第4話 いざ戦場へ


“美咲の野郎、今日休んでいやがったら洒落にならねえなぁ~”

独りごちしながら家を出た。


今の時代じゃあ携帯だのお店のホームページで出勤調べるだのと確認出来はするが、この時代たあ昭和の六十年。まだ携帯電話は出回っていねえし勿論店のホームページも有りゃしやせん。


店に電話して出勤の確認は出来は致しやすが、そこは痩せても枯れても生粋の江戸っ子のおいら!

恰好つけの見栄っ張りが信条の江戸っ子のおいらにゃあそんな無粋は出来やしねえ。

凶と出るか吉と出るかは時の運!賽の目稼業じゃあ御座いやせんが己の運を信じて自宅を出たと思いねえ。



「おう おめかしして今日はどっちにご出勤だい!」


「今日はコッチに出勤致しやす。」

って上野方向を指差して会釈をした。


自宅を出て左手正面のはる寿司の大将が表に出ていやがった。

この大将も遊び人でおいらが夜中に出かけるたんびに会いやがる。

春日通りを左手方向は上野、湯島。右手方向は浅草って会うたんびにお互い“今日はどっちにご出勤でえ”が挨拶になっている。


「あんまり泣かすなよ!色男!」

「おめえさんが通った後にゃあペンペン草も生えねえってから、もそっと遠慮して遊んで貰わねえ~と、こちとらおこぼれに有り付けねえかんな!」


声がでけえよオヤジ!って独りごち。


「それじゃあちょいと行ってきやす。」


「おう!気張れよ!」


てな調子で家を出たのが22時20分!ぷらぷら歩きゃあ調度良い塩梅よ。




「おう 邪魔するよ」

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「おう!」

「ご指名はいらっしゃいますでしょうか?」

「美咲は出てるかい?」

ちょいと緊張しながら、、、

「はい。出勤しております。」

「そんじゃあ頼むわ!」


「一名様ご案内ですぅー」


店内は土曜日のこの時間とあってかなりの賑わいを見せていた。


席に案内されてちょいと緊張気味のおいら。

突っ張ったてえ所詮は二十歳のガキじゃあ御座いやせんか、、、

おいらは歳よりは五つ六つ老けては見えるがそれにしたってはたから見りゃあ25.6の若造にゃあちげえねえ。



『いらっしゃいませ』

美咲ちゃんの登場で御座いやす。


「おう」


“逢いたかったか?”って上から聞いてやろうかとした瞬間!

おいらの隣に座り腕にしがみ付いて


『一週間長かった、、、』

ってほっぺを膨らませて言いやがる。


息子はこの一言でビクンとしやがったが、素知らぬ素振りで


「そっかあ」


精一杯の強がりじゃあ御座いやせんか。


『嘘ばっかりぃ~』っておいらの腕を振りながら怒った振りしやがる。


「ホントだよ」


『もぉ~ホントは?』


今度はきっちり美咲の瞳を見つめておちゃらけ無しのバリトンボイス無し、真っこと普通のトーンで囁いた。


「凄く逢いたかった」


美咲おいらの耳元でそっと

『今日はずっと一緒に居ようね』って


“あ~あ 後もう一言貰ったら発射です”


何度か指名のテーブルに呼ばれ席を立ったがラストのチークダンスの時にゃあ席に戻って来やがった。


『今日は他のお客さんとは踊りたくないの』

『踊ろ!』っておいらの手を取りホールへ、、、


今日は隅っこで御座います。


ラストの曲はつのだ☆ひろのバラードの名曲

〔メリージェーン〕


美咲がおいらの首に手え廻して頬を寄せながら甘えた声で囁いた。


『強く抱いて、、、』 


背中と腰に廻した手をグッと廻し込み強く抱きしめた。

大人の女の香りが胸の奥まで染みた、、、


「今日はずっと一緒だぞ」


美咲は唇を合わせてきた。




待ち合わせのガード下にある喫茶エデン

おいらは窓側の一番奥の席に座りコーヒーを注文して煙草に火をつけ暫く待つ事に。


12時回っても週末とあって店内は思いの外混んでいた。

まあこの辺で夜中までやっている喫茶店は数少ねえからなあと独りごち。


4本目の煙草を吸い終わる頃、美咲が急ぎ足でテーブルまでやって来た。


白のニットのショートワンピースに細目のベルトを締め、白いブーツを履いてGジャン羽織ってって出で立ち。


“中々可愛いじゃあねえか”


『ごめんね!待たせちゃったね』

『帰り際に店長に呼び止められちゃって!』


アイスコーヒーを注文すると、続きを話し始めた。


『後もう少しでトップ10に入るから、頑張れだって!』


面倒臭そうに話してやがるが、何だか嬉しそうな表情じゃあねえか、、、

大箱の店舗とあって在籍ホステスは100人は超えているはずだから、かなり人気はあるにちげえねえ。

まあ裏表がねえ分人気があって、素直なとこがうけてるのかなあと独りごち。


「良かったじゃねえか」


『まあね』


ちょいと照れ臭そうにしてやがる表情も可愛いや!



エデンを出て、中央通りと不忍通りの交差点の角にある飲食店ビルの7階に「バレンシア」って4時までやってるスペイン料理店へ小腹を満たしに行ったと思いねえ。


ABABや松坂屋が良く見える店内はちょいと薄暗く良い雰囲気。この時間はあまり混んでねえ上野じゃあ穴場のお店。


親父の友達で上野最大の飲食チェーンの専務さんにおせーて貰ったお店。


おいらがこの辺でお姉ちゃん遊びしているってえ親父から聞いたみてえで、ウチに遊びに来た時に「道ちゃん!お姉ちゃんとアフターする時にゃあバレンシアに連れて来な。雰囲気もいいし遅くまでやってて値段も割かし高くないから」って。


一度他の店のお姉ちゃん連れて来た時があって、えれえ喜んでた貰えたモンで2度目の来店となりました。


「おう 邪魔するよ」


「いらっしゃいませ。二名様で宜しいでしょうか?」


「ああ 二人で」


白のワイシャツに黒の蝶タイ締めて黒のベストに黒のスラックス。髪はポマードでバッチリオールバックの今にも社交ダンス踊りそうな店員に窓側の席まで案内された。


ABAB側から中央通りを挟んで不忍通りの伊豆栄まで見渡せるアーチ型の窓側席は上野繁華街が一望出来る特等席だ。


『素敵なお店だね』


美咲は目を輝かせてやがる。


グラスワインを二つとサラダ、豚肉のトマトソース煮とイカの墨煮にバケットをオーダーした。



『何で私を指名してくれたの?』



両手の指をクロスさせその上に顎なんざあ乗せやがってまるでアイドル見てえなポーズで興味深々おいらに尋ねてきやがった。


「何となく」


『もぅ~ムカつく』


頬っぺたを膨らまして怒った仕草をしやがる美咲の表情は年上の女を感じさせずちょいと可愛らしかった。


『ほんとは?』


「先に兄貴と二人で店に行ったろ。」


『うん』


「二人ともフリーで入ったから、美咲が来た時おいらの方に座らねえかなぁ~ってな!」


『ひと目惚れ?』


「な訳ねえだろ!アホ!」


『あ~ほんとムカつく!年下のくせに、、、』


「年下が気になるなら断れば良かったろ?」


『そういうとこがムカつくの!』


「男と女に年齢なんか関係ねえだろ?」


『だって年下と付き合ったこと無いから、、、』


「今まで年下のいい男と出会って無かっただけだろ!」


『、 、 、 』


「気になったから指名しただけ。魅力的だったからキスして、気に入ったから誘った。」

「何か文句あるか?」


『, , 、 ムカつく、 、 、 』

『そーやって何時も女口説いてるんでしょ』


「、 、 、 正解、 、」


『もぅ~』

コイツの前世は牛にちげえねえと独りごち。


「美咲。お互い惹かれ合ったからこうして此処に一緒に居るだけだろ」


『うん』


「年下も年上もねえよ。現に年上の美咲はおいらから見りゃあ可愛い女性だよ」



『馬鹿、、、』



ゆっくり食事を楽しんで時計を見るってえと2時を回ってやがる。



「そろそろ行くか?」



『うん』




















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