2.攻撃
気になるのは辺りの暗さだった。高原への道は曲がりくねり、街灯も少ないので相手との距離もわかりづらくなる。そして
もちろんクサナギにはライトなどついていなかった。本人もそれが悔しいらしい。
『懐中電灯でもあればオレが抱えて照らせるんだがな』
「クサナギは前が見えるの?」
『オレなら問題ない。この紐の先端がオレの眼だ。そこから赤外線を出して夜間でも物体を認識できる』
クサナギのシューレースにはなにかにつけて驚かされる。物をつかめる腕になり、夜間を見通す眼にもなる。ツカサがいなければ走ることができないという欠点を除けば、クサナギはひとりでなんでもできる存在なのだ。
『なんだ……?』
クサナギが不意に呟いた。暗い山道に入ってすでに一〇分ほどが経過していた。すれ違う車も減り、ほぼ暗闇に近い道路には自分と、その先を進むコンテナトラックしかいない。
ツカサの後頭部にぞわぞわと走る悪寒があった。
『扉が開いたぞ……』
そう声が聞こえた直後だった。
「!!」
パァン、とロケット花火が弾けたような軽い音。それに続き瞬間的な閃光があり、ほぼ同時に道路に火花が散った。
心臓の鼓動が、まるで航空機の離陸のように急激なカーブを描いて加速する。
ツカサは、閃光の中に拳銃を持った人影を目撃していた。
『う、撃ってきた!!』
――ピストルを持ってる。
衝撃的な展開だった。だが自分たちが追いかけている者たちの性質を考えればそれはリアルな事実だった。
もはやこれは糸居紘太という高校生の家出ではない。これは間違いなく、武器を持った集団による誘拐事件なのだ。周到な計画、クサナギが聞いたカタコトの英語、なにもかもが彼らの危険性を想像させた。
目の前のトラック――そこには外国人の武装集団が潜んでいる。
もう一発、銃声が鳴った。地面の火花がさっきよりもずいぶん近くで弾けた。照らすものがほとんどないため向こうからもこちらは見えにくいはずだった。だがツカサには余裕なんて欠片もない。
『罠だったか』
「ど、どういうこと……?」
ツバがなくなり舌がカラカラに乾く中、ツカサは声を振り絞った。それはオジラのような声だった。
『あのとき、やっぱりオレたちは姿を見られてたんだ。だから尾行を確かめるためにこんな僻地に入ったんだ。うかつだったな……。ここは目的地じゃない、あいつらにとっての処刑場なんだよ』
クサナギはずいぶん冷静に格好いい言い回しをする。
「ど、ど、どうしよう……!」
にわかに目尻が濡れてくる。ダメだとわかっていても心が諦めの方向にハンドルを切る。
ツカサは女の子だという理由で
それがいちばん悔しかった。
『行けるところまで行くんだろ、ツカサ!』
「う、うん!」
『あいつら荷台のドアを開けたのが運のツキだ。オレがこの眼で中の様子を撮影してやる。そうしたらすぐにUターンして逃げる、いいな!』
「に、逃げるの?」
『そうだ。さすがにこの状況じゃ勝ち目はない。紘太があそこにいる証拠を掴んで警察にまかせる。さすがにこれ以上は危険すぎるんだよ! おまえはともかくオレは嫌だからな、こんなところでぶっ壊されんのは!』
それは現実的な選択だった。大口を叩くのが常のクサナギでも、極めて冷静にやるべきこととやれることを切り分けている。それに、近づくだけならツカサでもできないことはなさそうだ。
『オレが弾道予測をする。オレの言うとおりに動けば弾には当たらねぇ。いいな!』
クサナギがまたとんでもないことを言い出す。ツカサにはその根拠がまるでわからなかった。だが、なぜかその言葉を信じられた。このわけのわからないスケートブーツは、今までもとんでもない奇跡を起こして自分をここまで連れてきてくれたのだから――。
『右!』
そう叫ぶと同時に銃声が鳴った。びくりとして動けないでいると、左足のほんの数十センチ横で着弾の火花が上がった。
『なにしてやがる! 死にてぇのかよ!!』
「ご、ごめん!」
ツカサは腕で頬の汗をぬぐった。もしかしたらそれは涙だったのかも。しかしこれはクサナギが間違いなく相手の動きを読めるという証左になった。わずかな勇気が湧いてきて、筋肉に暖かみが戻ってきた。
『左! 右! もいっちょ右!』
もはや言いなりだが、ツカサは極力機敏にスライドした。
すべての弾丸が彼女の体を逸れ、そしてクサナギの指示もタイミングも的確だった。
これならいける。ツカサの中で確信が持てた。あとはゲームセンターでやるダンスのゲームと同じだ。反射神経で指示通りに動く。いつものツカサなら朝飯前のアクションだった。
『ざまぁみろ! 弾切れを起こしやがった! 一気に距離を詰めるぞ!』
その声を合図に、ツカサは姿勢を低くして高速モードに入った。ぐんとGがかかり視界にぼんやりとトラックの輪郭が写る。ツカサの眼にも、わずかに開いたトラックの荷台が見えはじめた。
『もう少しだ……がーっ、やばい!』
「えっ!?」
『援護か? もうひとり奥にいる! 近づきすぎると予測が……』
なぜかクサナギが言葉を切る。彼に見えているものはツカサにはわからない。
「どうしたのよ!!」
『まさか……』
その瞬間、まぶしい閃光が眼前で瞬いた。と同時に聞き慣れたシャッター音が鳴った。光ったのはスマホのカメラに内蔵されているフラッシュだった。
撮ったのはクサナギではない。荷台の中の人物が逆にツカサを撮影したのだ。
こちらの眼を眩ませるために――。
『くっそーっ! しっかりしろツカサ!』
ツカサはにわかに体勢を崩した。脳内がパニックになり、のぼせたように耳の中が音にならない音で詰まった。
クサナギの指示が聞こえない。危険だ。撃たれる。そして――死ぬ……?
急激に身体が揺れた。撃たれてしまったのだろうか。
答えはノーだった。それはインラインスケートの制動装置――つまり〈KUSANAGI〉に装備されている空気圧ブレーキのせいだった。それを自分が咄嗟に踏んだのか、クサナギが作動させてくれたのかはわからない。
どちらにしろ、ツカサの身体は慣性の法則により前のめりに倒れて、凄まじい速度で流れゆく道路にぶつかった。
まるでトランポリンのように身体が宙に浮いた。巨大な無数の腕に、わっしょいと胴上げされたような気分だった。
真っ暗闇の夜。ぐるぐると自分の身体が回転するのがわかる。
その先には峠のカーブが待っていた。そのままツカサは法面の上の砂防ネットに叩きつけられた。
まるでスイッチが切れるように、ツカサの意識はぷつりと失われた。
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