第27話~~一線~~

 熱気が風に乗って僕の肌をジリジリと焼いている。暗い夜空に向かって立ち昇る火柱は周囲一帯を赤く染め上げている。鳴り響くサイレンと怒号と悲鳴。複数の車両が大破してその部品を道路のあちこちに散らばせ、それらと並んで何人かの人間が地面に転がり喘いでいた。

 警察が暴走集団の為に敷いていた封鎖線は、また新たな惨劇の現場となっていた。警察官たちはそんな緊急事態の対応に追われ、まるで戦場のようだった。


 あの怪物の襲撃によってアイヴィーと分断された後、私は彼女から託された仕事を果たす為に走って走ってとにかく必死に走り続けた。僕がこの地点へ辿り着いた時、警察は車両やバリケードで既に道路を封鎖し、暴走集団を待ち構えている所だった。

 今のこの街の状況からして、こういった作戦の指揮を執る……執らされると言った方が正しいだろうか。それに該当する人物はエバンズ警部だろう。必死過ぎてそれ以外の可能性を考える余裕が僕にはなかったのかもしれないが、とにかく僕はすぐにエバンズ警部、そしてロックウェル氏の姿を探した。

 幸いにも陣頭で指揮を執っていたエバンズ警部はすぐ見つかり、すぐさま先ほどの事を彼に伝え、アイヴィーから預かった荷物を渡そうとしたその時だった。

 爆音を鳴り響かせ多数のバイクが、正面の道路から真っすぐに向かって来るのが見えた。

 例の暴走集団の到着に、警官たちが暴走行為の阻止、確保をしようとざわめきだした時、その場にいた全員がその違和感に気が付いた。


「こちら、グリーンフィールド市警だ。既に道路は封鎖されている、直ちに暴走行為を止め車両から降りろ。指示に従わない場合は強制的に従って貰う事になる」

「繰り返す、直ちに暴走行為を止めろ!! 道路は封されている!! 通行は不可能だ!!」

「今すぐに止まれ……!! くそっ!! マジかよ!!」


道路は完全に封鎖されていて、強行突破を試みようものなら間違いなく大事故を引き起こす事になるのは分かり切っている筈なのだが、バイクに乗る人間たちは誰一人とスピードを緩めようともしていなかった。一切の迷いもないその勢いに、警察も最初こそ止まるように呼び掛けを行っていたが、すぐにその場からの退避を余儀なくされた。

 

 「あのアホども、止まる気配がないぞ!! 下がれ下がれ!! 突っ込んでくるぞ!!」


 誰かが叫ぶ。バリケード前で陣を組んでいた警官隊が蜘蛛の子を散らすように、道路から逃げ出していく。

 そんな警官隊の背後を、爆音を鳴らしながら凄まじい速読で何台ものバイクが通り過ぎていった。

 そして次の瞬間には耳をつんざくような激しい衝突音が押し寄せ、バラバラになって宙を舞う車両の部品、ガラス片から身を守るために無意識に僕は身構えていた。


 「おいおい、どうなってんだ。勘弁してくれよ……」


 エバンズ警部は心底面倒くさそうに言い放ち、例によって傍で控えていたロックウェル氏に目配せをした。

 流石バディと言ったところだろうか、ロックウェル氏はただ頷いて、ボロボロになった車両や、バラバラに砕けたその一部、そして人間が転がるその場所へと足早に向かって行った。


 「1班、2班、3班は負傷者の救護にあたって救急を手配。4班は現場の保存、残りの者はこの現場周辺の調査にあたれ。目撃者には丁重にご協力願え」


 彼が迅速に指示を出していくと、それまで唖然と惨状を眺めていた警官たちが我に帰ったかのように一斉に行動を開始していた。

 ある者は横転した車両に挟まれた要救助者を助けだし、またある者はぴくりとも動かない要救助者に心臓マッサージを試みている。

 現場は、先ほどまでとはまた違った喧騒に包まれていた。意識の無い負傷者に呼び掛ける声、苦痛に叫ぶ声、ここは様々な声で溢れていた。

 その中でまだ一段と大きい声が上がる。


 「火災が発生している!! 中央の車両から離れろ!!」


 そんな叫びにも近い声が聞こえたその時には、道路に積み重さなっていた車両が、爆裂し天高く火柱が上がる。

 衝突の際に漏れだした燃料になんらかの要因で着火したのだろうか。

 あっという間に現場は炎により、まるで昼間のような明るさを取り戻していた。


 「なにかあったんだな」


 目まぐるしく移り変わる現場の光景に目を奪われていた僕の肩に、無骨な大きな手がおかれた。

 その際に僕に掛けてきた彼の声は、神妙でどこか緊張を孕んでいた。

 そんな彼の声に、目の前の惨状に沈んでいた僕の意識は引っ張りあげられ、己が帯びていた使命を思い出す。


 「そうだ……奴ら……また僕たちは襲撃を受けたんです!! まだアイヴィーがあの場所に……」

 「落ち着いて下さいアンダーソンさん。彼女がその後、どうなったのかは分かっていないという事ですね?」

 

 エバンズ警部が僕の正面に立ち、その大きな手でガッシリと僕の双肩を掴む。そして、窘めるようにゆっくりと低い声で言葉を投げ掛けながら、真っ直ぐに僕の目を見据えている。

 その瞳には、歴戦の戦士のようなそんな力強さが宿っている。そんな気すら感じられた。


 「すいません。そうですね……彼女との間に立ち塞がれてしまって。ああ、そうだ……貴方に必ず渡して欲しいと頼まれたものがあって、ここまで走ってきたんです」


 アイヴィーから託された物を警部に渡そうとする素振りをすると、警部の手が僕の肩から離れた。そして、僕のその行為を制止するようにその手は僕に掌を向けるように停止した。


 「まずは彼女の安否確認をしましょうか。案内してください。腕自慢の部下を何人か見繕ってご同行しましょう」


 ああそうだ、僕は何をやっているのだ。彼女にも何度も言われていたではないか。「探偵たるもの、常に冷静であれ」と。

 眼を瞑り、深く息を吸い込む。そしてゆっくりと息を吐いていくと、なんだか頭の靄が晴れ、思考が鮮明になっていく気がした。

 そして、眼を開け。エバンズ警部に向かって頷いてみせる。


 「感謝します警部。しかし、実は以前に僕たちを襲った例の――」

 「怪物とやらですか。やはりにわかには信じがたい話ではありますが――」


 エバンズ警部は頭を掻きながら、困惑の表情を浮かべた……かと思えば、いつもの気だるさを含んだ笑みを浮かべた。


 「ま、相手がなんであろうと市民を守るのが、我々の仕事なんでね」

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