第8話 5Dプリント機能の、肉体へのインストール

 魔術とは、生きとし生ける物が内包する魔力を糧とした、現象である。

 魔術の種類はには4種類。

 火炎や凍結といった、温度に干渉する属性“火”。

 突風や鎌鼬といった、空気に干渉する属性“風”。

 液体を出現させ、湿度にも干渉する属性“水”。

 地面に分類される鉱物を生成し、自然物へ干渉する属性“土”。

 

 これらを組み合わせたり、本人の才能次第で未曽有の魔術を発生しうる。

 魔術師であろうと剣士であろうと、この世界で成り上がるには魔術が肝要だ。

 

 魔力は個体の才能に依存する。

 クオリアの魔術に対する才能は、最悪だった。

 この魔力の才能に恵まれなかったことが、このサンドボックス家で疎まれている最大の理由だ。

 

「魔術、ラーニング開始」


 アイナも魔術には詳しくなかったので、詳細な情報は持ってこさせた魔術書からスキャンする。

 クオリアは一人になると、10000ページある魔術書を20ページにつき1秒のペースで全暗記する。

 元人工知能の演算能力を持ってすれば造作もない。CPUから脳に格落ちして速度は落ちているが、十分だ。

 500秒後。10000ページの本が閉じる音がした。

 

「魔術、ラーニング完了」


 魔術のいろは、更に出来うる限りの可能性のスキャンを完了させた。

 しかし、それだけで魔術が扱えるようにはならない。

 魔術に必要なのは知識と、個々の才能に依存する魔力だ。

 魔力を無から生成する方法までは、クオリアは有していない。

 

「これより魔術のテストを実行する」


 夜、無人の裏庭に出る。

 魔術書きょうかしょ通りに体内の魔力を操作し、で火属性の初級魔術を試行する。

 

「“フレアアロー”」


 しかし炎の矢は出ない。

 炎と呼ぶには虚しい、火の粉が出ただけだ。

 あまりに残酷な結果だが、クオリアは表情を変えない。淡々とフィードバックする。

 

「状況認識。自分クオリアの魔力として、致命的な欠陥がある」


 つまり、魔術を強化する事で――更なる脅威に対抗する事は、この肉体ハードウェアでは出来ない。


「状況分析」


 裏庭で一人、クオリアは演算を始めた。

 “最適解”を模索し始める。

 数秒後、結論は出た。

 


「結論――“5Dプリント機構”を肉体に付与させる」



 クオリアが出した結論は、肉体改造だった。

 それも、人型自律戦闘用アンドロイド“シャットダウン”の機能を人体にインストールするというものだ。


「“土”属性魔術の調整を実施する」

 

 着目したのは土属性だ。

 魔力回路次第で、自由な物質を出現させる事が出来る。

 

 魔術書では土属性の有用性について、どれだけ大きな質量の鉱物を生成できるかという事に着目していた。超重量の鉱物で、敵を圧殺する。それが戦闘用の土属性魔術のセオリーだ。

 このセオリーからすれば、小石程度の魔術しか放てないクオリアは落第だろう。

 だが、小石程度で問題ない。

 |、生成出来ればいい。

 

 人型自律戦闘用アンドロイドとしての設計データを思い起こす。

 その部品一つ一つの詳細な材質と、各部品の連携方法を整理する。

 

 土属性魔術で“その特徴をトレースした”物質を具現すれば、理論上は“5Dプリント”――全ての物質を原子レベルから自由自在に生み出す機構を創ろうとしているのだ。しかも、人体に同化させる形で。

 

 先程の魔術書には、魔力回路の仕組みから見た人体構造が記されていた。

 それをインプットにして、どのようにすれば5Dプリントが人間の体に馴染むかも計算済みだ。


 

 オーダーメイドの設計は完了した。

 どう土属性の魔術バイナリコードを記述すればよいか、どう魔術プログラム同士を組み合わせるか、どう5Dプリントをというアプリケーションを創り上げるか、普通の人間では何兆年かかっても完成しない演算をやってのけた。

 左掌を、右腕に向ける。

 オーバーテクノロジーを蘇らせる魔術を、実行開始する。

 

「“5Dプリント”機能、インストール開始……っ!?」


 迸る信号。痛覚という名の異常。

 クオリアの眼球が、飛び出すくらいに開く。


「ぐ、が、が、あ……ぐ、う……!!」


 だがクオリアは考慮も遠慮もしない。

 この肉体改造は、緻密な演算と計算に紐づけられている。

 細胞が別の異物に置き換わる事による、拒絶反応。想定済みだ。

 筋組織が破裂し、血液が霧のように蒸発していく。想定済みだ。

 右腕が、繋がる脳が人間からかけ離れていく。想定済みだ。


 全部、想定済みだ。


「あ、あああ、ああああああ……んんっ!」


 痛覚が、止んだ。

 汗が、改造を終えた右掌に滴る。


「インストール……完了……“5Dプリント”機能、試験作動」


 震える声で完了のログを吐いて、右掌に“5Dプリント”発動の電気信号を送る。

 五本の指から、蒼白いかそけき光が伸びる。

 光の最先端で、空気中の物質が一つの集合体に変化していく。

 

 ぽとりと。

 筒状の物体が出現した。


「試験完了――“フォトンウェポン”完成」


 人型自律戦闘用アンドロイド“シャットダウン”時代の武器だ。

 “特殊な荷電粒子ビームを放出し、対象を原子崩壊によって融解、消滅せしめる最悪の武器である”。

 

『Type SWORD』


 自動音声で剣を名乗る筒を握ると、純白の閃光が刃の形で現れた。

 手近にあった樹を斬りつける。太い幹が軽々と一刀両断され、ずしんと深い音が響き渡る。

 

『Type GUN』

 

 更に柄を組み替えて銃の形にすると、トリガーを引くや否や、一筋の光線が余闇を切裂く。

 “フォトンウェポン”を降ろした時には、目前の大樹には風穴が開いていた。

 

 しかし、“全く全盛期には、届いていない”。

 クオリアは良しとしなかった。

 

「5Dプリントの復元率21%。以降は5Dプリントを主軸に肉体ハードウェアの改造に努める」


 クオリアは、もっと力を欲した。

 人工知能の時代よりも、強欲に力を欲した。


 そこには、人型自律戦闘用アンドロイド“シャットダウン”の責務はなかった。

 ――にもかかわらず、強くなろうとする理由を。クオリアはまだ整理できていなかった。

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