第24話~~感知~~

 「オリビア嬢があのクラブハウスに出入りしていたと?」


 思わぬ情報に興奮さめやまない僕であったが、そんな感情をなんとか押さえ込んで冷静を取り繕って質問を続けた。


 「大学の友人に誘われて一時的ですが、所謂彼らの遊びに参加していた時期は確かにありました。ただ、彼女にとってあそこの遊びはあまり好ましいものでは無かったようで……交友関係の事もあってその事で相談に乗った事もありますわ」

 「前々から思っていたんですが、団体の代表者であるシンシアさん自らもよくそういう活動を行っているんですね」

 「もちろんです。自分で行動を起こさずして皆を纏めるだなんておこがましいにも程がありますもの。……それで、話を戻してもよろしいですか?」

 「ええ、話を逸らしてしまってすみません。続きをよろしくお願いします」


 シンシア氏はこぶしを口の前にあて、コホンと咳払いをする。その動作は美しいというよりも可愛らしさを感じさせた。


 「それで暫く相談に乗った後、オリビアちゃんはクラブハウスの集まりには参加しなくなったんです。オリビアちゃんもその時はとてもスッキリしたといった感じで、私どもにもとても丁寧にお礼を言ってくださいました。まさかその矢先に彼女が行方不明になるなんて……」

 「心中ご察しします……」

 「その後の事は私には知る由はありませんでした。行方を調査してみたいと思った事もありましたが、クラブハウスの事やその他の事に掛かりっきりになってしまって」

 「その件に関してもシンシアさん自身が活動なされてたんですね」


 シンシア氏に質問を投げつつ、その返答を手帳に書き残していく。ペンを走らせながら次の質問を考えていく……するとまたしてもアイヴィーが唐突に質問をシンシア氏に投げかけてきた。

 先ほどの事に関してもそうだが、アイヴィーが自ら会話に割り込んでまで口を挟む事なんて滅多にない事だ。それでも彼女がそういう行動を取るという事はなにかしらの思惑があるのだろう。

 僕はその思惑を、彼女の質問の意味を知る為にも静かにそれを見守る事にした。


 「クラブハウスの件の他に取り組んでいる事とは……?」

 「ええ、これもまた街のトラブル関係なんですが……市内のあちこちの落書きや、車両で暴走行為をする集団についても苦情が出ていまして」

 「えっと……そちらもシンシアさんが主導で?」

 「こういうものは人の心の乱れが引き起こす問題ですからね、そういったものにできるだけ私は寄り添っていきたいと思っていますの」


 つまり質問の答えが肯定という事だろう。シンシア氏の性質を考えると、どの質問の答えも納得のいくものであったように思えるが……さて、アイヴィーの反応はどうだろうかと表情を伺ってみる。

 彼女はうーんと唸っていたかと思うとこくりと小さく頷いた。


 「わ、分かりました……! お答えいただきありがとうございます……お時間ありがとうございました、質問は以上です……!」

 「おっとアイヴィー? もういいのか?」


 聴取を始めてからまだ間もないにも関わらず、アイヴィーが切り上げるような素振りを見せた為、思わず口を挟んでしまった。見守ろうと思っていたが、流石にこの行動は予想外過ぎて見過ごせなかった。

 するとアイヴィーはくるりと僕の方へと振り向いたかと思うと、先ほどまでシンシア氏相手に緊張した表情を浮かべていた顔を心なしか和らげた様子でやり遂げたかのような雰囲気を醸し出していた。


 「いえ、これぐらいで十分なんです。確認したかった事は確認できました」

 「あら、もうなにか分かったんです? 流石探偵さんですねぇ」


 パチパチと拍手の音がしたかと思うと、シンシア氏がおっとりとした表情を浮かべながら小さく拍手をしながら感嘆の声を上げていた。


 「そ、それほどでも……探偵としては当然の事です……ではすみませんけど調べたい事ができましたので失礼させて頂きますね」

 「いえいえ、大したおもてなしができなくてすみませんでしたね。案内の者を付けさせましょう」

 「だ、大丈夫です。大体の道は覚えていますのでおかまいなく……」


 褒められてあからさまに嬉しそうにしながらもアイヴィーは席を立ち、そそくさと部屋を出ようとする。僕もそれを追いかけべく、椅子から立ち上がりシンシア氏に一礼をすると部屋の出入り口へ向かった。

 扉に手を掛けて開けようとしたその瞬間にアイヴィーが動きを止めて振り返った。


 「そうだ……もしかすると、シンシアさんが主導で行っている街のトラブル解決について様子をお伺いに行くかもしれません。その時はすみませんがよろしくお願いしますね」


 そうシンシア氏に言い放ったかと思うと再びくるりと前を向き直し、そのまま扉を開けて素早く部屋を出て行った為、僕も慌てて部屋を出る羽目になった。

 部屋を出てみれば、観葉植物が飾られ、壁には絵画から子供の絵まで様々なものが掛けられている。建物の外側は全面ガラス窓になっており、解放感溢れる廊下だった。

 職員たちが行き来するその廊下の中をアイヴィーと僕は並んで歩いて行く。


 「本当にあれだけでよかったのかい?」

 「問題ありませんよ、ただの確認でしたので」

 「確認ねぇ……犯人の目星は付いているらしいけれど、確証は得られたのかい?」


 僕がそう言うと、彼女はくるしと振り返り僕の前に立ち塞がるようにしながらビシッと人差し指を僕に向けてきた。


 「早ければ今日の夜にはその答えが分かる筈です」

 「……マジか」

 「マジです」

 

 子供のようにはしゃぐ……いや、いつも子供っぽくはあるのだが。そんな彼女の様子を見る限り、確かに確信めいたものがあるのであろう事は僕にも察する事ができた。ただ、当のその答えについて僕は未だに全くもって検討も付いていない。犯人に繋がるような物的証拠に至っては何一つない筈なのだ、それなのに犯人に辿り着けるなんて正直な所、半信半疑ではあった。

 しかし、他に気になる点はいくつかあった。一つはいつのまにか彼女の目的が連続殺人鬼になっている事。確かに彼女は個人的にその件に関して調査をしていたとは言っていたが、今はオリビア嬢の行方を追う事が目的の筈だ。


 「この大事件の真相が暴かれるのは僕としてもとても楽しみなんだけど。僕たちの目的はフィリップス氏の依頼……オリビア嬢を探す事だったんじゃないか? それをほっといて別の案件を進めるだなんて大丈夫なのかい?」


 疑問を彼女にぶつけてみると、彼女はまた人差し指を目の前に立てて揺らしながら微笑を浮かべる。そして、再びくるりと前を向き直して歩き出し、そのまま僕の問に答えだした。


 「事件は全て繋がっていたのですよアンダーソン君」


 事件は繋がっている?確かに最近の事件は全て連続殺人鬼によるものだという考えが濃厚なのは誰しもがそう思っている事だ。そうなると彼女が言いたい事がそれ以外の事件の事……つまり僕たちが受けている依頼と関係があるという事なのだろうか。

 思い当たる節はあるが、どうしてもそれがどうして連続殺人鬼の事件と繋がってくるのかが僕には分からず、その答えを聞いてみる事にした。


 「連日の事件とオリビア嬢の失踪の事かい?」

 「ご名答」

 「だけど、殺人鬼は何人もの人をその場で惨殺しているんだよ。それがどうして人浚いみたいな事をするんだ? そんな奴がわざわざ人気の無い所まで被害者を連れて行って殺害するなんて事をするとは思えないのだけれど」

 「恐らく、殺害はされていないと思いますよ。オリビアさんはまだ生きてはいる筈です」


 殺人鬼がオリビア嬢を誘拐した?それもわざわざ生かし続けている?彼女の話を聞けば聞くほど頭が混乱してくる。僕にはまだ事件の全貌が見えてこない。

 僕なりに彼女の推理を整理してみようと試みてはみるが、やはりそれもままならないまま時間だけが過ぎて行く。いつのまにか建物の玄関まで辿り着いてしまっていた。

 すると彼女は再びくるりと僕の方を振り返り、歩みを止める。


 「それも今晩、きっと分かりますよ」


 やはり、僕はまだまだ力不足だ。それを痛感させられてため息が零れる。しかし、あと一つ聞いておかねばならない事があった。

 僕は彼女に近づくと、やや声量を押さえて問いただす。


 「じゃあ、もう一つ……キミの殺人鬼の事件について調べている事を公表したくないって言ってたけれど、だったらこんな所で堂々とそんな話をしてよかったのかい?」


 彼女は当初、その事で殺人鬼に目を付けられるのではないかと警戒していた。元々、臆病な彼女の事でもあるから、それに関してつい忘れていたなどという事に限ってはない筈だ。だとすれば、その点についても彼女に考えがあるのだろうか。


 「ちょっと調子乗っちゃってました……ど、どうしましょ……」


 僕は片手をわしゃりと自分の髪に突っ込んで天を仰いだ。そうだ、彼女はこういう所があるんだった。

 当の本人とは言うと、しきりに周囲を気にしていてあからさまに挙動不審だった。


 「わわわ……万が一、この事が噂になってしまったら私は殺人鬼に狙われてしまうかもしれません……!! アンダーソン君……い、いざとなったらちゃんと守ってくださいね!! ね!!」

 「はぁ……相変わらず締らないねキミは……分かってるよ分かってる、善処するよ」


 アイヴィーの取り乱しっぷりにその様子を見ていた職員たちからは笑いが零れ、僕はまたしてもため息を零すはめになった。

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