第12話 人工知能、名家の跡継ぎを否定する①

 父親であるワナクライから呼び出されたのは、それから間もなくだった。

 

「おぉクオリア……今日の戦闘、なんという豪胆さ……! 素晴らしかったぞ。流石、我が息子」


 席から立ちあがり、諸手を挙げながらクオリアに近づく。

 共についてきたアイナが、こっそり口を歪めたのは言うまでもない。

 

「いやぁ……儂は信じておったのだ。クオリア。愛しきお前であれば、あそこまで戦闘力が向上すると!」

「エラー。認識に齟齬が生じている。あなたの自分クオリアへの評価は最低という情報がある」


 元人工知能故の妙な物言いに引っかかる素振りを見せながらも、構わず続ける。

 

「そんな事は無かった。儂はな、びた一文としてお主を疑ったことは無いのだぞ」


 後ろで見ていたアイナが何かを言いたそうに頬を波立たせた。

 その動きをワナクライは見逃さない。

 

「さては貴様か!? クオリアに何かを唆したのは!」


 アイナを睨むワナクライ。

 その口調は、打って変わって汚い。

 

「3年前、クオリアから拾われた恩を忘れおって……この“ネコミミ”が!」

「……!」

「良いか、クオリア。この汚らわしい種族は捨てよ! こやつはな、“獣人”だ! 人間ではないのだ!」

「エラー。アイナは人間だ」

「こやつの耳を見ろ! それだけじゃない、“尾”もだ!」


 アイナがスカートで覆われたお尻の部分に手を当てる。

 一瞬だけ布地の中でもぞもぞ、と曲線がゆらめく。

 

「そもそもサンドボックス家の敷居を跨いでいるのが、自然の摂理から反しておる!」

「……」

「汚らわしい血め。この領地から消え失せるがいい」


 クオリアの肩を握りながら、ワナクライが冷酷に言い放つ。

 

「クオリアよ。客間でロベリア王女を待たせてある。お前をロベリア王女に会わせよう」

「……」

「アロウズは見込み違いだった。まったく、とんだ恥をかかせおって。だがその点、お前であればロベリア王女とも釣り合うだろう」


 クオリアの背を押して、ロベリアのいる客間へ連れて行こうとした時だった。

 全くクオリアが動く気配がない。

 岩のように、その場を動かない。

 

「……説明を要請する。アイナがこの場にいてはならない理由、即ち“自然の摂理”とは何か」


 面倒そうな表情を見せ、ワナクライが伝承という一般解を告げる。


「記憶を失ったという話は本当だったか。いいか。獣人は、獣を先祖に持つ。故に呪われた血を持っておる。その血は、近くにいる我々の血すら穢す。第一こやつら獣人は、人に仇なす輩ばかりだ」

「エラー。血は、別個体の血に影響を及ぼさない。あなたが言う獣人とアイナは何の関係もない」


 絶対零度の物言いに、ワナクライの眼が見開く。

 

「あなたはアロウズをロベリアと関係リンクを持たせようとしていた。だがあなたの言葉は、それと矛盾している。あなたの信頼性は低い」

「なっ……」


 無機質な声で、告げる。


「あなたは、誤っている」

 

 貫く事実に、ワナクライがクオリアに対しても鼻の穴を膨らませ始める。

 

「馬鹿者が! そんな獣人なぞ庇うような愚か者だと分かれば、ロベリア王女を娶る事が出来ないではないか! いいか、王女を妻にするという事はだな、このアカシア王国を思うが儘に出来るのだぞ!? このサンドボックス家をお前のものに出来るのだぞ!」

「アカシア王国の支配者マスタになる事は、優先度が低い。サンドボックスのマスタになる事は、あなたという前例からラーニングした結果、回避すべきリスクと判定する」


 泣きそうになっていたアイナの顔を一瞥して、クオリアは一つだけ見つけた生きがいを伝える。

 

自分クオリアがこの世界において役割とすべきは、“美味しい顔”を検出する事と認識した」


 『この世界』という言葉にほかの二人が訝しんでいる一方で、クオリアが美味しい顔をしてみせた――両手で、両頬を持ち上げて。

 ぷっと、アイナが涙目ではにかんだ。

 

「クオリア様、それは笑顔というのです……」

「笑顔。認識を上書きした。“美味しい顔”とは笑顔を意味する」


 両手を使った作り笑いのまま、狼狽するワナクライに続ける。

 

「サンドボックスの主は、笑顔を破壊する。よって自分クオリアの役割とかけ離れている」

「貴様……、いい加減にしろ!! そんな人間からかけ離れた獣人の笑顔を守るだと!? 薄ら悪い御託ばかり並べおって!」

「人間からかけ離れているのは、“美味しい”からかけ離れているのは、あなただ」


 人工知能故に躊躇なく、クオリアは言い放つ。

 

自分クオリアはサンドボックスのマスタにはならない」

「言わせておけば……! もうよい! 貴様には愛想が尽きたわっ! この家から出ていけっ!」


 ワナクライが怒りのあまり、紅潮したその時だった。

 

 

「うっふふふふふ、クオリア君本当に面白い子だねぇ、あー、久々にいいもの見せてもーらった」



 甲高く笑う少女の声。しかしアイナ――ではない。

 アイナより小さな体に、肩まで伸びた金髪に、笑いすぎて涙目になっている碧眼はアイナのものではない。

 最初にその名前を呟いたのは、すぐ近くにいたアイナだった。

 

「ろ、ロベリア王女……!?」

「ごめんごめん。待ってる時間長いから来ちゃった。えっと、とどのつまり……クオリア君はこの家とは縁を切った、って事でいいんだよね」


 庶民的雰囲気で、ロベリア王女はひょいとクオリアの隣に辿り着く。


「んじゃクオリア君、私が貰っていきますんで」

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