第7話~~証言者~~

 太陽が地上を照らす午前9時、しばらく車を走らせていると見晴らしの良い平原地帯に建造物が増えてくる。緑豊かなグリーンフィールド市内だ。

 前回と違って、アイヴィーが口を出してこなかった為、そのままオリビア嬢宅まで車を走らせる。煉瓦れんが作りの古風な建築物が多いこの街は、中心部に近づく程に、近代的な建築物が集まる区域が増えてくる。そこの、マンションの一室がオリビア嬢の住宅だ。10階建ての、その最上階の一室が彼女の部屋となっている。

 結論として、なんの収穫も得る事は出来なかった。オリビア嬢の同居人である男性は不在であり、フィリップス氏の許可を得て室内を調べてはみたが、特にこれといった発見は出来なかった。

 

「フィリップスさん曰く、室内は当時のままにしてあるそうですが、だとすると今回の事件に置いて、オリビアさんの自宅はそんなに関りは無さそうですね」


 これ以上の部屋の調査に旨みが無いと判断した僕たちは、次の調査として市内の人々に聞き込みを行う事にした。アイヴィーは、「ささ、これこそ探偵の腕前が試される時ですよ。巧みな話術で人々から情報を聞きだすのです」などと息巻いていたが、実際に応対するのは僕に任せるとの事だ。

 それから、数日を掛けて聞き込み調査を行った。結果的にほぼ全てが徒労に終わった訳だが、その一部の聞き込みでは気になる情報を得る事が出来た。

 まず第一には、マンションの管理人であるジム老人だ。


「オリビアちゃんなぁ……あの娘は良い子だよ。派手好きで勘違いされやすいかもしれないが、ちゃんと勉強はしているし、儂ら年寄り連中の面倒を見てくれる事もあった……多少、夜遊び好きなきらいがあったがな」


 フォッフォッとほとんど歯の無い、しわくちゃな口を動かし笑う白髪の彼は、数年前に妻と死別し、今は同マンション階下の一室で一人暮らしをしている。

 そんな彼の話にあった気になる点とは、オリビア嬢が、夜遅くまで外出している事が度々たびたびあった事。もう一つは、このマンションの上階は下の階と比べると住人が少なく、最上階に至ってはオリビア嬢ら以外には誰もいなかったという点だ。

 第二は、マンション近辺に活動拠点を構えるNPO団体【命の泉】の職員である、妙齢の女性シンシア氏だ。彼女の銀色の長髪は流れるように美しく。彼女自身も穏やかで気品のある美しい女性だった。彼女らは街の環境保全活動や、生活支援、様々な悩みの相談など幅広く活動する団体で、前科者の更生などにも一役買っていて警察からの信頼も厚い。今回の連続殺人事件に置いても有志らが自警団を結成し、夜間の警備への協力を行っている。


「そうですね……オリビアちゃんは何度かこちらにお見えになった事があって、私も彼女の相談に乗らせて頂いた事もあります。普段は明るい彼女ですが、やはり人には明かせない悩みもあったようです」


 気になる点は、彼女の言葉にもあるように、オリビア嬢が抱えていたという悩みだ。それが今回の失踪に関係していると考えるのは至極当然の事だ。シンシア氏は人間関係の事、としか答えなかったが、これに関しては更に詳しく聞く必要がありそうだ。

 そして最後は、街の中心から離れた、やはり煉瓦れんが造りの建造物が多い区域にあるエリスター教会の神父である、リック氏だ。教会は、建築物の集まる市街地から離れた小高い丘の上に位置し、街を見渡す事が出来る場所だった。

 そんな教会の、おごそかな雰囲気の初老の神父はいきどおりを隠せない様子だった。


「連日の殺人事件を、神の裁きだのと触れ周っている連中がおるのです。罪深い人間たちへの戒めの為、天罰を下しているのだと。実に嘆かわしい事です、こんなのは、ただ残虐な人間が引き起こしている他ありません。それを、神の天罰だの、穢れた世界の世直しだのと狂喜する連中の気がしれません」


 彼は、顔を紅潮こうちょうさせ息継ぎもせず一息に語った。その声色はいきどおりだけではなく、どこか哀しみも含まれているようなそんな気がした。

 ともあれ、彼の語った連続殺人鬼を神と崇める集団。一種のカルト集団についても調査の必要があるのは明白だ。

 事件の真相に辿り着くには、まだまだ心許なくはあるが、調査が進展したのは間違いない筈だ。その事に内心、胸を弾ませながら僕は教会から丘の下の駐車場へ下る道をアイヴィーと並んで歩いていた。既に陽は沈み、空には星々が瞬き、月が顔を覗かせていた。青白く、不気味なまでに美しい月だ。


「さて、情報もそこそこに集まってきましたね。しかし、しかしですよアンダーソン君。実はもう一つ有益な情報があるのです。いや~コツコツと聞き込みをしてきた甲斐があったというものです」

「へぇ? キミも聞き込み出来たんだ。てっきり僕以外とは口はきけないものとばかり思ってたよ」

 

 茶化してみるとアイヴィーは案の定、キッとこちらを睨みつけてきた。相変わらず迫力が無い。


「し、失礼な……! 探偵なんですから、これぐらい出来て当然に決まっているじゃないですか! キミに任せる事が多いのはほら、あれですよ! あれ! 日頃いろいろ考える事があ……」

「ギャア!!」


 突然、耳をつんざくような何かの声が聞こえたかと思うと、それと同時に、バキバキバキと乾いた音が鳴り響く。その瞬間、目の前に黒い影が飛び出してきた。

 アイヴィーが素っ頓狂な悲鳴を上げると同時に、僕の背後に隠れるように回り込む。僕も何が起こったのか分からぬままに身構える。件の殺人鬼と鉢合わせしてしまったのだろうか、そんな考えが脳裏を過る。


「ギャアギャアギャア……」


 黒い影は、バサバサと翼を動かし、星の瞬く空へと飛びあがっていった。なんてことはない、道の周囲に等間隔で植えられていた背の低い樹木の樹冠から、鴉が飛び出してきたのだ。

 僕は、あまりにも馬鹿らしい真相になんだか恥ずかしくなり、頭を掻いた。そんな僕の背後から、アイヴィーが周囲を警戒しながら出てくる。


「もぉ~なんですかぁ……驚かせないでくださいよ~心臓止まりかけましたよほんと……もう、こんなに暗いんですから大人しくジッとしててくださいよ……」


 彼女は、僕のすぐ隣で鴉が飛び去った方角を見つめていた。本来、鴉は暗くなると活動をやめて、ジッと安全な場所で大人しくしているものなのだが。連日の事件で張り詰めた街の雰囲気に影響されているのだろうか。

 空を見つめるアイヴィーの横顔を見ていると、彼女が不意に振り向き、目が合った。その、なんとも拍子抜けな顛末に、僕たちは思わず笑いが零れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る