎士団を設立する理由が分からない。

 

「……説明を要請する。ロベリア。あなたは“ハローワールド”を創る事を通して、何を実現しようとしているのか。あなたは“ハローワールド”を創り、何をしたいのか」

「アカシア王国の清浄」


 質問に、躊躇なく即答するロベリア。国単位で活動しようとする様は、やはり王家の血を引く賜物である。


「その為にやる事は色々あるんだけどね……今の騎士達ってね、問題だらけなの」

「どのような問題があるのか」

「すっごいよ……特権階級や権力を持つ宗教団体との癒着が凄いの」


 タブーな噂話をするかのように、手で覆った囁き声で伝えられた。


「勿論それは人間の歴史上仕方ない事。持ちつ持たれつでメリットもあるのよね。けれど、そのせいで恣意的に守衛騎士としてあるまじき行動を取られる場合も発生してる」

「あるまじき行動とは何か」

「例えば……脅威が迫ってきても、助けに行かずに見殺し。そして獣人や低所得層に対する差別的暴力」


 クオリアがアイナを思い出す。

 胸の部分で、血流の閉塞を感じた。


「そんな時どんな悪意にも縛られない、大貴族サンドボックスの領主の座にすら靡かない、使命に忠実な守衛騎士様が必要って訳」

「状況理解。あなたの提案は試験的に受託する有益性がある」

「やったぁ……よろしくね!」


 ひとまず話が付いた事が嬉しかったのか、ロベリアが力強く拳でガッツポーズした後、掌を差し出すのだった。握手を求めていた。

 だが差し出された掌を、ただクオリアは見つめるだけで何もしない。


「ありゃっ……クオリア君、握手ってご存じない?」

「エラー。“握手”という単語は登録されていない」

「ぷふっ……本当に、変わってるよねぇ……ごめん、マジで面白い」

「笑顔を認識。“美味しい”とは若干異なるが、評価は低くない」


 人工知能特有の言葉回しがツボなロベリアが、息を噴き出しては、声を殺して大笑いする。

 決してクオリアが求めている純粋な“美味しい”笑顔ではない。

 それでも、この笑顔も間違っていない。


「ごめんごめん、じゃ、右手出して」


 クオリアは右手を差し出した。

 その右手に、真正面からロベリアの掌が重なる。


「仲間になった相手に対して、こうやって握り合う事で『よろしくお願いします』ってするの。これが握手」

「状況理解。“握手”を認識した」

「ほい。じゃあ言ってみて? 『これからよろしくお願いします』」


 たどたどしい覚えたての言葉で、クオリアは反芻する。


「……“これから、よろし、くお願い、します”」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 必死に笑いを堪えながら、しかし嬉しそうにロベリアが頷いた。

 人工知能はこの日、初めて役割を与えられたのであった。

 

 同時に、ある最適解を出していた。


「だが、一つ条件を提示する」

「何?」


 王女相手にも、最適解の交渉を躊躇なく行う。

 

「アイナの同行を要望する」

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