第16話~~ミスディレクション~~
「罪は暴かれ罰を与えられる!!」
「神は見ている!! 愚かな罪人は今こそ裁かれるのだ!!」
「汚れた憐れなる魂に救済を!! 罰こそ救いなのだ!!」
千切れ雲が昇った月を阻む晩に、思い思いの怒号が飛び交っている。
ある者は正義の為に。
ある者は怒りを携えて。
ある者は慈愛を送る為。
また、ある者はただ熱に浮かされているだけなのかもしれない。
そんな、様々な狂気を孕ませているように思われる集団の中を、僕とアイヴィーはその人波を掻きわけるようにして、前へ前へと進んでいく。
この異様な場所に於いて恐怖を抱かないと云えば嘘になる。だけど、僕の裾を握って共に進む小さな探偵の姿を目にすると、不思議と恐怖心は薄れていった。
そして、その代わりにと言わんばかりに、事件の真相を渇望する探偵としての本能が顔を覗かせる。
「ひぃぃぃ……ほんとこの人達ヤバいですって……」
尤も、そんな言葉を呟きながら挙動不審気味に周囲を警戒しながら歩みを進める小さな探偵、アイヴィー本人は恐怖心に苛まれているようだったが。
僕はそんな彼女の様子を見かねて、万が一にも周りの人間に気が付かれる事の無いように、できるだけ声を殺して彼女の耳元で囁くようにして声を掛ける。
「大丈夫だって、ただ前に向かって歩くだけでいいんだ。そんな警戒心を丸出しにしてたら流石に不振がられるよ」
「ううう……そう言われましてもですね……こう、私の第六感が危険を察知して警鐘を……」
「そんな能力があるなら野良犬の尻尾を踏んで追いかけ回されるなんて失態は犯さない筈なんだけどね。ほら、さっきまでの張りきりっぷりを思い出すんだヘタレ」
「い、今ヘタレって言いました!? じょ、助手が探偵にそんな口を利いていいと……!!」
僕なりにアイヴィーを励まそうと思って掛けた言葉だったが、当のアイヴィーはどうやら憤っているようだった。僕の上着の袖をぎゅっと握ったまま、迫力の無い目でこちらを睨みつけてきている。ある意味では奮い立ったようだから結果的には良しと言ったところだろう。
狂気渦巻く行進の中、そんなじゃれ合いをしながら暫く進んでいると、どうやら先頭集団が見えてきた。紫のローブを深く被った数人の人物と、それに囲まれて先頭を気品すら感じられる立ち振る舞いで静かに歩くこの集団の首魁足る人物、アルベルト。
彼らは、周囲の熱狂っぷりに相反して、一言も声を上げる事など無く静かなものだった。まるでそこだけ切り取られた別の空間なのではと思ってしまう程、浮いている。
「彼らがこの集団の核なのは間違いありませんが……だからと言って、今この場で彼らに直接話を聞いてみる訳にも行きませんし、とにかく今はこの会合の真意を探る為に暫く様子を見ておきましょう」
漸く、僕の上着の袖から手を離したアイヴィーがこちらに視線を送ってくる。僕はそれに対して、無言で頷く事によって答える。
彼女の言う通りに今は様子見に徹する事が最善だろう。狂気の酔いしれる群衆に身を隠しつつ、アルベルトらの動向を探れるこの位置取りは完璧なものだった。
しかし、その利を活かして暫く様子を見てみたものの、相変わらずに狂信者らが大声で騒ぎ立てながら通りに沿って行進を続けるばかりで、他にこれといった行動をする気配は全くと言って良い程に感じられなかった。途中で、この狂乱の騒ぎに付いていけなくなった野次馬目的の参加者達が数名、こっそりと列を逃げる様に離れていくのを見かけたが、それさえ誰も咎める者などいなかった。
まさか、本当に単なるカルト集団の奇行なのだろうか?今回もまた肩透かしで終わるのだろうか?と落胆の感情が心に芽生え始めた頃、アイヴィーが「あっ……」と小さく声を上げた。
「止まれ!! また貴様らか!!」
「このような集会は許可されていない!! 即刻解散しろ!!」
突如、拡声器で増長された怒声が響き渡った。思わずその声のした場所へ目を向けてみると行進を阻むように、集団の進行方向上に制服姿の警察官達が立ち塞がっていた。巡回中の警察官達だろう、すぐにサイレンを鳴らして数台の警察車両も駆けつけてきた。そこからはもう蜂の巣を突いたかのような大騒ぎだった。最初はカルト集団の興奮した連中と警察官達が怒声の応酬を繰り広げていたかと思えば、続々と到着する警察の増援を目にしたカルト連中が興奮して、警察官に掴みかかるなど騒ぎはどんどんエスカレートしていった。
もちろん、こんな状況で僕達が出る幕などある筈もなく精々その騒ぎに巻き込まれないように遠巻きにその様子を伺い見る事しか選択肢は無かった。巻き込まれては堪らないと、血気盛んな参加者が殺到している前線から抜け出し、その喧噪から少し離れた位置でその様子を見守っていた一団の中へと潜り込む。集会に参加してみたものの、狂乱に酔う事が出来ず、かと言って途中で逃げ出す事も叶わなかった参加者達だ。
彼らはみな一同に、あの狂気に気圧されたらしく顔面蒼白で、今も誰一人一言も発する事なく、固唾を飲んで先頭の騒ぎを見守っていた。
その騒ぎの様子というと、既に何人かの狂信者達は警察官によって取り押さえられていたが、警察側に比べてカルト集団の人数の方が勝っており、同志の捕縛により更に興奮した狂信者達の抵抗によって警察側も手こずっているようだった。
「これまで何度か小競り合いはあったって聞いてはいたけど、今回のこれは小競り合いじゃ済みそうにもないね。流石にここまで大事になったら警察も有耶無耶にする訳にはいかないだろうし、あの男はどうするつもりなんだろうな」
この騒ぎの中心に居ながら、未だに不敵な笑みを浮かべたまま争い合う信者と警官を見守ったまま微動だにしていない、カルト集団のリーダー、アルベルトの様子を伺いながら僕が呟くと、アイヴィーがコホンと咳払いをわざとらしく行ってからその後に言葉を続けてきた。
「そうですね、あの様子からしてみると彼にとってこの状況は想定内に過ぎないのだと思います。……いや、もしかすると、そもそもこの状況にする事が目的だったのかも」
「……その目的というのは?」
僕は、アルベルトから視線を外して隣のアイヴィーへと向けた。すると彼女も静かに僕の方へと顔を向けるとジッと僕の目を見つめてきた。彼女の瞳はいつものような怯えた瞳ではなく、どこか力強ささえ感じられた。
「あくまで推測の域をでませんが、今この状況にする事で彼の目的を果たす事ができるというのであれば、それは即ち警察の気を引く事でしょうか。今までも何度も警察との小競り合いがあったというのも、程度の違いはあれど、それも恐らく目的は同じだと思います。あの狂ったような大騒ぎの行進……神を妄信した信者の仕業と言えばそれまでですけど、見方を変えてみれば連続殺人事件を警戒して巡回している警察への挑発にも見えますからね」
「だけど、なんで彼らが警察の気を引く必要があるんだい? ――まさか、こうやってこの会合に警察の目を向けさせている間に、奴らの仲間があの連続殺人を引き起こしている……という事なのか?」
「半分正解……と言った所でしょうか」
先ほどまで、真剣な表情で――それこそ探偵らしく推理を述べていたアイヴィーが急にドヤ顔を浮かべる。無性に横っ面を引っぱたきたくなるが、ここはグッと我慢して推理の続きを催促する事にした。一先ず、懲らしめるのは後にしておこう。
「半分というのはどういう事だい?」
「この集団自体は殺人事件には関与していないでしょう。ですが、彼らが引き起こしている騒ぎを利用している人物がいる筈です。それが、例の殺人事件の首謀者だと思われます。……もしかすると、失踪事件にも関わっているかもしれません」
「なんだって……!?」
僕の正面に向き直り、自分の顔の前で人差し指をピンと立て、似合いもしないのに少し気取りながらアイヴィーは推理を述べていく。
これといった情報はないと思っていたのに、次々と打ち立てられている仮説に僕は思わず怯んで彼女の言葉を遮ってしまった。
連続殺人の犯人がこのカルト集団を利用している?しかも、そいつは失踪事件とも関りが?それらの仮説の詳細をじっくりと説明してもらいたい所だが、ともかくとして先ほどの彼女の口振りからして犯人の見当も付いているのだろうか、その答えを知る為にも僕は彼女の推理の続きを催促しようとした。
しかし、既にその時には彼女はこちらにではなく、カルト集団と警察がもみ合っていた先頭の方へと視線を向けていた。
「なんだか様子がおかしいみたいですね……?」
そんな彼女の言葉に釣られて僕も彼女の視線の先へと目を向ける。すると、確かにそこは先ほどまでの状況から一変していた。蜂の巣を突いたような騒ぎはいくらか落ち着きを取り戻しており、少なくとも乱闘じみたもみ合いは既に収まっているようだった。
カルト集団といえば、リーダーのアルベルトが制止したのだろうか、まだ興奮冷めやらずといった感じではあるが警官に掴みかかるような事はせず、一歩引いて警官達に敵意の目を向けているだけだった。
警察の方といえば、いつの間にやら自警団の一部が騒ぎを聞きつけ合流していたようだった。早速、この騒ぎを治めるべくカルト集団へ説得を試み始めている。カルト教団も警察に比べると、自警団の方がまだ多少は抵抗感が薄いようで、不満そうではあったが反発して掴みかかるなどといった行動には移らないでいた。
なんとか今回の騒ぎも一段落つくのかと思って暫く様子を見守ろうとしていると、やはりまだどこか様子がおかしいようだった。警官達の間でざわめきが起きたかと思うと、まだカルト集団が解散する素振りさえ見せていないのに、一部の警官と自警団を残し、警察車両で列を成しサイレンをけたたましく鳴らしながらどこかへ走り去ってしまったのだ。
「ああ、感じる。感じるとも!! 今宵もまた神の裁きが下された事を!! 神の慈悲と寵愛を受け愚かな魂が浄化され天へ昇っていく事だろう!!」
先ほどまで、信者たちを窘めていたアルベルトが突然仰々しく両手を広げて点を仰ぎながら叫ぶようにして言葉を言い放つ。すると、連鎖するように周りの信者達も呼応して次々と好き勝手に叫びにも近い声を上げ始めたのだ。
再び、巻き起こる狂気の合唱に悪寒が走る。しかし、その瞬間に僕はしかと目に焼き付けていた。この合唱の起爆剤となったあの男、アルベルトの顔にあの薄ら笑いが張り付いていた事を。
やはり、確かにアイヴィーの言う通りなのかもしれない。あの男は明らかになんらかの意図をもって、この集団を操っているように見えるのだ。そう思考を巡らせつつ訝し気に顔をしかませていると、またしても袖をアイヴィーに引っ張られた。
「潮時ですよアンダーソン君……!! 今の内にこんな所から抜け出しましょう。それにどうやら行かなければならない用事が出来たようですしね」
そう言って僕に顔を向けたアイヴィーは、緊張を浮かべながらもどこか満足げな表情を浮かべていた。
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