第14話~~裁きの光~~

 「アンダーソン君、神様に祈りを捧げてみる気はありませんか?」


 薄暗い路地裏の片隅でアイヴィーのその言葉を頭の中で反復していると、今に至った経緯が鮮明に蘇ってくる。

 エバンズ警部らの聴取はそう長くは掛からなかった、詳細にありのままの事を報告した所で荒唐無稽こうとうむけいな話である事に変わりは無く、エバンズ警部は終始、困惑の色を隠せないでいた。聴取を続けた所で警部たちの益には到底ならなそうであった事と、アイヴィーが何か思いついたらしい事を察したエバンズ警部が早々に聴取を切り上げ、別件に関しての聴取も後日に回してくれる事となった。街灯を破壊した件に関しても今回の事件が落ち着くまでは保留にして貰える事となったのも非常にありがたい。ロックウェル氏は渋い顔をしていたが。

 刑事たちを見送ると僕はアイヴィーにこの後、僕たちが行う行動について質問を投げた。


「さっきの話は本気なのかい?」

「はい、この状況ならそのカルト集団の調査が先決かなー……と。話を聞く限りでは組織的な集団ではないそうですし、それなら紛れ込んで内情を暴けるのではと……」

「だけど一連の犯行が奴らの仕業なら、また僕たちを狙ってくるんじゃないかな、だとすると相当危険極まりないけど……怪物を使役するカルト教団だなんて、笑い話にもなりやしないよ」

 

 荒唐無稽こうとうむけいな話極まりないが、実際にあの体験をした以上その考えが頭から離れる事はない、にも拘わらず彼女がこのような提案をするのが意外に感じられた。情報を得るにはリスクは承知の上とは言え、流石に無謀過ぎるのではないだろうか。

そんな事を考えているとそれを見透かすようにアイヴィーがどこか自慢げな表情を浮かべている。


「確かに一見危険そうに見えますが……今回について恐らく大丈夫な筈ですので心配ご無用です。自慢じゃないですが、ヘタレの私がそう簡単に命を賭ける筈ないじゃないですか。そこそこ確証はあるという訳です。ほらほら、私の生への執着っぷりを信じてくださいよアンダーソン君」

「頼りがいがあるのかないのか分からないけど、とにかく凄い自信だ……」


 そんな彼女の弁に押し切られ今現在、僕たちは街のとある路地裏に佇んでいた。どの道、この状況ではこれぐらいの事をしなければ有力な情報は手に入らないだろう、そう僕は覚悟を決めて此処に立っている。

 隣には紫の衣に身を包んだ僕よりもずっと背の低い人物が佇んでした。その人物は僕の方を振り向くと幼さの残る顔で微笑んだ。


「アンダーソン君、中々似合っていますね。胡散臭い感じが本当にそれっぽいですよ」


 紫の衣に身を包んだアイヴィーがケラケラと笑う。彼女の言ったように僕自身も紫の衣に身を包んでいる、適当に衣服店で見繕ったものだが今回の目的としてはこれでも問題はないらしい。理由は分からないが例のカルト教団は紫色で統一した衣服を身に纏っているらしい。現に僕は以前、紫の衣に身を包んだカルト集団を目撃している。

 街のあちこちでカルトメンバーは目撃されているようで、僕たちのように全身を隠すような姿の者もいれば、紫色のスカーフやリストバンドなど一部だけを見に付けているだけの者など色以外はバラバラで統制が取れているという訳ではないらしい。できるだけ素性を隠しておきたい僕たちのとっては好都合なのはありがたい。

 ともかくとして、奴らは定期的に集会……厳密に言えば、ほぼデモ活動のように神の裁きを吹聴して回っているだけなのだが、あろうことかその集会の告知や奴らの集団――【裁きの光】と名乗っているそれの宣伝などをSNSなどで堂々と行っているのだ。

 つまりそのカルト集団の行動は警察も把握している訳なのだが、今の所、傍迷惑な連中ではあるが少なくとも表面上ではこれといった被害を出している訳でも無く、ただ単に騒ぎたいだけの者も多い烏合の衆といった様である為、殺人鬼事件などに手を焼いている警察には半場放置されている状態だ。その結果、好き放題に集会を開いては自警団等と揉めている訳だが、今回は奴らに探りを入れる為にその集会に紛れ込もうとしている訳だ。


「キミも似合っているよアイヴィー、家出して途方に暮れてる子供みたいだ」

「この醸し出される厳かで神聖な雰囲気が分からないなんて憐れな事です……」

「そんな事はどうでもいいけど、そろそろ時間みたいだ。集まって来たよ」


 既に陽は落ちて、路地は通りから零れる街灯の灯りで朧げに照らされるだけだ。そこに光源を持った人間たちが次々と集まってくる。僕たちと同じく紫の衣に身を包んだ老婆が祈るように両手を組み地面に跪いていたり、軽装の若者が数人で集まり大声で談笑していたり、横断幕や大きな旗を持ち込み準備を進める者など、老若男女様々な人間で俄かに路地は賑わいを見せていたが、その温度差は明らかなものだ。

 なんだか気の抜けるような気分ではあったが油断をする訳にはいかない。仮にこの集団の大多数が連日の事件とはなんら関係ないとしても、犯人がここを隠れ蓑として活動していてもおかしくはない。オリビア嬢始め、多数の失踪者についてもカルト教団の類が誘拐に関わっていたという話は無数に聞く。今回の件に関しても関りがある可能性は十分にある。

 

「あー……ちょっといいですか? この【裁きの光】の思想に共感して今回の集会に参加したんですが、なにぶん初めてなもので……この集会では一体なにをするんですか?」


 兎に角、この集団についての情報を集めなければならない。そう考えた僕は何食わぬ感じで偶然近くにいた聖職者を思い起こさせるような服装の恐らく中年だろう男性に声を掛けた。


「おお、新たなる同志か。キミも神の大いなる御意思に心を動かされたんだね。若そうだが……いや感心感心、若いのに立派なものだ。遊び半分で騒ぎに来てる連中も多い中、キミのような若者に出会えたのは非常に喜ばしい事だよ」


 やはりかの殺人鬼の信仰者たちも一枚岩ではないらしい。思想そのものは危険ではあるがイメージとは裏腹に現時点で先鋭化しているといった印象は受けない。明白に先鋭化していてくれた方が一連の事件との関連を伺えて都合が良いといえばよかったのだが……。

 ふと、アイヴィーの方を目を向けると彼女はローブのフードを深く被り祈りを捧げているような素振りを見せていた。随分とノリノリのようで何よりだ。


「私たちは神の御意思の伝達者だ。この腐敗した世の中を正しき道へ導いてくれる神の御威光を人々に伝える為に私たちは日夜声を上げ続けるんだ。……そら、我らがリーダーが来られたぞ。さぁ、ともにリーダーの御高説に耳を傾けようじゃないか」


 聖職者風の中年男性が顔を紅潮させ、集会内容の説明とはほど遠い熱い熱弁を披露していたかと思うと、それまで賑やかだった周囲がシンと静まった。心なしかまるで気温も下がったかのようにすら感じる。

 男性に指示された方向に視線を移すとそこには僕たちと同じような紫の衣に身を包んだ長身の男が同じく紫の衣に身を包んだ数人を引き連れ、この場にいる全員を見渡せるであろう場所へ移動していた。

 その男は僕たちを見渡すようにして正面を振り向いた。やや紫掛かった長髪に、ニヒルな笑みを浮かべたその男こそが、この集団のリーダーであるようだ。

 僕たちを含めた群衆は、固唾を飲んで彼が口を開くのをただ待つほかは無かった。

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