一難去ってまた一難

 夜、由紀にLINEを送る。


これで川北は……まぁ応援するなんて言ってたのを信じたりしてないけど、しばらくはおとなしくしてくれるんじゃないかなぁ。


私は川北さんみたいに分かりやすい人より田中さんの方が、怖くて……

尚哉くんを連れて行っちゃうんじゃないかって。


え?それって俺が浮気するってこと?


そうじゃないよ。悠斗くんを自分のものにするためには何でもしそうってことかな。


俺が知ってる田中明美は物静かで、消極的で、男を怖がってるってイメージだったんだけど。

委員に立候補したのもたまたまかも知れないし……


だといいんだけど。悠斗くんが私を……好きでいてくれたら、何も問題ないよ。

私は信じてるから。


ところでさ、話は変わるんだけど、来週の日曜日、どこか行かない?

初デート、したいんだ。


うん、私も誘おうと思ってたの。色々考えたんだけど、楽しいデートにしようと思ったら、やっぱり遊園地になっちゃうんだよね。

でも、それだと悠斗くんは二週続けてになっちゃうよね~


全然構わないよ。じゃあ遊園地で決まりだね。


うん、楽しみにしてるね。


じゃあ俺勉強する時間だから……


分かった。勉強頑張ってね。


うん、じゃあ明日学校で……


 翌日は朝から曇り空で、昼から雨になる予報だった。

 今日から午後の授業が開始になるので、公園で加藤からお弁当を受け取り、学校に向かった。

 学校に着いた時、校舎の入り口に1人女子が立っている。

 田中明美だった。

 俺はちょっと試してみた。

 彼女が俺の言葉に反応するかどうか……

「おはよう。どうしたの?入らないの?」

 俺の問いに、

「お、おはよう。今から入るとこ」

 と言った。

 これは……今までと反応が違うぞ、今までなら、聞こえてない振りか、そっぽ向くか俯くか、返事なんてしなかったのに……やばいと思った。

 

 教室に入って、みんなに、

「おはよう」

 と、あいさつする。

「おはよう」

 由紀もあいさつする。

 古角にもあいさつして、ちょっと質問してみた。

「古角は勉強、何が得意なんだ?」

「俺は英語かな~、まぁ、本場の人と話しろって言われても話せないレベルだけどね」

 古角は本当なのか謙遜してるのか判断の難しいことを言った。

「まぁ、日本の英語教育の仕方が悪いってのは何年どころか何十年前から言われてることだからな、政府の責任だよ」

 俺がそう言うと、古角が、

「で、聞いて何かあるのか?」

 って言われたから、

 「あぁ、一人で勉強するより、週に一回でも集まって勉強した方が効率がいいかなぁと思ってさ」

 横で聞いていた由紀も、

「それ、いいよね。絶対効率上がると思う。私は数学、得意だよ」

「俺は、物理、化学が得意だから……あと、国語か~」

 って言うと、由紀が、

「悠斗くん、加藤さんは国語得意だよ。古角くんは加藤さん知ってる?」

 由紀が古角に尋ねる。

「加藤沙也加なら知ってるよ。小学校一緒だし、一年の時も同じクラスだったから」

「それなら加藤さんも誘って、4人にしましようよ」

 由紀が言った。

「何の話何の話?」

 話に入ってきたのは川北だった。

 由紀が説明する。

「じゃあ、私も入るから全部で5人だね。で?いつからするの?」

 こいつ、マウント取って、勝手にメンバーに入ってきやがった。

「日曜日は用があるから、土曜日に集まろうよ」

 由紀が言ったら、川北がすかさず、

「日曜日の用事って、ひょっとしてデート?」

 って、そう言うと、由紀が、

 言わないでよ~って感じで、指を、口元で数字の1を作って、シーシーってやってる。

 俺は別に隠すつもりもなかったから、見てて面白かった。

「じゃあ土曜日ね、持ち込みオッケーのカラオケハウスとかで、お菓子とか買って持って行こうよ」

 川北が言ったので、

「お菓子ばっか食べてそうだよな~、でもカラオケハウスで勉強して、追い出されないかな~」

 心配そうに言うと、

「歌を1時間、勉強2時間すれば問題ないわ。ってか中川くん、今このデブが……って思ったでしょ、聞き逃さないんだからね」

 と言ってきたので、

「え?川北はデブじゃないよ。まだ"ポッチャリ"の範囲内だと思うよ」

 俺がそう言うと、

「"まだ"ね~、まぁいいわ。じゃあ初勉強会は土曜日の予定でいいよね?」

 みんな頷いた。

「由紀ちゃんは加藤さんに伝えておいてね」

「うん、分かった」

 由紀が言うと、川北は機嫌良さげに自分の席に戻って行った。

 

 朝のホームルームの時、先生が、

「各委員の人は放課後に会議があるから帰らないでね。場所は黒板の横に貼っておくから」

 あっ、そうか……図書委員なんだと、ちょっと憂鬱になった。


 昼休み頃から雨が降り出した。傘を忘れてないよな~と思って、後ろの傘立てを確認したら、俺の傘がない。しまった、玄関に忘れてきたんだ。

 ため息をついた。


 放課後、会議のため田中さんと図書室に向かった。

 会議と言っても、担当の先生から、図書室利用のルールや貸し出しなどルール、本棚の管理と受付担当で二週間に一度は放課後に残ってもらうという話だった。

 クラスの数が多いのも、悪いことばかりじゃないんだなぁと思った。

「会議あっけなかったね」

 田中さんが言った。

 なんか、残念そうだった。


 会議も終わり帰ることにはなったんだけど、靴を履き替えて玄関に行ってから、やっぱりこのまま濡れて帰るしかないか~と思っていたら後ろから声をかけられた。

「どう、したの?傘を忘れた?」

 田中さんだ。

「うん、玄関に忘れてきたみたいなんだ」

 そう言うと、

「私の傘大きいから入ってく?帰り道、同じだし」

 まぁ、確かに方向は同じだけど、相合い傘になっちゃうし……しかし、この雨じゃ、ずぶ濡れになっちゃうよな。

 仕方ない。

「ごめん、じゃあ、入らせてもらっていいかな~」

「うん」

 田中はにっこり微笑んだ。

 

 帰り道、最初は恥ずかしそうに、俯き加減で話さなかった田中が、話し出した。

「中川くんって、小学校の頃からかっこよかったけど、最近、もっとかっこよくなったよね」

 いきなりそんなこと言われて、ちょっと照れたけど、

「え?そうなの?でも、俺よりイケメンって結構いると思うけど、志垣なんて、小学校からモテモテだったじゃん」

 そう言うと、

「私は志垣くんって好きじゃないなぁ、なんかモテるのを鼻にかけてる感じがして……」

 この、志垣って奴はイケメンでサッカーが得意で、頭もそこそこいい奴なんだが、性格が悪い。他人をいじって面白がるし、女の子にちやほやされてるのを鼻にかけて自慢する。

「まぁ確かに性格は問題あるかもな。でも、俺なんかさ、確かにおばさんウケがいいのは自覚あるんだ。よくイケメンだの大人になったら絶対モテるとか言われたし。でも小学生の時、同世代の子からはそんなこと言われたことなかったから……志垣が羨ましかった時もあったな」

 田中さんが、不思議そうな顔をして、

「中川くんって、やっぱり鈍感なんだね。女の子の間ではイケメンだって噂になってたんだよ。小学生だったし、好きだとか言いにくかったんだよ。私もだけど」

「私も?」

 俺が聞き返すと、

「中川くんが私のこと"可愛い"って言ってくれて凄く嬉しかったの。でも、好きと可愛いは違うじゃない?だから"好き"と言って貰えない悔しさと"可愛い"って言ってもらえた嬉しさがごちゃごちゃになっちゃって、そっぽ向いたり、無視したりしちゃって、ダメだダメだって思ってる間に、中川くん、相手してくれなくなっちゃって……」

 なるほど、そう言うことだったんだ。

「それでね、もう後悔したくないから、中学生になって、同じクラスになれたら、いっぱい話して、私の気持ち分かってもらおうと思ったの。3年生になって、やっと同じクラスに慣れたから頑張ろうって……」

 田中さんの行動の全てが理解できた。

 でも、正直、今は由紀だけが大好きだし、他の女の子に目がいかない。

 今でも可愛いままの田中さんと、吃ることもなく普通に会話できるのも"特別な感情"がないからだ。

 俺は正直に言った。

「今、彼女いるんだ」

 それだけ言った、けど田中さんは、

「同じクラスの西山さんだよね」

 と、自信ありげに言った。

「うん」

 俺が言うと、

「なんとなく、雰囲気でそう思った。けど、先のことは分からないじゃない?

 私ね、ダメだって叩きのめされるまで諦めたくないんだ。

 二人の邪魔はしない、だけど諦めない。いいかな?」

「それは俺が決めることじゃないかな」

 そんな話をしている間に俺の家の近くまできた。

 ここから別方向になる。

「あっ、ここでいいよ。帰ったらすぐに風呂入るし」

 って言ったんだけど、

「折角ここまで濡れなかったんだから、家まで送るよ」

「あのさ、なんか顔は田中さんだけど、俺の知ってる田中さんとは、別人だよね」

 って言うと、

「言ったでしょ?後悔したくないって、こんな私嫌い?」

 最後は、いじけた子供

のように言った。

「田中さんを嫌う奴なんていないんじゃないかな」

 俺が言うと、

「ありがとう」

 って、笑った。


 家に着いて、

「じゃあまた明日」

 と言って田中は帰っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、川北は諦めて応援すると言った。でも田中は諦めないと言っている。

 一難去ってまた一難、何もなければいいけど……と、少し不安がよぎった。


続く

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