第15話~~カルト・パレード~~
紫の衣を纏った紫色の長髪のどこか軽薄そうな雰囲気を持つ男、巷を騒がせるカルト集団【裁きの光】のリーダーは芝居がかった口調で、大袈裟に両腕を広げて良く通るような声色で口上を述べ始めた。
「今宵も神の御為に集まってくれた事を嬉しく思う! 諸君の高潔な魂には神も御寵愛をくださる事だろう! 我々は神に選ばれた使徒なのだ! この堕落した世界を救う為に戦う同志だ! 今も尚、世界の秩序を取り戻す為に心力を注いでくださっている神の為にも我々は行動をせねばならない! この生き地獄に迷う無力で愚かな民衆を一人でも多く救うべく、神の声を届けるのだ!」
男の述べる口上はどれもこれも独善的で、傍から見れば狂信者そのものだ。しかし、先ほど息を荒げ顔を紅潮させ同じように熱弁を振るった熱に浮かされた参加者の男とは違い、この男はまるでこの状況を楽しんでいるかのように微笑を浮かべているのだ。
「ほうほう……これが所謂、教祖様という奴でしょうか。発言がカルトのイメージそのもので逆にビックリですが……なんだかこの人は一癖も二癖もありそうな感じがしますね」
「よく分からないけど、なんだかカリスマって感じがしなくともないね。それが目的でわざとそういう雰囲気を演出しようとでもしているのかな。アイヴィー、キミも少しは見習ってみたらどうかな」
群衆が熱心に男の口上に聞き入っている中、すぐ隣のアイヴィーと囁き合っていると、今まで冷え切ったかもように静まり返っていたこの路地が俄かに熱を帯び始めているように感じられた。その熱はすぐに勢いを増していき、直後には狂乱の歓声が沸き上がったのだ。
「もちろんですアルベルト様! 我らの魂は常に神と共にあります!」
「清浄なる世界を我らの力で取り戻すのだ!」
「罪人には死を! 高潔なる者に栄光を! 愚かなる民に我らの手で救済を!」
先ほどまでただ静かに祈りを捧げていた者たちまで顔を紅潮させ、喉を裂かんばかりに大声を張り上げていた。異様な熱気に包まれ一人の男を中心に沸き立つその光景に、遊び半分で参加をしていたのであろう若者たちも顔を青ざめさせ、その光景を見つめたまま押し黙っている。
アルベルト、それがこの集団の中心人物、リーダーと呼ばれていたあの長髪の男の名前だろうか。彼はまるで指揮者のような身振り手振りを繰り返し、まるで熱に浮かされた集団を操っているかのようだった。
「皆も知っている通り、今日まで神は数多の罪人を地獄の底へ沈ませた! そして今日もまた一人の罪人をこの世から消し去ってくれるだろう! これは審判の日までの序曲に過ぎない! その時が来れば愚かな人類は悉く皆殺しの憂いを見る事になるだろう! 神もそんな事はお望みではない! 一人でも多くの民を私たちが導き救うのだ!」
アルベルトは高々にそう叫ぶと身を翻し通りへと向かう道を歩き出した。その後ろを狂乱の集団が追っていく、あの呆気に取られていた若者たちも自棄になったのかどうかは定かではないが、何事かを叫びながらそれに続く。
「言いたい放題だね。罪人もなにも見境無く人を殺しまわってるその神様とやらの方がよっほど罪深いよ」
大通りへと向かっていく集団に置いていかれたかのようにポツンと路地に残った僕は、吐き捨てるようにそう呟いた。アイヴィーに同意を求める様に、チラリと横目で彼女の横顔を覗く。
「はたしてそうでしょうかね」
彼女がボソリと呟いたその言葉は予想外のものだった。不意を衝かれた僕は、思わず息を飲む。ギョッとして目を見開いて彼女を見つめていると、彼女はこちらに振り向き、えへへと申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「あ、もしかして私が感化されたと思って驚きました?」
「いや……そういう訳じゃないけど、なんかいつもと雰囲気が違うような気がしてさ」
「そう思います? この集団に馴染もうと頑張ってみたんですが、どうやら私って演技の才能があるのかもしれませんね! ふふん、アンダーソン君も早くこの域に辿り着いて下さいね」
そういう彼女は、いつものようにどこか子供っぽく笑う。そんな彼女を見ていると、先ほどまでの緊張感がまるで嘘のようにすっかり消えてしまう。確かに今の彼女を見ていると、一生懸命にカルト教団に成りすまそうと背伸びをしている子供のような微笑ましさすら感じられてしまう。しかし、先ほどの彼女の雰囲気には、どこか気にかかるものがあったように思われた。
「ほらほらアンダーソン君、ぼーっとしてたらいけませんよ。ここからが潜入捜査の本番なんですからね、しっかりあの集団の一員となって付いて行かなきゃですよ」
やたら張り切っているアイヴィーに促されて、狂乱の集団が向かった通りへと歩き出す。先ほどまで、熱に浮かされたコンサート会場のようだった路地裏は、今は既に薄暗くジメジメとした暗部へと戻っていた。
早歩きで集団の最後尾に追いついた頃には、薄暗い路地裏を抜けて大通りへと出ていた。
立ち並ぶ煉瓦造りの建築物に石畳、それらが等間隔に並んだ街灯の灯りに照らされている。まだ、それなりに人通りはあったが、怒号のような声を上げて行進する集団が通りに姿を現すと、すぐに蜘蛛の子を散らすようにその姿を消していった。
「「愚かなる者たちよ!! 今こそ神の声を聞け!」」
「「堕落した世界に鉄槌を!!」」
「「罪人に裁きを!!」」
熱に浮かされた集団は、リーダーであるアルベルトを先頭にグリーンフィールドの町を往く。
夜空に浮かぶ月に届かんばかりの叫びに、僕は耳がどうにかなりそうだったが、これも調査の為だと自分に言い聞かせて必死に耐える。隣では信者の男性が充血させた目を見開き、飛沫など微塵も気にせずに割けんばかりに大きく口を開いて、手を空へと振りかざしている。
その男性を突き動かすのは正義か信仰か、それとも怒りなのか僕には見当も付かなかったが、その様子を見ているとなんだかゾっとして、冷や汗が浮かび上がってくるようだ。
「あわわわわわ……えらいところに来てしまったようですね……わ、私達無事に帰れるんでしょうか……」
さっきまで張り切っていたアイヴィーは、すっかり集団に威圧感に気圧されて怯えていた。まるで生まれたての小鹿のように身を震わせ、周囲を警戒するように身を屈ませて集団に飲み込まれないように進んでいく。今すぐにでも隣を進む僕にしがみついて来そうな雰囲気ではあったが、どうやらそれは彼女のなけなしの矜持が堪えているようだった。
「まぁ……よほどの事をしなければ彼らに何かされるような事はないと思う……思いたいけど、しかし思ってた以上に凄い集団だね」
確かにこれはアイヴィーでなくとも恐怖を感じるには十分だ。僕がそう思うのも当然の事で、それもその筈。最初、路地裏に集まっていた時はそこまでの大集団とは思えなかったのだが、いつの間にか大通りの方にも集まっていたのか、この通りを行進し始めた頃には恐らく100人を超えるであろう集団になっていたのだ。
そんな集団が狂気を帯びた熱量で怒声を上げながら行進している様と来たら、否が応でも怯んでしまう。
すると、なにやら誰かに上着の裾を引っ張られた。
集団の雰囲気に飲まれつつあった僕は、それにより意識を引き戻され、裾を引っ張った人物へと視線を移す。アイヴィーだ。
「ア、アンダーソン君……とにかくこの集団のリーダーの近くで様子を見てみませんか? 先ほどの雰囲気……どうも彼はきな臭いですね。……いや、こんな集団を率いている時点で怪しい事この上ないのは当然なんですけれども」
「そうだね、幸いにもこの行進が統一を取れているとは言い難い。ある程度までは纏まって行動しているけど、配置はバラバラだしみんな自由に動いてる、これなら僕らが先頭の方へと移動しても誰も気にしない筈だ」
僕たちはそんな会話を周囲の怒号に飲まれつつ、お互いに頷くと狂気の集団の隙間を抜けるように、足早に先頭を目指して歩みを進ませた。
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