第5話 人工知能、自分を虐げていた兄に抗う

「ビックボアを倒したんだって? 落ちこぼれの弟よ」


 家に戻ると、未知の青年が佇んでいた。

 クオリアとどこか似た顔立ちで、しかしあからさまに見下していた。


「人間認識。個体名の説明を要請する」

「……くははは! 確かに喋り方もおかしくなってら! 冗談かと思ったぜ! 首を吊った結果、記憶を失うばかりか廃人になったなんてよ!」

「それがあなたの個体名か?」


 茶化すという概念を理解しないクオリアが繰り返す。一方、青年は茶番とばかりに鼻で笑う。


「どうも初めまして。記憶するか分からねえが教えてやる。俺はアロウズ。お前の恩人である、兄上様だ」

「状況理解」


 アイナから取得した情報と一致した。

 この青年が、クオリアを教育したいじめたとされるサンドボックス家の次男である。


「……行きましょう。クオリア様。夕ご飯の時間です」

「おいおいアイナ。兄弟の間に入ってくんじゃねえよ。ったくこれだから“獣人”は……」


 クオリアを連れていこうとしたアイナを、鞘付きの剣で制すアロウズ。

 メイドという立場を無視して、アイナが細く睨み返す。

 

「よくもおめおめと兄弟なんて言葉を……! 一体誰のせいでクオリア様が自殺するまで追い込まれたとお思いですか!?」

「いやいや。サンドボックス家に生まれておいて自殺するようなメンタルって」


 首を摩りながら嘲笑するアロウズ。

 笑い声はアロウズだけではない。

 通りかかったメイドや執事までもが、クオリアとアイナを見つめながら口をへの字に曲げたり、鼻で笑ったりするのだった。


 今に限った事ではない。この一日を通して理解したことだ。

 執事たちも、アイナ以外のメイド達も、クオリアを軽んじている。

 お荷物なクオリアごくつぶしと、

 

「だけどビックボアを倒せたのは俺の教育の賜物だろー。感謝してほしいね」

「否定。ビックボアを排除出来た要因はアロウズによるものではない。状況――」


 それ以上のログは出力できなかった。

 クオリアの頬を、アロウズの鞘が一閃したからだ。

 転がる最中、苛立ったアロウズの表情を垣間見ていた。


「忘れたならもう一度教育してやる。俺の事は兄上か兄様だろう! 俺に二度と逆らうんじゃねえ!」


 受け身からすぐさま立ち上がるクオリア。

 流血する程の一撃を頬に受けたにもかかわらず、表情は一切変わらない。


 



「クオリア様! 酷い、なんてことを……!」


 次にアロウズが近づいたのは、クオリアに寄り添おうとするアイナだった。

 びくっ、とアイナがアロウズを目視した時には、もう遅かった。

 ――鞘の鉄槌がアイナの腹部を、容赦なく殴打する。

 

「あっ……」

「だーかーら。今久々に教育中だって言ってんだろクソネコ!!」

 

 アイナの転がる体を。

 アイナの喘ぐ声を。

 アイナの痛がる顔を。

 クオリアは認識した。

 

「……!?」

 

 


「かは……」


 腹部を押さえ、床に背をつけたまま動けないアイナにもアロウズは容赦しない。

 怒り心頭のまま、鞘を肩に担いだまま睨みつける。

 

 まだ攻撃する気だ。アイナにも教育する気だ。

 他のメイドや執事も、嘲笑ばかりで止めようとする素振りさえ見せない。

 

「ここらへんでてめぇも、俺に二度と歯向かえないようにしてやるよ……」


 アロウズの掌が、アイナに伸びる。

 しかし、いつまでもアイナの服を掴むことは無い。

 


「その行動は、誤っている」


 

 クオリアがその手首を鷲掴みにしていた。

 

「アロウズの行動は、

「はっ、何を言ってやがる。まさかクオリア、歯向かう気か……!?」

「警告する。これ以上は敵対的行為と定義し、あなたを脅威と分類し排除する」


 自分が頬を殴られても何も反応しなかったにもかかわらず、アイナが攻撃された途端、“何か”がクオリアを突き動かしていた。

 先程のビックボアと対峙した時のような、自衛の選択肢ではない。

 

 明らかにプログラムでは表現できなかった感情モノ

 見えざる火炎が、溶岩が、灼熱がクオリアの鼓動を突き動かした。


「貴様……! 兄に対して何という口の利き方……ぐっ……!?」


 筋力では劣る筈の掌が、アロウズの腕を軋ませる。


「繰り返す。アイナへの暴力行為を停止せよ。さもなくば、あなたを脅威と分類し排除行動に移る」

「……この!」


 遂にクオリアを突き飛ばすと、眉間に皺を寄せながら剣を構える。

 怒りで我を忘れ、今自分が殺戮行為をしようとしている事さえ忘れている。

 どよめく声。

 だが、止めに入ろうとしない。這ってでもクオリアを守ろうとするアイナ以外は。

 

「ならば思い出させるまでだ。どうせ死に損なった命なのだろう!?」


 上段に、高らかに剣を構え一気に振り下ろす。


「さあ刻みつけろ! 俺のアカシア王国剣術を!」


 剣閃。

 仮にも剣術を極めた剣士。描かれたのは綺麗な弧だった。

 だが、一歩クオリアがズレただけで、一閃は空を斬るだけとなる。


「最適解、算出」

「なっ」


 今までのクオリアならば避けられないものだった。

 それを裏付けるような、唖然とした表情。

 その表情を目掛けて、超合理的にクオリアが間合いを詰める。

 

 クオリアの動きは、剣術でも体術でもない。

 “最適解”に沿って肉体ハードウェアを動かすだけだ。


「あなたを脅威と分類。排除する」


 スカァン、と。

 クオリアの掌が、綺麗にアロウズの顎を撃ち抜いた。

 

 致命的に、脳が揺れた。

 ぐるりと、アロウズの眼球が上を向く。


「エネミーダウン。脅威の無力化を確認」

 

 膝から崩れ落ちたアロウズの眼には、もう意識は宿っていなかった。

 力の抜けたアロウズから剣を奪い取ると、そのまま刃をアロウズに向ける。


「排除処理を実行する」

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