二十一、春霞、立つ
「
「はい。それにしてもなにゆえでしょうか。ここまでになるとは」
「国の方針が今年になって急に変わった。なんでも厳格にお調べになる」
それ以上はいう必要がないだろう、という顔をした。
「では、進めてもよいな。この話」
「はい。部長には折を見てわたしから話をしますので、それからでお願いします」
「よし。早めにな。それと、今後のことだが……」
「いや、そちらはお待ちください。急になにもかも変わるのは困ります」
「だが、悪い話ではない。相手はうちと同格。不足はないぞ」
しかし、
「そうか、おまえに抜けられるのは痛い。とくに局の下になるという時であればなおさらだ。うちの強みがひとつなくなるな」
「わたしも武人などにはなりたくありません。城の警備で一日を終えるなどぞっとします」
「きょうは辞職の挨拶に来たのではないのか」
「そういうことにしてありますが、そうではありません」
部長は笑ったが、かたい笑いだった。
「またわしのつながりを使う気か」
「申し訳ありませんが、お願いします。このままでは
「それはいいが、お父上の考えももっともだと思うが。課になれば確実に禄は減るぞ」
「ご心配感謝します。しかし、決められた時に登城してずっとおなじところでおなじ任務を続けるなどわたしにはできるものではありません」
「たしかにおまえはそういう人間だな。だがな、ひとつ忠告しておく」湯呑みを置き、真剣な表情になった。「おまえ、お父上をだましたな。それはいかん。武人になるつもりがないなら正直にそう申し上げろ。わしのつながりを利用するのは良いが、お父上に対して小手先のごまかしなどするな」
「おまえは有能だが、その才に溺れておるようだな。人は歯車仕掛けではない。歯車のかみあわせを変えれば操れるというものではない。仮に一時はそうできたからといってもいつまでも通じるものでもない。諜報に熟達した者はそういうかんちがいをしがちだが、大概にせよ」
めずらしく感情をあらわにする部長に、
「は、親身なお言葉、誠にありがとうございます」
そうとしかいえなかった。
その日のうちに事情を話し、父に謝った。そうなると予想していたようだったのは意外だった。
「そうか。やはり武人になるつもりはないか。まあよい。家はなんとかなる。借りはないから、切り詰めに切り詰めればいいだけだ」
「言葉をたがえまして申し訳ありません」
「そうだな。そこはおまえらしくなかったな。なにがあった?」
「部長には、才に溺れている、と叱責されました。その通りだと思います」
「よい上司だな」
「月が出ておる。おまえも見よ」
「春の月です。少々霞んでおります」
「わしにはわからん。やはり年だな」
風が吹いたが、もう冷たくはない。
「ところで、
「はい」
「大丈夫か」
「大丈夫、とは?」
「とぼけるな。兄たちの立場も考えよ。つい最近までは敵だったのだぞ」
「いまはちがいますし、勝者はわれらです。
「わしにも目と耳はある。
「そのような……」
「ないといいたいか。それが通じると思っているのか。諜報の仕事をしておるのに自分のこととなると甘いのではないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます