第6話 プログラムでは説明できない、人間の何か

 クオリアの行動は最適化されている。

 膝立ちで天を仰いだまま気絶したアロウズの喉に向けて、刃を予備動作無しで突き立てんとしていた。

 

 余白。僅かにコンマ数秒。

 メイドや執事の誰もが、目前の光景を理解する事さえ出来なかった。

 

 サンドボックス家の次男として誉高き戦士に成長したアロウズが敗北したなんて。

 しかもアロウズを打倒したのが、サンドボックス家の面汚しであるクオリアだったなんて。

 今まさに、アロウズが当然のようにクオリアに殺されそうになっているなんて。

 

 排除処理を実行する。

 それは即ち、命を殺す。

 同じ人間を殺す。

 

 その悪行の意味に気付かないまま、淡々と刃を動かして――。

 

「駄目っ!!」


 切先が喉仏に触れる数ミリ前。

 横からクオリアは、アイナに抱き止められていた。

 最適解で見通したビジョンの中でも、完全に想定外の事態だ。

 

「も、もうそこまでにしましょう? 命まで奪ったら……あなたまでアロウズ様と同じになってしまいます!」

「アロウズは脅威と判断した。このまま放置する事は、多大なリスクに繋が――」

「お願い……アロウズ様じゃなくて、クオリア様が……これ以上は、人じゃいられなくなる……」

「説明を要請する。人、とは――」


 アイナの泣き顔が、クオリアの視界いっぱいに広がった。

 クオリアは、また痛みを認識する。

 剣が、床で跳ね返る音だけがこだました。


「……想定外のエラー発生。アロウズ排除の優先度を、下げる……」


 アロウズを排除する事が、この場における最適解だ。

 人工知能だろうと、人間だろうと関係ない。人殺しと罵倒されることに嫌気が差す思考回路はしていない。

 だがアイナの必死な表情を見て、クオリアの何かが排除処理を止めた。

 

 クオリアの服を握りしめる掌。

 それは、アロウズが殺されないように邪魔する為ではなく。

 クオリアがもう元に戻れない所にいかないようにと、必死に掴んでいた。

 

 この掌を、クオリアは振り払えた筈だ。

 彼女の力は、強くない。

 制止を無視して、最適解に向かって、刃を機械らしく冷酷に振り下ろせた筈だ。


 でも、出来なかった。

 何故なのか、人工知能には分からなかった。


 ただ、恐らくは。

 人工知能になくて、人間にしか持ちえない何かが最適解を変えたのだ。

 きっとプログラムでは説明できない、得体も知れない、だけど暖かい何かだった。

 

「……警告する」

「ひっ」


 気絶したアロウズの隣で、クオリアは次の最適解を出した。

 怯える執事やメイドを視界にとらえ、警告を放つ。

 

「敵対的行為を認識した場合、あなた達を脅威と分類し排除する」

「……い、いえ、滅相も無い……」


 凍り付いたようにその場に立ち止まった執事やメイドの間を、アイナの手を引きながら突き進んでいく。

 

「お、俺は一体……」


 背後でアロウズが意識を取り戻したらしい。

 振り返らずとも状況は理解したが、今更古い最適解を繰り返す気にはならなかった。


「なな、何かの間違いだ! こ、これは何かの間違いだ!! 魔術すら使えないあんな奴に、俺が負ける筈がねえええええ!!」


 アロウズが遠吠えをしている理由もクオリアには理解できていない。

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