第9話~~月下の目撃者~~
暖炉にくべられた
それにしても立派な部屋だ、家の外装はこの街の雰囲気に溶け込んだ
「はは、まさか探偵さんとお話する機会が来るなんてね。そんなのは、ドラマとか小説とかそういうものの中だけかと思ってたよ」
清潔に整えられた黒髪の男性が、窓に近寄りカーテンを閉じる。彼こそが今回の重要参考人、トーマス・オリバー氏だ。ニコニコと笑顔を絶やさない、好青年といった印象を受ける。
「いやぁ、すまないね。こんな格好で……部屋着にこだわりは無い方でね」
「お構いなく、こちらこそ貴重なお時間を頂いて申し訳ありません」
トーマス氏は確かにラフな衣服を身に着けていたが、彼の雰囲気がそうさせるのだろうか、小洒落た印象を受ける。トーマス氏は窓から離れ、僕たちが案内され座っている席のテーブルを挟んだ向かい側に腰を落ち着かせる。
「アンダーソン君の部屋着に比べたら随分と立派に見えますけどねぇ……」
「アイヴィー、後で覚えておけよ」
初対面の相手だと縮こまりやすいアイヴィーも、なんだか気楽なようで余計な無駄口まで叩いている。彼に出された紅茶も既に飲み干しているという無遠慮っぷりだ。本当に、図太い時はとことん図太い奴だ。
「はは、仲が良いようで何より……で、話というのは確か、例の殺人事件が起きた夜の事だったかな」
「はい、その時の事を覚えている限りで構わないので教えて頂ければ助かります」
「うーん……それは構わないけどね。恥ずかしい話、こう見えて酒癖が大分悪くてね。その時も相当酔っていたから僕自身、確証を持ってそうだったと言えるかどうか怪しいんだよ。この話もつい最近、ふいに思い出した
「それでもかまいません、是非よろしくお願いします」
トーマス氏は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべたが、僕の催促を受け、うんと一度頷くと、テーブルに置かれた紅茶に手を伸ばし喉を
「その日は、ここからそう遠くない店で友人達と飲んでいてね。歩いて家に帰ろうとしたんだけどさっきも話した通り、相当酔っていてさ。その帰り道で自警団の人とトラブっちゃったんだ。と言っても、相当飲んだくれていた僕を心配してくれてたその人に僕が酔った勢いで絡んでいただけなんだけどさ。確かその場所が公園の近くだった筈なんだ……時間帯は申し訳ないけど覚えてない、もう暗くなってたのは確かだよ、その時、空に綺麗な月が浮かんでいた事はよく覚えてるからね」
「その時、叫び声のようなものを聞いた覚えはありますか?」
「どうだったかなー……記憶にない気がするけど……でも、その時は自警団の人と一緒だったし、その時に叫び声が聞こえてたならその人が聞いていた筈だろうし、自警団の人がその事を知らないんだったら、多分僕も聞いてない筈だよ」
以前の聞き込みで自警団の存在を知ってから、自警団関係者にも聞き込みは行ってきた。その中で、叫び声を聞いたなどという話は一切聞かれなかった為、恐らくトーマス氏の言う通りなのだろう。そうなると事件発生の時間帯とは違うのか、それともトーマス氏の思い違いで公園とは離れた場所だったのだろうか。
ならば、今回の情報も見当外れに終わるのだろうか。ふと、そんな落胆が湧き上がってくる。しかし、隣で話を聞いているアイヴィーはそんな素振りは見せず、探偵の真似事……いや、探偵ではあるのだが。それらしい仕草……顎に手を当てたり、腕を組み首を捻って見たりと押し黙って話を聞いている。
まだ話は途中だ、この時点で判断を下してしまうのは時期早々過ぎる、そう思い直しトーマス氏の話に耳を傾けていると、再び期待を裏切るような言葉が彼の口から発せられた。
「で、自警団の人と揉めてる途中で僕吐いちゃってさ……もう、臭いのなんのってね。ほら、相当酔ってたからね。はは、実にお恥ずかしい。その時に、公園の方から誰か走ってくるのが見えたんだよね。次の日にその公園での事件を知った時には二日酔いだわ、記憶はぼんやりしてるだわでなんとも思ってなかったんだけどね。後々、その事を思い出して、もしかしたらその事件と関係合ったんじゃないかなーって思って、友人にもその話をしたんだけどね。いやぁ、申し訳ない、よくよく考えたら多分僕の思い違いな気がするんだよ」
「思い違い、とは?」
ここに来て思い違いだのという言葉を聞いた僕は、思わずトーマス氏の話に口を挟んでしまった。
「いや、ね? 誰か走って来た、と思ったんだけどさ。思い返してみれば、多分あれは犬だね」
「「犬?」」
衝撃的な発言に、アイヴィーと僕が同時に驚きの声を発する。それも当然だ、ようやく犯人かもしれない人物の目撃者が現れたかと思ったら、まさか犬と人間を見間違えていたなんてとんだ笑い話だ。
僕は思わず頭を抱えそうになるが、彼の手前上それはなんとか堪えた。しかし、やはり泥酔していたという時点で、覚悟をしておくべきだったか……そんな事を考えていると。
「それは確かに犬だったんですね?」
「うん、あれは犬だ。大きさも丁度そこらへんにいる野良犬と同じぐらいだったと思う。犬猫以外の動物がこの街にいる訳もないしね。だから、あれは犬に違いないと思うよ。いやー……ははは、酒の魔力って怖いね」
アイヴィーが食い気味に聞き返していたが、返される答えはトーマス氏の見間違いを肯定するものばかりだ。恐らく、このまま質問を続けても情報になりえる答えが返ってくる事はないだろう。
そんな僕の考えとは裏腹に、アイヴィーの反応は全く違った。
「では、その犬について他に分かる事はありますか? 特徴でもなんでも……例えば、
「うーん……犬っぽかったのは間違いないけど、うろ覚えなのには変わらないしなぁ、
そんな質問に意味があるのだろうか、まさか犬が犯人だなんて事はないだろうに。僕がアイヴィーの真意を測りかねている間にもアイヴィーは言葉を続けていた。その目は真剣そのもので、好奇心に満ちた、ギラギラとした目であるように思えた。
しかしトーマス氏はそんなアイヴィーの熱意に応える事はできないようで、困惑を隠せないでいた。
「残念だけど、期待に答える事はできないよ。言ってる通り、ほとんどうろ覚えだからさ。もしかしたら何かの拍子で思い出す事はあるかもしれないけれど……しかし、そうだな……せっかく探偵さんと知り合えた訳だし、協力してあげたいところだ。今度、一緒にその公園の辺りに行ってみたいんだけど、どうかな? 丁度、暇になる日があるんだ、もしかしたら何か思い出すかもしれないよ」
トーマス氏のその意外な提案に、アイヴィーは目を輝かせながら僕の方を振り向いた。
「アンダーソン君! 聞きましたか! トーマスさんが調査に協力してくれるそうです、これで解決に一気に近づくかもしれませんよ!」
「それはありがたいんだけど……その、犬について調べてみるつもりなのかい? まさか犬が犯人だなんて言わないよね? それとも、その犬の飼い主が犬を使って犯行に及んでいるとでも?」
呆れたように僕は半場適当に答えた、突拍子も無い説を追ってみるのはいいが、流石に今回のそれは度が過ぎている。ちょっとした頭痛を覚え、テーブルの紅茶に手を伸ばした。
「そのまさか、かもしれませんよ?」
僕は思わず、紅茶を吹き出しそうになった。
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