第22話~~影~~
今回のクラブハウスの事件は、あの公園での事件の時と状況がそっくりだと彼女が言った。
人間の仕業とは思えない死体の損傷。それにも関わらずに犯人の痕跡に繋がるようなものは一切発見されなかった。
確かにこれらの事件に共通点が多いのは間違いない。しかし、これらは同一犯の犯行と思われる以上、似通っていることに関してなんら不思議な事はない筈だ。僕は彼女の発言に首を傾げた。
「そうだけれど、そもそも今回の事件も一連の連続殺人鬼の仕業だとすると当たり前なんじゃないか?」
「つまりこれらは全て同じ方法で引き起こされた事件であり、犯人はその術を持っているのだという事が重要なんです」
僕の顔の目の前で、アイヴィーがチッチッチッと指を揺らす。
僕には彼女の言っている事の真意が上手く飲み込めないでいた。向かい側の席で顎に手を当てて苦い表情を浮かべているエバンズ警部もきっと同じ心境だろう。そんな僕たちを気にする事もなく彼女は言葉を続けた。
「次の質問をさせて頂きますね。ここ最近での、連続殺人鬼が関わっているであろう事件の場所と被害者を確認させて貰ってもいいですか?」
「ん、ああもちろんですとも」
テント内を照らす簡易照明の光りに照らされ、影が濃くなった顔に苦悩の表情を浮かべていた警部がハッとして胸元のポケットから手帳を取り出してパラパラと頁を捲った。
「ここ数日の間では、貴女方もご存知の例の公園ですね。被害者は30代の男性と20代の女性です」
「その公園についてなにか特筆すべきような事はありますか? なんか特別な公園だとかそういうのがあったりしたりします?」
「いや、特にこれといったものはない至って普通の公園ですな。……ただ、夜になると木々が多く見通しが悪いせいか、若者が逢引などに使っていたという話が聞いた事があります。別にそれ自体は咎める事ではないですが、防犯的には危険な場所ですので自警団の方では目を光らせていたらしいです」
確かに見通しが悪い場所なのは身を持って体験している。こともあろうにそのお陰で容疑者の姿を確認できなあった。思い出しただけで無性に腹が立ってくる気がしたが、それはそれとして今の自分の仕事を全うすべく、僕はエバンズ警部の言葉の一字一句を手帳に記憶しようとペンを走らせる。
「次がトーマス氏が自宅で何者かに殺害された事件ですね。実に情けない話じゃあるんですが、この事件でも犯人に繋がるような手掛かりは見つけることが叶いませんでした。ただ、他の事件に比べてトーマス氏の遺体の損傷はそんなに激しいものではありませんでした」
「この時は確か……自警団の方でも被害に遭われた人がいたんでしたよね?」
「ええ、同日……時刻に関してはどちらも深夜の出来事でしたが、トーマス氏のご自宅近辺を巡回していた自警団の男性が一人、亡くなっています。恐らく、トーマス氏を殺害して逃亡する途中の犯人と出くわしてしまったんでしょう」
「えっと……ちなみに第一発見者は……?」
「トーマス氏は巡回中の警官が、自警団の男性は自警団の同僚が発見しています」
ふむりと何か考えるように口に手を当ててアイヴィーが目を伏せた。
テントの幕が音を立てて揺れている、風が出てきたのだろう。
「そしてその次が今回の事件って訳ですな。遡ればいくらでもまだありますが直近ではそんなところです。直近だけでこれだけ事件が起きてるのも随分と可笑しい話なんですがね」
そう言いながらエバンズ警部は疲れ切ったようなため息を吐いていた。日夜、次々と引き起こされる事件のおかげで出動続きであろう彼の境遇を考えると思わずゾっとしてしまう。もし、僕が彼の立場だったら早急に退職届けを突き出していたに違いない。
「ですね……警察の方にとっては堪ったものではないですよね、ご愁傷様です……しかし、おかげ様でなんとか考えが纏まりそうです……!」
アイヴィーが嬉しそうに微笑む。まだたいして質問はしていない筈なのだが彼女はそうそうにそれを切り上げてしまった。たったこれだけで十分なのだろうか?会話の内容を最後まで記録した僕の右手はぴたりと静止する。
そんな彼女の様子を見たエバンズ警部の眉がピクリと動いたのが分かった。彼は口に加えていた火の付いていない煙草を足元のゴミ箱へと投げ捨てながら口を開いた。
「ほう? もうよろしいので? もしやその犯人の目星が付きましたかね?」
「いえ、まだ憶測の域を出てはいませんが……犯人の影は捉える事ができたかもしれません」
返答を聞いたエバンズ警部は腕を組んで椅子の更に深くに腰を沈めて「ふーむ」と小さくぼやいているのが聞き取れた。体格の良い警部が座った椅子がギシギシと音を立てている。このままだと壊れてしまうのではないだろうかという余計な事が頭に思い浮かぶ。
「という事はまだ答えはおあずけという事ですかね」
「そうなりますね……協力して頂いているのに申し訳ないです……」
「いやいや、それでこその探偵ですよ。無駄に容疑者を立てて騒ぐのは警察の役目です」
警部は目の前のテーブルの上に開いたまま置かれていた手帳と閉じるとそれを素早く胸ポケットの中へと戻した。そうして姿勢を再び正すと両肘をテーブルについて両手の指を絡ませながら僕たちに……殊更にアイヴィーに向かってニカッと微笑んで見せた。
こう言っては失礼かもしれないが、ぎこちなさ過ぎて少し……いや、かなり不気味だった。飄々とした雰囲気のある警部としてはちょっとした冗談だったのかもしれないが、それを見せられたアイヴィーは引き攣った笑みを浮かべて固まっている。
「どうかなされましたかね?」
「あっ、その……なんでもないです!」
そうはぐらかそうとする彼女の声は明らかにうわずっていた。それに気づいたのだろうエバンズ警部は自分の冗談が滑ったことを悟ったのか、苦笑いを浮かべてポリポリと髪を掻いていた。
「ま……それはそれとして、こちらからも一つ質問をしていいですかね」
「は、はい! どうぞどうぞ!」
彼女も随分と警部に慣れたのか、彼との会話に僕を介するという手間をかける事もなく会話を続けている。日頃からそうやってくれないかと思わない事もなくはないが、その件に関して僕は半場もうあきらめていた。
そんな雑念を頭に浮かべつつも、僕は彼の次の言葉に耳を澄ませていた。
「以前、怪物に襲われたという報告を受けた事がありましたが……警察としては、ストレスや疲労による幻覚の一種、つまり見間違いだという見解がほとんどでしてね。お二人も日頃の捜査の疲れも溜まっていたに違いないだろうという事と、先日の公園での凄惨な遺体を見たという事もあったので恐らくそれが原因だろうと、そういう感じですな」
また、あの怪物の件についてだ――再び、あの時の光景がフラッシュバックのように脳裏に蘇ってくる、しかい今度は大丈夫だ。耐えられる。
「僕自身、正直今でもあれが現実の事だなんて信じられません。しかしそれでも、やはりあの時見た光景が幻覚だとかそういう生易しい物では無かった事は確信できます。あれはもっと恐ろしい……なにかでした」
思わず僕がそう答えてしまう。チラリと横目でアイヴィーの様子を伺ってみると、一瞬だけ彼女と目が合い、その後彼女は警部の方を向いて無言で何度も縦に首を振っていた。
簡易照明がテントの幕に映し出す影が、なんだか奇妙にぐにゃりと歪んだような気がして、なんだか奇妙な感覚が全身を覆っているかのようだった。
「あまりにも突拍子がない話だというのは私も同感なんですがね、個人的にはとても興味があるんですよ」
そう話す、警部の表情にはなにかの決意のようなものすら感じれるような気がした。彼が次に放つ言葉、彼の思惑、それらを確実に読み取ろうと気を研ぎ澄まさせる。
アイヴィーも緊張した面持ちで、唾を飲み込んだのか細い喉が動く。
「今回の事件、人知を超えた……非科学的な何かが関わっているとお考えですか?」
非科学的……人知を超えた力……あの異形との邂逅を体験した僕たちにとっては、そういう考えに至るのは至極当然の事なのかもしれない。しかし、それを認めてしまうともはやこの事件は人間の理解外の出来事、もはや人間の手出しのできない物となってしまう。今までしてきた事はなんの意味もない事となってしまう。
理解し難い事を非科学的だとなんだのと切り捨てる事は簡単だ、しかし、謎を解き明かす者の端くれとして、探偵として許しがたい事だと思う。
どう取り繕った所で、あの出来事が人間の理解を超えているのは明らかだったが、そんな僕の矜持がそれを認める事を拒んでいた。
警部のその質問に僕は答える事ができない。いや、そもそもこの質問に答えるべきなのは僕ではない、彼女の方なのだ。僕は純粋にその問題に関しての彼女の答えが気になり、ただ黙って彼女が答えるのを待つ事しかできなかった。
答えられるのだろうか、そもそも答えなんてあるのだろうか。そんな僕の思いとは裏腹に、彼女はあっけなく答えを出した。
「はい、今回の事件にはそういう非科学的な……人間にとって未知なる何かが関わっていると考えています」
一段と強くなった風が、バタバタとテントを騒がせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます