第6話~~隠された真意~~
エバンズ警部達の聴取を終えたその後、僕たちは当初の目的であった、オリビア嬢宅への訪問は後日に行う事にして、一旦、事務所へ戻る事にした。
空には散りばめられたような星屑が
「アンダーソン君、キミは犯罪者は必ず裁かれるべき、そう思いますか」
ハンドルを握り、帰路に車を走らせる僕に、アイヴィーが突然そう問いかけてくる。いつものように、読んだ小説に感化された彼女が度々、僕に投げかけてくる。センチメンタルな哲学的質問だろうか。
彼女は弱虫ながらも好奇心旺盛である為、犯行現場に居合わせた事で、少なからず興奮しているようにも思えた。
「そうだね……
「アンダーソン君らしいですねぇ……犯罪に関わる者としては、そういう心構えは大切ですよね。ご立派です、アンダーソン君」
いつもの他愛ない会話だ。ともかく、事務所に戻ったら今回の事について話し合わなきゃいけないな……そんな事を思いながら、ふと、アイヴィーへ視線を向かわせた。そのアイヴィーの横顔は、どことなく寂しそうに見えた。
事務所へ戻ると、僕たちはリビングの扉を開いた。僕は夜食の準備の為にリビングに併設されたキッチンに立つ。アイヴィーはドサッとソファに背を向ける様に飛び込み、そのまま横になった。
「いや~疲れましたねぇ、今日一日で大分精神が擦り減った気がしますよ……」
「肝心の依頼については、なんの進展も無かったけれどね」
「やや、いけませんよアンダーソン君。ちゃんと情報は得られたじゃないですか。ほら、警部さんが言ってた、行方不明者が多発してるって件です」
アイヴィーがゆっくりとソファーから体を起こしたかと思うと、僕の方に指を向けグルグルと宙で輪を描いている。なんだか腹立たしい。そんなアイヴィーの行動を気にしない様にして、僕は夜食の準備を進めた。
「すると、オリビア嬢の失踪と別件の失踪事件は関係がある、そう思ってる訳だね」
「断定できる訳ではないですけど……私はそう考えていますね」
そう言われてみると、確かに関連付けられない事もない。第一に、連続殺人の印象が大きいとは言え、失踪者が多発している事実が、これほどまでに表沙汰になっていないのは、やはりおかしい話だ。本来ならば、連続殺人事件と並んで、大々的に報道されているべき事件なのは間違いない。なにか、表沙汰にはできないような事情があるのではないだろうか。
そんな事を考えていると、ふと、依頼人であるフィリップス氏の事が脳裏に浮かんだ。思い返せば、オリビア嬢の失踪についてもそうだった。フィリップス氏ほどの大人物の令嬢が失踪したと警察沙汰になっているにも関わらず、その事件が表沙汰になっている気配はない。
やはり、令嬢の失踪もこれらの失踪事件と関りがあるのだろうか。だとすると、フィリップス氏がこの探偵事務所に訪れたのは、他の目的があったのではないか。そもそも、彼は本当に令嬢の失踪について警察に相談していたのだろうか。
様々な憶測が僕の脳裏を過っていた。
「あーっ!! アンダーソン君! なんか煙凄いですよ! 焦げてるんじゃないんですか!? というか、なんか火が出てません!?」
突如、聞こえた彼女の大声に僕は先ほどまでの思考を中断させられた。目の前には、火に掛けられたフライパンの上に乗せられた食材が炎を吹き出し、黒煙をもうもうと吐きだしていた。
その後、なんとか火災になることは防いだものの、住宅の焼失の恐怖を味わったアイヴィーによって、しこたま文句を言われる事となった。
「火を使ってる時にボーッとしてちゃ駄目ですよ全く……無事だったから良かったものの、気を付けてくださいね? 明日こそ、オリビアさんの件を調査するんですから今日は早めに休まなきゃいけません。ささ、気を取り直していきましょう。今度は私も手伝いますから……あー、寿命が縮みました」
アイヴィーの手助けの甲斐もあり、危険度が更に増したあげく、再びフライパンが火を噴く事になったが、無事に夜食を作り終えた僕たちは、早々に食事を済ませ、明日に備え睡眠を摂る事にした。
翌日、朝食を作り終えた僕はリビングのテーブルに料理を並べ、椅子に腰かけ、ギイギイと音と鳴らしながらニュースサイトを眺めていた。
そこには、早くも昨日の事件について記事が載っていた。記事のタイトルが、その存在を主張するように装飾された【市民の憩いの場、鮮血に染まる】の文字列が頁を飾っている。
しかし、記載された記事の内容自体は酷く抽象的に感じられた。その内容から新たに得らえた情報は、被害者は市内に住む、男女2名であった事。死体の状況は極めて惨く、使用された凶器については今の所、検討が付いていないという事だけだった。
「うへぇ……被害者は2人だったんですね。暗くて全貌が分かりにくいのもありましたし、なにより惨過ぎて見るに堪えなかったので全然分かりませんでしたけど……うっ、思い出しただけでなんだか吐きそう……」
いつの間にかアイヴィーが青ざめた顔で隣に立ち、僕の携帯の画面を覗き込んでいた。彼女はそのまま、僕の相向かいの席に座ると、テーブルの上に置かれた水の入ったコップを手に持ち一気に飲み干した。ゴクリッと、彼女の細い喉から微かな音が聞こえる。ホッとしたように彼女は安堵の表情を浮かべると、なんとも嬉しそうに並べられた料理に手を付けだした。
例の肉片死体は、男女2人分だった。その事実を想像すると、背中に氷水を掛けられたかのようにゾッとする感覚に襲われる。この、下手人は悪魔なのだ。人間の想像を遥かに凌駕する程の残忍さに満ち溢れた奴なのだ。地の奥底から這い上がってくるような悪意に、恐怖心がふつふつと湧いてきた。しかし、それを抑え込もうとするかのように、そんな奴は裁かれるべきだ、その罪を暴かれて公然の前に引きずり出されるべきなのだ、そういう一種の正義感も同時に生まれてくるのだ。
「今日こそは調査を進めなきゃいけませんよ。なので朝食を終えたら早速出かける事にしましょう」
そう言い放つ彼女は、随分と眠そうで、大きな
案の定、僕の方がアイヴィーより早く準備を済ませてしまった。車の用意をして、玄関先で待っていると。やがて玄関の扉が開き、お気に入りの黒のYシャツワンピに身を包んだアイヴィーが申し訳なさそうに出てくるのだった。
「いやはや……流石は私の優秀な助手です。その手際の良さ、賞賛に値しますね。……はい、遅れてすみませんでした……以後、気を付けます……」
何度も聞いた事のある言い訳を聞きながら市内へ向かった時分には、既に時刻は午前9時を過ぎていた。
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