第26話~~侵入~~
あれからどれぐらいの時間が過ぎたのだろう。
私は、棚に所狭しと様々な物品が並べられた倉庫のような部屋に放り込まれていた。幸い、拘束はされなかったが……そもそもする必要が無かったのだろう。部屋の鍵はしっかり閉められており、まさに監禁状態だった。
現場へ向かう途中、予想通りに私達は襲撃された。そして予想通りにやはりあの怪物が出てきた。出来れば出ていて欲しくはなかったが、贅沢は言ってられない状況だったので頑張って我慢した。本当にめちゃくちゃ頑張ったので後で自分にご褒美をあげよう。うん、アンダーソン君に強請ってみよう、これだけ頑張ったのだから文句は言われない筈だ。
予想外だったのはあの怪物が複数も現れた事だ。いや、その可能性も考えてはいたけどまさか私達の為だけに複数体を動かしてくるとは思っていなかった。
ともかくとして重要な点は、私は予定通り無事に捕まる事ができたという事だ。五体満足でいられるかどうかは正直賭けだったけれど、こうして無事に済んだのだから問題はない。
「さて……アンダーソン君は無事に務めを果たしてくれましたかね」
誰に聞える訳でもなく、一人そんな事を呟いていた。いつも助手と行動していた為、ある意味では癖なのかもしれない。尤も、人間は一人だと無意識に寂しさを感じてそれを紛らわせる為に独り言という行動を取るらしいが、私としては一人の方が落ち着くので関係ない話だ。
「所持品は……やっぱり連絡手段は取り上げられてますね」
荷物を確認してみると、元々少なかった所持品の中から携帯電話が消えていた。誘拐なのだから当然の事なのだけれど。そう、私はあの後、予定通りに誘拐された。この場所で目覚めるまでの記憶がない事から、薬品で気を失わされていたのは間違いないだろう。
「今の時刻が分かればいいんですが……」
この部屋には窓もなく、外の様子から時間を予想する事もできなかった。私がまだ無事でこうしている以上、あの襲撃からそこまで時間が過ぎている事はないと思うけれど……悶々としながら床に座り込んで思案に更けっていると、施錠されていたこの部屋の唯一の扉が突然開けられ、複数人の人間が入ってきた。
人数は3人、全員白いローブを身に纏い顔には表情の無い、無機質な仮面を被っている。
「お体の調子は如何でしょうか? お連れする際はあまり手荒な真似はさせていないつもりでしたが」
一人のローブ姿の人間が丁寧な口調で私に向けて言い放つ。声からしてこの人物は男性だろう。聞き覚えは……当然かもしれないが、もちろん覚えはない。
「し、しっかり眠れたので何も問題ないですよ……はい」
「それは良かった。大切なお体ですので何かあっては問題ですからね」
そう言いながら彼は私に近づいて来て、唐突に私の目の前に手を差し出した。
「さぁ、お手をどうぞ。ご案内しましょう」
「えへへ……こ、これはご親切にどうも……」
私は、戸惑いながらもその手を取る事無く立ち上がった。これから先の事は、ある程度の予想はあるものの殆ど未知数だ。かと言って反抗した所でなんの解決にもならないだろうし、今は大人しく従っておくのが賢明だろう。それに、この部屋から出れば他に情報も得られるかもしれない。よって、私は彼らに三方を囲まれながら、連れられる形で部屋を後にした。
部屋を出てみれば、一面白い壁の無機質な廊下が続いていた。どこにも窓が存在しないところを見ると、もしかするとここは地下なのかもしれない。
3人と歩幅を合わせてひたすらに廊下を歩く、同じ形式のドアの前をいくつか通り過ぎ、何回か曲がり角を曲がる。すると、やや広めのエレベーターホールに辿り着く。エレベーターの扉は2箇所あり、階数を示す表示灯にはこの場所……恐らくB1を含め、10Fまで存在していた。
構造を見る限りでは秘密基地といった類の場所ではなく、普遍的なビルのように思われた。
「いやはや、貴女は運が良い……いや、貴女にとっては運が悪いと言った方が正しいのかもしれませんがね。尤も、今となっては大した問題ではありませんが」
ローブ姿の男が前を向いたまま、くつくつと笑う。
「あの……一応聞きますけど……これから私をどうするおつもりなんでしょうか……」
私を取り囲む人物たちが一斉に私に視線を向ける。その中の一人、今まで喋っていた人物とは違う人物が私の質問に答えた。
「何も心配することなんてありませんよ。全ての生物が幸福を享受できる理想の世界……貴女たちはそんな世界が生まれる瞬間に立ち会う事ができるのです。とても名誉な事ですよ」
その声は女のものだった。何かに酔っているような、心酔しきった猫なで声だ。
なるほど、これも予想と言えるだろう。その言葉から読み取れるのは、彼らが共有のとある理念を持っているという事。理想の世界が生まれる瞬間、この言葉の意味としては信仰、この場合はカルトの類と考えられる。そういった類が考える事といえば、儀式を持って世界を造り変えようとする事だろう。つまり私はその儀式の生贄として連れてこられたという所だろう。要するに殺されるという事だ。
突然、ポンと短い機械音が鳴り響く。エレベーターが到着したのだろう。この階の階層盤に明りが灯っている。目の前の扉が開いて暖かな照明に照らされたエレベーターが現れる。
私と取り囲む人物たちがエレベーターの乗り込むべく動き始めた為、私もそれに歩調を合わせて進んでいく。全員がエレベーター内に入ると扉が静かに閉じ、次の瞬間には体の重さが無くなるかのようなふわっとした感覚に襲われる。エレベーターが上階に向かって動き始めたのだろう。
先ほど、彼女は貴女たちと言った。それが私以外にも彼らにこの場所に連れてこられている人物がいるという証拠だろう。私の予想通りであれば、その人物たちが連日の殺人鬼騒ぎに紛れるように行方を断った人物たちだ。
ここの連中は失踪事件の犯人という訳だ。そして、私の考えではその失踪事件と連続殺人事件は繋がっていると見ている。つまり私たちを襲撃し、私を浚ったこの連中こそが巷を騒がせる猟奇的殺人事件の犯人だという事だ。
何故、あのような猟奇殺人を行い続けるのか、そして何故、殺さずにわざわざ人間を浚うのか、それらは全て彼らの目的の為である事は間違いないだろう。
私の命は今まさに、猟奇殺人鬼たちによって握られている。推理を整理すればするほど、おぼろげだったその事実が実感として湧いて来る。冷や汗が流れ、体が震える。気を緩めれば悲鳴を出してしまうかもしれない。けれど私は必死にそれを耐えた。私にはまだやらなければいけない事が残っているからだ。探偵として、この事件の真相を明らかにしなければならないのだ。
そんな事を考えだしてからどれほどの時間が過ぎただろう。もう長い事エレベーターの中で立ち尽くしていた気もするし、まだエレベーターに乗り込んでから間もなかった気もする。
結局、どれほどの時間が経ったのかは分からず仕舞いだったが、ついに特有の浮遊感が体から消え去った。目的の階に到着したのだろう。エレベーターの扉が開く。犯人たちの動きに合わせてエレベーターを降りると、そこは観葉植物や絵画が飾られた白い廊下。
向かって左側は全面ガラス貼りになっていて、外の風景が良く見える。
暗い窓の外には人工的な光がポツポツと、まるで簡易的な星空のようで、それに照らされた外界がはっきりと見て分かった。
記憶に新しいグリーンフィールド市の夜景だ。
そして、今私が歩いているこの廊下、この建物の内装もどこか見覚えのあるものだった。
「月が玉座に戻るまでもうあと僅かです。それまでこの部屋でお待ちください」
廊下を半分まで進んだ中程の角を曲がり、更に暫く進んだ先の扉の前で立ち止まると、犯人の一人がそう言うや否や扉を開け放ち、その中に私を押し込んだ。振り返ってみれば扉はもう閉じかかっていた
「では、良い時間を」
その一言を最後に、扉は閉じられ施錠の音が微かに聞こえた。
漸く、監視の目から逃れる事ができた……尤も、監禁状態である事に変わりはないし、扉の前には見張りがいる事だろう。それでも直接、取り囲まれている事に比べれば大分ましだ。
私は、一息吐いてからこの部屋を探ろうと閉じ切った扉から視線を外して振り返る。
長方形のような形の室内には、いくつかのテーブルと椅子が並べられており、床には灰色の絨毯が敷かれている。本棚やある程度の調度品が揃えられている。一見、監禁とは思えないほど待遇が良いように見えない事もない。
しかし、この状況が異常だという事は怯えた表情で今しがた新しく入室する運びとなった私の事をジッと見ている、6人の女性たちが物語っていた。
(全員女性……拘束されている訳じゃないみたいですけど……恐らく、例の失踪者たちですかね。だとすれば……)
私は、見知った顔がないものかと目だけで部屋の女性たちの顔を見回してみた。もちろん知り合いがいる筈などはないが、一方的に認識のある人物がいる筈だ。そう、当初の目的であったフィリップス氏の依頼である行方不明者の捜索。そのオリビア嬢、その人だ。
直接の面識はないが、フィリップス氏に写真を見せて貰った事がある。透き通るような美しい白い肌に、流れるような金髪、そして誰もが振り返って見てしまう程の存在感を放つ整った顔……その印象深さから、その容姿に該当する人物がいればすぐに分かる筈だ。
実際、人数が少なかった事もあるが、すぐにオリビア嬢らしき人物を見つける事ができた。
彼女は、部屋の奥側の椅子に腰かけてなんだか退屈そうな表情を浮かべてこちらの様子を伺っているようだった。
「あ……あはは……ど、どうもお邪魔します……」
数多の視線にドギマギさせられてはいるが、とにかく彼女たちからも話を聞いてみなければ始まらない。私は、一生懸命になけなしのコミュニケーション能力を使って、一世一代の対話を試みる事にした。
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