第23話~~根源~~

 白を基調とした応接室のガラス張りの天窓から、柔らかい陽光がガラスを通り抜けて床に落ちている。丁寧に世話をされているのであろう観葉植物が彩るその部屋の、晴れ渡る空と太陽に照らされキラキラと輝く街を切り取る大窓を背にし、椅子に腰かけた妙齢の美しい女性がティーカップに紅茶を注いでいる。

 そんな光景を目にしながらテーブルを挟み、彼女の正面に位置する席に僕とアイヴィーは座っていた。

 昨日の晩。クラブハウスでの集団惨殺事件の現場へ立ち寄り、その後、野営テントでのエバンズ警部との対談。結局、アイヴィーは容疑者の名を明かさなかった。

 僕としては、候補としてだけでも知りたかったが、当のエバンズ警部があっけなく身を引いた為に聞きそびれてしまった。

 その後は対談というよりかは雑談という言葉が相応しい話を多少したのちに、もう特にこの現場で確認する事はないとアイヴィーが判断した為切り上げる事になった。

 その際にアイヴィーが僕にある提案をしてきた。それは、例の自警団を母体であるNPO団体について話を聞いてみるという事だ。理由として、エバンズ警部の話を聞く限り、警察の次に事件と関りが多いのがこの自警団である為。警察とはまた違った情報を得られるかもしれないかららしい。

 そうして、僕たちは今に至ったのだ。


 「オリビアちゃんの事だけじゃなくて、例の殺人事件についても調査なさっているなんて、やっぱりこんな状況だと探偵さんも大変なんですねぇ……」

 「あー……なんだかんだで僕たちはわりとマイペースにやっていますので……それよりもそちらも今回の件についていろいろ警察に協力して大変みたいじゃないですか」

 「うふふ、私たちはやるべき事をやっているだけですわ。皆さまの力になる為に設立されたのですから当然の事です」

 

 そう語る目の前の女性、【命の泉】の代表者シンシア氏はどこか妖艶さを滲ませ微笑む。その所作の一つ一つが淑女的で、アイヴィーとは大違いだった。


 「殊勝な心掛けですね、うちの探偵も見習わせたいぐらいです」


 隣に座るアイヴィーに当てつけるかのようにそう言って見せる。すると案の定彼女は不服そうな視線をこちらに投げかけてくる。


 「アンダーソン君。貴重なお時間を頂いているんですから無駄口は叩かないでください!」

 「だったらキミが話を聞けば済む話じゃないか」


 比較的懐いているエバンズ警部以外の人間が相手だと、相変わらずアイヴィーは尻込みして僕に対応を放り投げてくる。その痛い所を衝かれたせいかアイヴィーは何も言い返せずにムッとした表情を浮かべていた。


 「あらあら、仲がよろしくてなによりですね。ふふ……なんだか微笑ましいです」

 「あはは……それより、お忙しい所ほんとうに申し訳ないです。元々、幅広い活動をなさっていて、その上一連の事件についても警察に助力しているとなると相当忙しないんじゃないですか?」

 「確かに厳しい状況ですけれど、私どもとしましても今回の事件には心を痛めていまして、その事件の解決の為とあれば協力は惜しむつもりはありませんわ。もちろん、探偵さんにもね」


 おっとりとした、それでいてどこか力強い口調でシンシア氏は言う。言葉の終わり際に彼女は僕に向けてウィンクを仕掛けてきた。その妖艶で美しい彼女の表情に思わずドキッと胸が高鳴る。

 僕もそういう女性の表情は嫌いではない、しかしそんな下心を必死に隠し僕は平然を装って対応を続ける。隣でアイヴィーがジトッとした視線を僕に向けている事は関係ない。


 「ありがたい話です。それにしても、そこまで手が回るなんてこのNPO団体の規模はかなりのものになるんでしょうね。そんな団体の代表者だなんて心労も凄いんじゃないですか?」

 「ご心配ありがとうございます。だけど問題ありませんわ。確かに規模の大きい団体ではありますけれど、私はあくまでこの【命の泉】という支部の代表者というだけですから」


 彼女の話から分かった事は、この街の【命の泉】というNPO団体と同じ活動をしている団体が世界各地にあり、この団体はその中の一つに過ぎないという事だった。そういう事であれば発言力が高く、警察機関からの信頼が厚いのも頷ける。

 また、この国各地の支部もこの【命の泉】と同じく連続殺人鬼による事件に調査に協力しているらしい。


 「なるほど、そういう経緯でもあったんですね。不勉強でお恥ずかしい限りです」

 「いえいえ、協力といってもお手伝い程度ですし、あまり表沙汰にするつもりもありませんからね」

 「と、言いますのは?」

 「やって当然の事を吹聴して回るのも聊か恥ずかしい事ですからね」

 「ああ、なるほど」


 そういって微笑むシンシア氏はまるで聖女という人物がいればこのシンシア氏のような人の事を差すのだろうと思わざるを得ないそんな雰囲気に包まれている。

 僕個人としては、こういったNPO団体、慈善を謳う団体には胡散臭さを感じてならないのだが、彼女が属するこの団体については実際にこの目で彼らの活動を見てきたからかそういう感情は湧いてこなかった。


 「そういえば、先日クラブハウスの事件の被害者の人達と関りがあったと聞きましたが詳細をお聞きしてもよろしいですか?」

 「ええ、構いませんわ」


 シンシア氏はゆっくりと椅子に腰かける姿勢を直してからテーブルに置かれたティーカップを手に持ち、ゆっくりと静かに口に近づけ傾けた。彼女の細い喉が僅かに動き、そして再びカップを戻す。

 その間、僕もアイヴィーも真剣な表情で彼女の動作を見守っていた。


 「彼らがあそこで日夜騒ぎを起こして近隣の住民の方々とトラブルになっていたのはご存知ですよね。その件で私どもも直接彼らと話をした事が何度もありました。住民の皆様にご迷惑を掛けるような行動は控えるように説得するのと……とは彼らの抱える問題、悩みなどの相談に乗った事もありましたね」

 「ニック神父も彼らの説得を試みたという話ですが、その時も彼と協力して事に当たったという事ですか?」

 「いえ……確かに神父様も彼らと度々会っていましたけれど、私達どもとは少々方針……やり方が違いましたので、一緒に何かを……という事はありませんでした。神父様は神様の教えを通した説得を、私どもはもっと彼らと近い視点から説得を試みていましたから」


 物憂げな表情を浮かべるシンシア氏を、一段と明るくなった天窓から差し込む日差しが照らし浮かべて、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。

 ふいに隣のアイヴィーに視線を向けてみると、彼女は目を細めてシンシア氏を見つめていた。


 「確かに彼らは粗暴な所もあり、お世辞にも常識的な人間とは言えなかったですけれど、それでも素直な一面も持っていて話せば分かる子たちだったんです。あんな酷い仕打ちを受けていいような子たちでは無かったんです」

 そう語る、シンシア氏の目にはうっすらと涙が滲んでいるように見えた。それほどまでに彼女はその被害者たちの事を想っていたのだ。彼女の他人の力になりたいという気持ちは本物なのだ。そんな事を想っているとすぐ隣からそんなシンシア氏の言葉を遮るように言葉が放たれた。


 「あの……! ちなみにですが、その被害者の方々の……クラブハウスに入り浸っていた若者の中にシンシアさんと親交の深い人はいたりしましたか?」


 珍しくアイヴィーが食い気味に……しかも普段ほとんど接点のない人物に向かって訪ねている。僕もそこそこに意外性を覚えたが、いきなり質問を投げかけられたシンシア氏も驚いたのかきょとんとアイヴィーの方へと顔を向けている。

 しかし、すぐにシンシア氏はいつもの柔らかく優し気な表情に戻り、小さく頷いた。


 「彼らのとは友人のように接していたという点では皆親交は深かったと言えますが……」


 そこまで言うとシンシア氏は思考を巡らせるように瞳を閉じる。

 この場にいる全員が口を閉じ、静寂が部屋を支配していたのはほんの僅かな間だっただろうか。再び瞳を開けたシンシア氏が静寂を破った。


 「今からだいぶ前の話になりますが、オリビアちゃんが行方を眩ます以前は、彼女ともそこであった事がありますね」


 聞き覚えのある名前に思わず前のめりになってしまう。まさかここでオリビア嬢の名前を聞く事になろうとは。

 まさかその事を予見して、そんな質問をしたのだろうか。彼女の方へと視線を流してみると、アイヴィーはなんだか満足そうな表情を浮かべていた。

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