第18話~~惨殺~~
まさに年代物、そういった雰囲気を醸し出す木製の扉を開けると、本来はエントランスになる筈だったのだろう広い空間が目に飛び込んで来た。
床は扉と同じ様な格調高い木材が丁寧に並べられた作りで、壁は等間隔に壁柱が剥き出しになっており、それ以外の壁部分は全てお洒落あ模様の描かれた壁紙が貼られている。
まさに高級クラブを思わせる作りだが、そんな雰囲気があるのはそれだけで、あとは部屋の中心部分に螺旋階段がその存在を出張しているだけで、家具も何もないだだっ広い空間に警官達が忙しそうにしているだけだった。
扉を開けて入って来た僕たちの存在に気が付いた幾人かの警察官が怪訝な表情を向けてくる。
「さて……入っちゃったものはもう仕方ないとして、これからどうするつもりなんだい?」
「アンダーソン君、平常心を保つのです。これだけドタバタしていれば如何にも関係者です、これから調査のお手伝いをします。という雰囲気を出してればきっと怪しまれませんよ」
「いや……どう考えても無理でしょ……アホなのかな?」
アイヴィーの素っ頓狂な提案に、なんとなく分かってはいたがため息が零れる。そんな僕を更に呆れさせたのは、そんな提案をした当の本人であるアイヴィーが緊張極まりないギクシャクとした動きを披露していたからだ。
当然、そんな僕たちを怪しんだ警察官がこちらに向かって来る素振りを見せる。
さて、どう言い訳したものかな……などと考えていると、僕らに掛けられた声は見知ったものだった。
「おっと……?? ライブラさん達ではないですか。あーー……入って来ちゃったんですね」
そう声を掛けてきたのは、灰色の癖毛をポリポリと指で掻きながら、あまり気力を感じさせない表情を浮かべた男性……先ほど、アイヴィーは話しにだしたエバンズ警部その人だった。
彼の近くには相変わらず、機嫌の悪そうにしているロックウェル氏も連れ添っている。
「は……はい!! 入ってきちゃいました……そ、その……連日の事件に関係の深い事件だと……」
アイヴィーは、胸の前で両手を親指を突き合わせながらモジモジしつつしどろもどろに言い訳を述べる。そんな彼女の様子を見て、エバンズ警部の口角が僅かに上がる。まるで娘でも見守る父親のようにも見えた。
その背後では、ロックウェル氏が睨みを利かせている。まぁ、この状況では彼の反応が正しいのだろう。
僕はそんな様子に苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「まぁ、そう考えるのも当然ですわな。ご想像の通りですよ」
「警部、まずは彼女らにお帰り頂くのが先では?」
予想通りの反応だ。警察の外部協力者という訳でもない一介の私立探偵なんて警察にとっては一般人となんら変わりはない。現場を荒らさせてたくないロックウェル氏の考えは真っ当なものだ。
とはいえ、こちらにも都合がある以上、はいそうですかと引き下がる訳にもいかない。僕はどうにか彼を説得できないものかと必死に思考を巡らせる。
視界の端では、そんな僕たちの一悶着を気に掛けつつも警官達が己の業務を遂行していた。先ほどから、部屋の中心部に位置する螺旋階段を警官達がしきりに上り下りを繰り返していた。事件現場は上階なのだろうか。
「僕たちにも是非お手伝いできることはないかなと思いまして。それに僕たちは連日の事件の参考人という立場でもあります。今回の事件が連日の事件と関りがあるというのであれば、僕たちが調査に立ち会ってみるというのもありだと思うんですが、如何でしょう?」
自分自身、かなり無理のある言い分だとは思う。だけど、今の僕にとってはこれが精一杯だった。
案の定、先ほどまでアイヴィーを見て柔らかな笑みを浮かべていたエバンズ警部は、僕の方へといつの間にか向き直し口を噤んで黙り込んでいる。心なしかロックウェル氏の眼光も一段と鋭さを増したような気もする。
「あーーその……つまりですね」
限界だ、流石にこんな力押しで現場に立ち入ろうとするのには無理があった。にっちもさっちもいかなくなり、言葉を詰まらせていると今度はアイヴィーが口を開いた。
「私達もある意味では今回の事件の当事者でもあるんです。だから、是非調査を手伝わせて頂きたい。決して、私的な理由で現場の調査が必要だとかそういう下心がある訳ではないんです。当事者として、力になりたいという純粋な気持ちからなんです、本当です。信じてください!」
「ですからーー」
アイヴィーが性懲りも無く子供のように上目遣いでねだるように懇願する。彼女のあの仕草には同情を誘おうとするような魂胆はなく、素であんな事をしているのだろう。その純粋さは彼女の強みだとは思うのだが、今回は相手が悪かった。
ロックウェル氏はかえって気を損ねたらしくあからさまに不満げな表情を浮かべ吐き捨てるようにして、彼女の要望を却下する。
しかし、そこでエバンズ警部から助け船が出された。
「確かに一理ありますな。今は警察の方も人員不足で事件の調査にも手が足りていない状況で、まさに猫の手も借りたいという訳だ。そこに探偵を生業とするお二方……しかも、連日の事件についても情報を持っているお二人が協力してくれるというのであればこれほど心強い戦力はない。なぁ、トニー、ここは彼女たちの手を借りるのも十分ありだと思うんだがどうだ?? とにかく俺たちは今回の事件を解決せにゃならんだ」
「いや……しかし――」
「俺個人として彼女たちに協力を頼みたいんだ、それぐらいいいだろ? それに犯人に好き放題されて警察も面子が立たないんだ。あれこれ手を選んでいる余裕なんてないさ。これぐらい上だって目を瞑るに決まってるさ」
「……警部がそういうのであれば」
思わず僕はアイヴィーと顔を見合わせる。突然の警部の提案に、理解が追いついて行かない。それに、ロックウェル氏はもっと警部の提案に異を唱えるものかと思っていたが、案外すんなりとそれを受け入れたのは意外に思われた。
「わ……わわっ、感謝しますエバンズさん!!」
「いやいや、こちらこそ手を貸して頂いてありがたい限りですよ。実際問題、外部に協力を要請するって話は元々上がってきていてですね。ライブラ探偵事務所にお力添えして頂けるなんてこちらとしても願ったり叶ったりという訳ですよ」
アイヴィーが嬉しそうにペコリと警部に頭を下げている。僕もそれに続いて警部にお礼を述べ頭を下げる。
再び頭をあげると、丁度、警部の後ろで小さくため息を吐くロックウェル氏の姿が目に入る。
そんな彼と目が合ってしまった。また、いつものように鋭い眼光で睨まれるのではないかと身構えていると、彼はこちらを睨みつけるでもなく、真っすぐにこちらに視線を向けると。スッと静かに姿勢を正してとても美しいお辞儀をしてみせた。
「ライブラ、アンダーソン両氏。これまでの非礼をお詫びします。此度の協力要請の快諾、誠に感謝致します」
そう言い終わるとロックウェル氏は再びスッと姿勢を戻し、いつもの感情が読めない表情を浮かべていた。正直、睨みつけられていた時より怖い。
アイヴィーもそんなロックウェル氏の行動に戸惑っているらしく、僕と警部の顔を交互に見まわしていた。
「あっはっは、実はこいつは中々の探偵好きでね。いっつも推理小説とかの本ばっかり読んでいるんだ。クソ真面目な性格だから態度には出してないようだが、今回、かのライブラ探偵事務所と知り合えたことに内心興奮していたんじゃないか?」
「警部、業務中にプライベートを持ち込まないでください。警部の今までの業務に対しての怠慢、上部に報告してもいいんですよ」
「おいおいおい、やめてくれよ。分かった分かった……」
苦笑いを浮かべながら髪を掻くエバンズ警部。その口から明かされた一面に思わずロックウェル氏を見てしまう。
すると、その視線に気が付いたのかロックウェル氏はこちらを一瞬見たかと思うと素早く目を逸らしてしまった。
なんだか、ロックウェル氏に対する印象がガラリと変わったような気がする。尤も、こんな事を本人の前で口に出そうものなら、また射抜かれるような鋭い視線を注がれる事になるのだろうが。
「さてと……では、早速お手伝いして頂く事にしますかね。今回の現場は建物の二階……とは言っても二階の方は建築途中で放置されたらしく、ここよりスカスカなんですがね。ま、ご案内します」
そんな警部の案内によって、忙しなく行き来する警官達の合間を縫うようにして部屋の中央の螺旋階段へと歩いて行く。
そして、階段へと辿り着き、階段に足を掛けるとその足を突如止めた警部が僕たちの方へと振り向いた。
「あーー……実は現場は凄まじく惨い事になっていましてね。直視するに堪えない状況なんでがお二人は大丈夫……いや、探偵にこんな事を聞くのも野暮ってもんですな」
「ええ、探偵であれば凄惨な現場に出くわすなんていうのは避けて通れない道。すっかり慣れたものですのでご心配には及びません……!」
そんなアイヴィーの言葉にエバンズ警部はニコリと微笑むと再び前に向き直し階段を上り始める。
しかし僕は気が付いていた。あんな勇ましい事を言っていたアイヴィーの表情は、明白に緊張して青ざめていた事に。
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