第8話~~紫衣の行進~~

 丘の教会での聞き込み調査を終えたその翌日、僕たちは市内の喫茶店のテラス席で休息を取っていた。青空の下、心地よく吹く風が、手元の珈琲の湯気を揺らし、かぐわしい香りを誘う。その香りとは別に、食欲を誘う香りが漂ってくる。テーブル上の皿に飾られた、表面が薄茶色に焼き上げられたカリカリのトーストで、新鮮なレタス、濃厚なチーズ、脂の乗ったベーコン、それらを挟み込んだシンプルなサンドイッチだ。

 それを、相向かいの席に座るアイヴィーが美味しそうに頬張っている。その様子を見ていると、街にショッピングでも楽しみに来ているかのような気分になるが、今回もオリビア嬢失踪を調査する為、街を訪れているのだ。

 特に、今回の目的はアイヴィーが得た情報についてだ。それは、あの公園広場での惨劇の時分、その周辺で不審な影を見たという人物がいるらしいという事だった。僕は、珈琲を啜りながら手元のこれまでの調査状況を書き込んだ手帳を読み返す。


「連日の事件の不審な点を考えると、オリビアさんの失踪と無関係とは思えませんからね。なので、公園での事件の情報は、即ち、失踪事件の手がかりになりえる、そういう訳です」


 僕のその様子を見て察したのだろうか、アイヴィーが僕の考えていた事を見透かしたかのように言葉を放つ。彼女の方へ視線を向けると、彼女はサンドイッチを食べながらジーッと僕の方を見つめていた。


「その目撃者というのは、キミが聞き込みをした人の友人という話だっけ? でも、彼が言うにはその友人は当時相当酔っぱらっていたそうじゃないか。本当に信用できるのかな」

「や……そればっかりは実際に話をしてみない事には分かりませんよ。せっかく、本人のアポも取れた訳ですし……彼の仕事の都合上、話を聞けるのは夜にならないとなのはもどかしいですが」


 アイヴィーの言ったように、その重要参考人と話ができるのは彼が自宅に戻る8時以降だ。なので、それまで市内での調査を進めていたのだが、情報らしい情報は全く手に入れる事はできなかった。そして、今に至る訳だ。


「あのですね……今日は日が悪いみたいなんで、時間までゆっくり過ごす事にしませんか? ほら……適度に休息日を作った方が効率もいい筈ですし……」


 サンドイッチを食べ終わったアイヴィーが、両手の人差し指を突き合わせて、もじもじしながら上目遣いで訴えかけてきた。


「もう十分休んでたでしょうが、オリビア嬢の安否も分からないのにゆっくりしてらんないよ。さぁ、そろそろ調査を再開しよう」

「わ、分かってます、分かってますよ……」


 彼女には少しばかり緊張感と言うものが足りていないようだ。そんな彼女を引っ張るようにして、僕はカフェテラスを後にした。それから暫く、調査を続けたが相変わらず得る物は無い。ただ、時間だけが過ぎて行った。

 陽が山の影に身を潜めると、じわりじわりと、染み渡るように空が暗くなってくる。夕暮れ時の街灯のような、ぼんやりとした淡い光が空に瞬き始める。

 既に人通りはまばらになっており、制服警官と、話に聞いていた腕章を付けた自警団の姿がちらほら見受けられた。


「えーと、そろそろ約束の時間ですかね。さぁ、アンダーソン君、お楽しみの時間ですよ」

「もうそんな時間か……相変わらず収穫が無いのは気が滅入るけれど……まぁ、次が本命だね」


 事前に聞いていた重要参考人の自宅へ向かう為に、まずは車に戻らなければいけない。駐車場は進行方向の逆側だ。身体をさっと後方に反転させる。その際、今はすっかり暗闇に包まれた建物と建物の間の路地が視界に入る。その暗闇の先には向こう側の通りの光景が、ぼおっと浮かび上がるように映し出されていた。


 奇妙な何かがその先で列を成している。


 ぎょっとして僕は思わずそれに視線を奪われた。目を凝らしてそれをよく見ていると、段々と鮮明にそれが見えてきた。紫の集団だ――いや、暗いため確信はないが、それは紫色のローブに身を包んだ人間の集団だった。彼らは列になり行進をしているようだった。

 僕は、一瞬でそれがリック神父の言っていたカルト団体なのだろうと理解した。その一瞬間で、列を成すカルト団体の一人と目が合ってしまった。

 目を逸らし再び歩き出した頃にはもう何事も無かったのように、人通りの少ない通りが目の前に広がるだけだった。しかし、バクバクと激しく鼓動する心臓は、まだ収まりそうにも無い。


「アンダーソン君? どうしましたか?」


 不安げにアイヴィーが訪ねてきた。僕は真っすぐ前を向いたまま足を止める事なく、答える。


「恐らく、例のカルト集団だ、この向こうの通りにそいつらがいる。今、そこの路地から見えたんだけれど、その一人と目があってしまった。凄く不気味な連中だったよ」

「ひえっ……」


 彼女は静かに短い悲鳴を上げると、それから暫く考え込むように押し黙ったかと思うと、小声で口を開いた。


「念の為、箱抜けをしましょう。幸い、目的地とはそう距離は離れていませんし。念には念を入れておきましょう」


 箱抜けとは尾行を撒く技術だ。あの不気味な集団の事だ、何をするかは分からない。アイヴィーの言う通りに警戒しておくべきなのは間違いないだろう。

 僕らは、駐車場へは向かわずその別方向に暫く歩き続けた。途中でタクシーを見つけると、それに乗ってグリーンフィールド駅へと向かった。タクシーを降りると、駅の構内をグルグルと何度か周回し、最初にタクシーを降りた場所とは逆側の出口で更にタクシーを拾い、重要参考人宅の方角へ向かった。暫くの間、タクシーで移動をすると、重要参考人宅からまだ離れた場所でタクシーを降りる事にした。


「一先ずはこれで大丈夫でしょう。帰りが少々めんどくさいですが……大事があってはいけませんからね」

「気味は悪いけれど、あの連中が僕らを狙う理由もないしね。連中が事件の黒幕で、僕らが嗅ぎまわっている事に気が付いている、というのであればもしかするかもしれないけれど」


 アイヴィーは顎に手を当て俯くと、何か考え込んでいるようであった。しかし、すぐに顔をあげて、僕の方へ振り向いた。


「いや、大丈夫ですよアンダーソン君。恐らく、問題ありません」


 アイヴィーと僕は、もうすっかり暗闇に染まり、星屑が瞬く不気味な月夜を並んで歩き続けた。

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