第17話~~鉄槌~~
狂気のカルトパレードから抜け出した僕達は、真円にほど近い月に照らされた影が浮かび上がる石畳を駆け抜ける。どこか熱気の残渣を孕んだかのような生ぬるい風が、背後からサイレンの音と、人々の怒声にも近い声を運んでくる。そんな音を聞きながら、あのパレードの出発地点となって路地裏からさほど距離の離れていない場所の停車場に止めておいた車へと乗り込んだ。
僕が運転席に着き、ハンドルを片手で握りながら上着の胸ポケットから車の鍵を取り出していると、助手席の扉が開き、アイヴィーが軽い身のこなしで飛び込んできて扉を乱暴に閉める。もう少し、丁寧に扱って頂きたい所だが、状況が状況なだけに文句は後に取っておくことにした。
「ほらアンダーソン君、さくっと車を出しちゃって下さい。先ほどの警察の様子から何か事件が発生したのは間違いない筈です。しかも、タイミング良くあのカルト教団が騒ぎを起こした日にです。これはやはりなんらかの関係があるとしか思えません……という訳で、私達は警察の後を追ってその事件についても調査する必要があるのです……!! なので急いで……!!」
「分かってるから急かすなよアイヴィー、それより警察が向かったのは……中心街の方だったかな??」
「そうですね、方角的にそちらの方で間違いないでしょう。あの騒ぎですから、方角さえ合っていれば現場の特定は簡単な筈です。ささ、アンダーソン君。キミのハリウッドばりの運転テクニックで早急に向かってください」
「はいはい、了解です我が主……っと」
向かうべき場所を確認しつつ、車のエンジンを始動させると、彼女のご要望に応えるべくアクセルを深く踏み込ませ車を急発進させる。強烈な音の発生と同時に体が思いっきり後ろに引っ張られる感覚が襲い掛かってきた。助手席から悲鳴が上がったが知った事では無い。
中心街へ向かって車を走らせ続ける。例のカルト教団の騒ぎがあってか、道路に車両はおろか、歩道に人の姿もほとんど無かった。この騒ぎであれば、スピード違反の取り締まりなどやっている筈もないだろうし、心おきなく車を飛ばす事ができる。尤も、ついさっきまで急げと急かしてきていたアイヴィーは、助手席に縮こまって「もっと安全運転で……!!」と繰り返しているが今はそれどころではないので聞かなかった事にする。
随分と飛ばした甲斐もあってか、車は既にグリーンフィールド市の中心街へと辿り着いていた。例のカルト教団と警察との騒ぎがあった場所からそれなりに距離も離れていて、なにより中心街だけあってか夜にも関わらず人通りは多かった。
流石にここで車を飛ばす訳にはいかず、アクセルを踏み込む足から力を抜いて車の速度を緩やかに落としていく。その際にちらりと隣を覗いてみれば、激しい引力と揺れから解放されたアイヴィーが安堵の表情を浮かべていた。
「全く……いくら緊急だからってやり過ぎですよ……!! もっと同乗者を気遣った運転を心掛けるように習いませんでしたか!? うう……あと少しでちびるかと思……あっ」
突然言葉を止めたアイヴィーが俯いたまま身動きまで止めた。僕はそんな彼女の様子について追及する事はしない、してはいけないのだ。人間として。兎も角として車を軽く流すようにして走らせたまま、運転席の窓を開け放つ。すると、生ぬるい風が車内に流れ込んで来るのと同時にどこからともなくサイレンの音がそれに混じっているようだった。
「なるほどね、現場はどうやら近いようだ」
「ですね……このまま北側の方角でしょうか」
アイヴィーが何事もなかったかのように、僕の独り言にも近い言葉に応えてくれる。僕は窓を開け放ったまま車を走らせ、周囲の様子を細心の注意を払って伺う事にした。アイヴィーの方へは決して今は視線をやってはいけない。それが彼女の為でもあり、僕の為でもあった。
車外から吹き込む風が車内を適度にかき乱す、それがなんだか社内のなんとも言えなかった空気を融和してくれているようだった。
相変わらず、風に乗ってサイレンの音が流れてきている。どうやら先ほどよりも徐々に鮮明に聞こえて来ているらしい。
「この先で間違いないようだけれど、此処って確か……」
今しがた車を走らせているこの街中の風景は見覚えがあった。地元の街なのだから見覚えがあるのは当然なのだが、日常的ではない特別な理由でこの風景は記憶に残っているのだ。以前に、今回の事件の初期段階で調査に訪れた場所。今も猶、ようとして行方知れずのオリビア嬢の住居付近その場所だった。
「ええ、オリビアさんの住んでいらっしゃるマンションがある地区ですね」
「そのオリビア嬢の住居近くで新たな事件……というのは偶然なのかな」
「それを確かめる為にも、是非にも情報を得たい所ですね」
そんな会話をしたのも束の間、人だかりで賑わい、警察が封鎖線を張っている現場が見えてきた。5、6台の警察車両の回転灯が、付近に集まった野次馬達の影を怪しく浮かび上がらせている。
野次馬達の路上駐車に敏捷して、適当な路肩に車を止めると、二人揃って野次馬の集団の中に身を滑り込ませその人波を掻きわけるようにして前へ前へと進んでいく。その過剰な人口密度は、僕に不快感を孕ませるには十分過ぎる程だ。僕でさえそうなのだから、アイヴィーにとっては息も詰まる思い、文字通りに人の波に溺れるようであったに違いない。
そんな杞憂もほどほどに、封鎖テープ……野次馬の最前列へと辿り着いた。2メートルはあろうかと思われる生垣を切り抜いたようにぽっかりと開いた、本来は鉄製のゲートが締まっている入り口の先には広々とした駐車場が広がっており、その先にすっかり煤けてしまっている煉瓦造りの2階建ての建物が鎮座していた。元々は、市が誘致した高級クラブとして建設されていたのだが、その途中で計画が頓挫。建物もそのままで長年放置されていた、市の負の遺産とも言える代物だった。内装も空っぽのままで、空き家そのものなのだが、一体そんな場所で何が起きたと言うのだろうか。
「すみません。一体なにが起きたのか分かりますか?」
隣で腕を組んだまま、その建物に熱い視線を送っていた男性にそう質問を投げかけてみる。すると、その男性は親切にも、はたまたあまりの興奮にそれを誰かに共有したかったのかは分からないが、兎に角、律儀に問いに答えてくれた。
「いやぁ、俺も警察無線から洩れ聴こえてきたのをちょっとばかし聞いただけなんだけどよ。どうやら大量殺人らしいぜ。そこの元クラブハウスの……いや、元でもねぇか。兎も角、その建物の中で人数は分からんが、結構な数の人間が殺されてたらしいぜ」
「そんな大勢が……しかし、あの建物は空き家の筈では?? もしかして、前々からこの施設に死体が隠されていたのが今になって発覚したとかそういう事なんですかね」
「どうやらそういう訳でもないらしいぜ。放置されてはいるものの、この施設自体は定期的に市の管理者が見回っているらしいからな。今朝も見回ったが、その時にはどこにも死体なんて無かったって話だぞ。つまり、出来立てほやほやの死体らしい」
男性は、興奮したままスラスラと知っている情報を教えてくれた。連日の事件に人々は恐怖を覚えるだけではなく、このように好奇心から事件の匂いに随分と敏感になっているようだ。
その男性は一通りの事を話し終わったのか、再びクラブハウスの方をソワソワしながら気にし出していた。そんな男性に礼を軽く述べ、野次馬に埋もれかかっているアイヴィーの手を引っ張って近くへと引き寄せる。この人だかりでは少し油断しただけではぐれてしまいそうだ。
「ひぃぃぃぃ……来てみたのはいいんですけど人が多すぎます……!私には刺激が強すぎる!」
「引き籠りがちのキミにとって、たまにはこれぐらいの刺激があった方がいいよ。それより、現場を調査してみたいところだけど……この様子じゃあ流石に中に入るのは厳しいかな」
彼女はムッとした表情を浮かべながらも僕とはぐれないように腕に必死にしがみついている。本来、女性に腕を抱きしめられる状況と言うと恋人だのなんだの甘酸っぱい雰囲気があるものだと思っていたけど、アイヴィーが相手だとそんな情緒の欠片もない事に、なんともいたたまれない気持ちが湧いて来る。
そんな事を考えていると、ふいに腕を強く引っ張られた。
「こういう時はですね、堂々と正面から行っちゃいましょう。ほら、警察にとっても私達は重要参考人ですし、きっと無下にはできない筈です。エバンズさんが居れば話は早いんですけど……」
そう言いながら彼女は僕の腕を強く掴んだまま、封鎖テープを潜ってクラブハウスの敷地内へと侵入していく。突然の事に僕もされるがまま彼女の連れられ封鎖線の突破を果たした。
いつもは優柔不断な癖にどうしてこういう時はおもいっきりがいいのだろうか。
「お、おい!」
先ほど情報をくれた男性が、突然の僕達の蛮行によって驚愕の声を上げる。
僕はそれに対して、苦笑いを浮かべ、ひらひらと手を振って返すしか術は無い。僕はそのまま、大人しく彼女に連れられクラブハウスへと向かっていく。
建物に近づくほどに、その周囲に止められた警察車両の回転灯が僕達を強く照らしていく。
「はぁ……苦情を入れられても知らないよ」
「承知の上ですよアンダーソン君。探偵足るもの、ふてぶてしいぐらいが丁度いいのです」
夜闇をチカチカと塗りつぶす回転灯の光と、夜の静寂を切り裂くサイレンの音に包まれながら、僕たちはクラブハウスの入り口へと歩みを進めた。
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