第12話~~悪魔の魔手~~
爽やかな風が木々の
あの怪物は暗闇に消えた後、もう僕たちの前に姿を現す事は無かった。一先ず危機を乗り切った事に安堵したのも束の間、すぐに警察へ連絡を入れ事の次第を報告する事にした。到着した警察官に簡単に状況を説明したが、彼らは
ガス灯の炸裂でガラスの破片を浴びる事にはなったが、幸いにも腕に切傷と多少の火傷を負っただけで済んだのは日頃の行いの
「いやぁ……いい天気ですね。昨日はなんだか悪い夢を見てた気がします、疲れてるんですかね」
「いいや、現実だね。正真正銘の現実、見てよこの数々の傷を」
「アンダーソン君は案外抜けてる所ありますからねぇ……階段から落ちでもしたんじゃないですか?」
隣に座っているアイヴィーがおどけて笑うが、それには疲労の色が色濃く見えた。昨日あんな事がばっかりなのだから無理はないだろう。僕だって心臓が止まりかねない恐怖に苛まれたのだ、元来怖がりなアイヴィーの心労は生半可な物ではないだろう。
「減らず口が叩けるなら大丈夫そうだね。……そういえばキミの作戦、奴に効果があったようだけれど、どうして思いついたんだい?」
「それはですね、最初あの怪物は懐中電灯の灯りで怯んだように見えたじゃないですか。その後に物を投げつけてみましたけど点灯した懐中電灯はわざわざ避けたのに、鞄の方はそんな素振り見せなかったじゃないですか。だからもしかしたら光が苦手なのかなー……って」
「確かに思い返してみればそうだね、街灯の灯りとかは全然気にしてないようだったから強い光じゃないと効果は無いって事なのかな」
「えっと、恐らくは……なのでなんとかして強い光を発生させようとしたんです。や、この街の街灯が外観に合わせた古いタイプのガス灯で助かりましたね。ガスに懐中電灯の放電か火花で引火するかどうかは運次第でしたけど……それに小規模とは言えガス爆発に巻き込まれて軽傷で済んだアンダーソン君は運が良かったですね」
あの状況でよくそんな事が思いつけた物だ、僕は必至過ぎてとにかく奴から離れる事しか頭に無かったので素直に感心する。尤も、作戦の内容は全て僕が実行する前提ではあるのだがあの状況下なら文句は言えまい。
「あー……災難でしたね。ご容体の方はどうです?」
聞き覚えのある、やる気の無さそうな声が聞こえる。その声の方へ顔を向けるとそこには、かつて公園での殺人事件の際に知り合ったエバンズ警部が灰色の短髪を掻きながら立っていた。その背後には眼光鋭いロックウェル氏も立っている。
「エバンズ警部……それにロックウェルさん、なんだか久しぶりですね」
「ははは、そんなにまだ経ってないんですがねぇ、そろそろまたお話を聞きたいと思ってた矢先に今回の連絡を聞いて驚きましたよ。やはり、探偵はそういうのに巻き込まれる運命なんですかね」
「一部では探偵は事件を呼び込む死神……そういう眉唾物の噂もあるようですが、こう実際に目にすると確かにそういう話が出るのも分かる気がしますね」
ロックウェル氏が渇いた笑いを携えて独白のように呟く。相変わらず、棘のある言い方だがもしかするとこれは彼なりの冗談なのかもしれない。彼の様子を伺っても生真面目な様子で真剣な表情を浮かべているだけなので全くその真意を測る事はできないが。
「えっと……聴取、ですかね? でしたらアンダーソン君、早速刑事さん達に詳しい話を……」
「あー……お嬢ちゃん……ライブラさん、それもお聞きしたい所なんですが……まずはちょっと先に話しておきたい事がありましてね」
「お、お嬢……」
警部の口から思わず零れた失言に僕は思わず笑ってしまったが、アイヴィーの方は言葉を詰まらせ何かを言いたげな様子であった。どうやらお気に召さなかったらしい。ともあれ、警部の話しておきたい事は一体なんであろうか、まずはその話を聞くのが先決だとアイヴィーを
「トーマス・オリバーという男性の事はご存知ですね。先日の簡単な聞き取りで、彼の自宅に訪れていたとお聞きしておりますが」
「そうですね、先日の晩は彼に調査の協力して貰ってましたね。……なにかあったんですか?」
「あー……いや、それがですね」
警部はもどかしそうに言い淀んだかと思うと癖なのだろうか、罰が悪そうにポリポリと灰色の髪を掻いた。一瞬の静寂の間に一陣の風が僕たちの間を通り抜ける。全ての音がどこかに連れ去られたかのような感覚が湧き上がってくる。ロックウェル氏は相変わらず真剣な表情で鋭い眼差しを眼鏡越しにこちらに向けている。
永遠と無音が続くかのように思われた矢先、再び警部が口を開く。
「そのトーマス・オリバーさんがですね、先日の晩、何者かに殺害されました」
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