第6話

 8月16日、今日はクルーズ船に乗る日だ。由紀のお父さんに会う、最初の日でもある。

 船の受付開始が夕方6時だから、少し余裕を持って3時に、迎えにくることになっている。

 

 まだ、3時まで20分ほどあったが、由紀の家族が到着した。

 そのまま出てもよかったのだが、車の中で自己紹介するよりはと、俺の家で自己紹介してから出発しようということになった。

  

 コーヒーを飲みながら、自己紹介を始める。

 由紀のお父さんは市役所勤めの公務員で歳は38歳らしい。

 彫りが深く、かなりイケメンだ。

 お母さんも美人だから、由紀のような美少女が生まれるのも納得である。

 うちの父さんも紹介しておこう。

 年は40歳、仕事は大手の建築会社で、現場監督をしている。

 顔は由紀のお父さんほどではないが、イケメンの部類には入るだろう。

 

 自己紹介も終わり、出発することになった。

 俺たちの街を出てしばらく走ると、海岸線を走る。

 大きな入道雲が東の空を占領し、夏の暑さを感じさせる。

 車の窓を少し開けた。

 潮の香りは心地よく、西に傾いている太陽はまだまだ元気に街を照らしている。

 

 現地に着いたのは5時半だった。

 受付開始までにまだ時間がある。

 受付ロビーは2階にあって、外にある通路に出ると海が見渡せる。

 一隻の豪華客船が港に入る様子が見える。

「すごい船だね〜何人くらい乗れるんだろう」

 由紀が言った。

「前にテレビで豪華客船の話してたけど二千人とか三千人乗れる船もあるらしいよ。プールやカジノやゴルフの練習場もあったりするんだって」

 俺がそう言うと、

「なんでもあるんだね〜乗る人って、みんなお金持ちなのかな?」

 独り言のように由紀が言った。

「まぁ。お金持ちが多いんだろうけど、頑張ってお金貯めれば、乗れないこともないんじゃないかな」

 なんて話してると、6時を回り受付開始の時間になった。

 前に来た時は家族連れが多かったが、ディナークルーズだと、やはりカップルが多いようだ。

 みんな結構お洒落している。

 

 乗船時間になり、船に向かった。

 受付を済ませて、案内されたのは、前とは別のレストランだった。

 入ると、やはりメイド服のような格好のスタッフが右左に並び、入ってくるお客さんを席に案内する。

 中を見渡すと、7、80人くらい入れそうなレストランで、中心にはグランドピアノが置いてある。

 誰か弾いてくれるんだろうか?と期待しつつ、席に案内された。


 テーブルは基本4人掛けのようだが、俺たちのテーブルは少し不自然に6人がけになっている。

 予約の時、窓側に拘ったために、2名分足してくれたのだろう……感謝した。

 うちの家族と由紀の家族が向かい合うように座り、俺と由紀は真ん中に座った。

「なんか、お見合いしてるみたい」

 と、俺が言うと、

「だよね」

 と、由紀が言った。

 

 程なくして、スタッフが食前酒の注文を取りにきた。

 由紀のお父さんが、

「私はアルコールは飲めませんし、帰りの運転は私がしますから、ご遠慮なく飲んで下さい」

 と言った。

 うちの両親は白ワイン、由紀のお母さんは赤が好きらしい。お父さんと、俺、由紀はオレンジジュースを注文した。

 

 まず、前菜、次に食前酒、ジュース、が運ばれてきた。

 フォークやナイフは並べられている外から順番に使うというのはネットで調べてたので、外のフォークとナイフを使って食べた。

 少し間を空けて、フランスパンがバターと一緒に、小さめの皿に乗せられた。

 ここで出てきたフランスパンはあの長いものではなく、拳ほどの大きさに焼かれたものだった。


 7時を回ると、外はすっかり夜になり、街の夜景が窓に映し出される。キラキラ光る街の少し奥には大きな観覧車があって、色とりどりにライトアップされている。

 それを見た由紀が、

「すごくきれい、この夜景を見たかったんだ〜」

 と、歓喜している。

 男の俺が見ても写真に残したいと思える風景なのだから、由紀が歓喜するのもよくわかる。

 

前菜を食べ終わるとスープが出され、次に魚料理がやってきた。

 次に口直しのソルベ。


 口直し、ソルベとはなんぞや

という人のために説明すると、

口直しとは、魚料理を食べた後でそのまま肉料理を食べるよりも、間に"臭い消し"を挟むことで、一層美味しく肉料理が食べれるようになる……らしい。

 ソルベとは要するにシャーベットとあまり変わらない氷菓である。基本的には果汁とリキュール酒などの酒を加えて作る物でシャーベットのように、牛乳や、ゼラチンなどを使わない物である。


 ここで、男性スタッフが現れて、壇上にたち、

「只今から約30分間、女性ピアニストによる演奏をさせて頂きます。是非お楽しみ下さい」

 曲名はさっぱりわからないけど、心地よい音色が響いてきた。


 ソルベで口直しした後にメインの肉料理がやってきた。

 な、なんだこの肉の小ささは。 

 100グラムくらいしかないんじゃないのか?

 俺はここで、少々愚痴を漏らした。

「確かに……美味しいことは認めるけど、俺には圧倒的に少なすぎる〜」

 俺がそう言うと、

由紀のお父さんが、

「フルコースは量よりも質、見た目に拘ってるからね。まぁ、育ち盛りの尚哉くんには確かに物足りなさが先に来るかもね」

 続けて、父さんが、

「帰りにファミレス寄ってもいいけど、折角食べたフルコースが台無しになるからなぁ」

 と言ったあと、軽く肩をポンポンと叩かれた。

 由紀の顔を見ると口に手を当てて、

「ふ、ふ、ふ」

 と笑っていた。

 

 メインも終わり、ピアノの演奏も終わった頃に、デザートとコーヒーが運ばれた。

 デザートに目のない由紀は満面の笑みでデザートを見つめていた。


 全ての食事が終わったあと、以前と同じように、デッキに出て、由紀のお父さんが持ってきた三脚とデジカメで夜景をバックにして、二家族揃った家族写真を何枚か撮った。

 それから、由紀と俺のツーショットも。今度は手を繋ぐ、ではなく、腕を組んで。

 これは、由紀のお父さんの指示だった。

 由紀と俺との交際を認めてくれてると理解して良さそうだった。


 クルージングも終わり、帰路についた車の中で俺は、帰ったらカップラーメンでも食べようと思っていた。

 しばらくすると、急に睡魔が襲ってきて、そのまま眠ってしまった。


 起きたのは家に到着してからで、由紀にもたれかかっていることに気づき、

「あっ、ごめん」

 と言うと、

「全然いいよ。あとでいい物見せてあげるね」

 と言った。

 由紀のお母さんが、

「今夜は楽しかったです。また家族でどこか出かけましょう」

 と言って、

「是非また」

 と母が返していた。


 由紀の家族が帰ったあと、家に入った俺は、すぐにカップ麺に手を伸ばしていた。

 ラーメンを食べ終えて、そろそろ寝ようかと思った時、由紀からLINEが来た。

 

まだ起きてる?


今から寝ようと思った

ところだよ。


今日はありがとね。


いやいや、こちらこそ


寝る前に、尚哉くんに

いいもの見せてあげたくて


なになに。楽しみだな


じゃあ送るよ


 で、送られてきたのは車の中で、由紀にもたれて、口を半開きにして寝ている俺の姿だった。


え〜、削除、削除


やだよ〜ん。

私のあの写真削除して

くれたら、削除してあげる


え?あの写真?

なんのことかな?


あ〜とぼけてる。


ダメだよ。あれは俺の

一生の宝物なんだから


なに、それ〜

あっ、明日はまた

うちくるよね?


うん、そのつもり。


わかった。じゃあ、

また明日ね。


うん、おやすみなさい。


おやすみなさい。



続く

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