第10話 人工知能、初めての決闘①

 街の中心にある広場。

 ぐるりと囲む客席は、観衆とその騒めき声で満席だ。

 その中で一番広く、高く、分かりやすい位置に金髪碧眼の軍服を纏った少女が座していた。アカシア王国第二王女、ロベリアだ。

 更にその隣で息子たちの入場を見下ろす白髪交じりの壮年の男性。クオリアの父親であるワナクライが興味深げにこちらを覗いていた。

 

「よくぞ逃げなかったな。それだけは褒めてやる」


 同時に広場へ入場したアロウズが、顎を高く上げながら言い放つ。

 

「そして礼を言おう。お前を踏み台にして、俺はロベリア王女と結ばれる」

「……」

「王女は強い男が好きだ。魔術、剣術。そして知能。それを求めるのは王家の血故の宿命かもしれないけどな」

「……」

「お前を倒したところで決定打には成り得ないだろうが。そこは芸術点でカバーする。ま、魔術の才能の無いお前には……っておい!!」


 一切クオリアはアロウズの話を聞いていない。

 後ろで憤慨するアロウズを放っておいて、祭りとばかりに盛り上がる観客席の中に、見出す。

 一人だけ、愁眉しゅうびをクオリアに向けていたアイナの姿を。

 

「状況理解」


 ようやく、アロウズを認識する。

 “ただの障害として”。


「生命活動停止に追い込んではならないというプロトコルはラーニングした。故に、意識の喪失をもって無力化とする」

「……まさか貴様、本気でこの前のまぐれ勝ちを信じてやがんのか?」


 怒りを通り越して呆れ果てたと言わんばかりの笑い声が聞こえた。

 

「肯定。既に最適解は算出されている。あなたは無力化される。自分クオリアは“死なない”。アイナは“美味しい”顔をする」

「……言語まで狂ったか。気違いめ。ロベリア王女の前でそんな言動を繰り返されると、こっちの品まで落ちる――」


 剣を抜くアロウズ。

 

「兄としての最後の教育だ。あの世でも記憶喪失しきれないくらいに、衆目に無様な姿を晒させてやる」

「……」


 対して、クオリアは素手である。


「なんだ? 剣を忘れたのか?」

「否定。あなたの無力化に、剣は不要と結論付けている」


 取り出したのは、既に生成済みの“フォトンウェポン”だった。

 しかし。ただの鉄筒にしか映らないアロウズは、眼をすがめ僅かに訝しがるだけだった。


『それでは両者とも。ロベリア王女に気高き戦士の背中を!』


 ワナクライの号令で、戦闘が開始される。

 時間無制限。どちらかが死ぬか気絶するまで勝負は続く。

 

 両者の位置は、互いに間合いの外。

 先に仕掛けたのはアロウズだった。

 

「じゃあ俺から盛り上げてやろう――“レッドバード”ぉ!」


 アロウズの周りに展開された朱色の魔法陣。

 円内から無数の炎球が噴き出る。

 大空へ放たれた焔は、鳥の形をして広場を自由自在に舞う。

 

「熱源確認。約700度と想定する」


 誰もが目を奪われた。

 青空の下を、炎を纏った鳥が舞踊する。

 だが一羽一羽が紅蓮の結晶。

 翼に裂かれ、嘴に貫かれれば忽ち灰燼と帰すだろう。


 更には不規則な軌道。

 疾風の如き速度。

 縦横無尽に飛び回る芸術を背に、アロウズは歪に微笑む。


「今日は最高の天気だなぁ。雨上がりの青空はいい。聖火の鳥もこんなに映える。観衆の囀りも聖歌に聞こえる。こんな舞台を汚す醜いアヒルは、しっかりと焼却処分だ」


 クオリアは返事をしない。

 アロウズの詩は、別段必要な情報ではない。

 “レッドバード”の軌道。風と気圧のパターン。地面の泥濘。アロウズの挙動。必要な情報はそれだけだ。

 

『Type GUN』


 クオリアが“フォトンウェポン”を銃へ換装した事は、誰にも悟られていない。

 同時、クオリアは演算を完了する。




 そもそも、クオリアは芸術も詩も、理解したことが無い。

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