第2話 側近
はっとしたマリアが公爵を振り返り、向けられたその視線をたどる。
いつの間にか再び開かれていた扉の向こうに王子の側近達が立っているのが見え、彼らはそのまま入室してきた。そして一番青白い顔をしていた宰相の子息が最初に口を開く。
「本日はこのように発言する機会を作って下さり感謝いたします」
彼は公爵へと頭を下げて姿勢を戻すと続けて話し出した。
「私は本心より公爵様方がなされた先の証明を支持させていただきます。
彼女から聞いた突然の知らせに慌てることなく落ち着いて考えればすぐにわかったはずなのに私は行動の選択を間違えてしまったのです。彼女の腹の子を内密に亡きものにさせた私はすでに父から正式に廃嫡されました。
殿下、お恥ずかしいことに、あなたのお気持ちが彼女に向くのを妨げようとしていたはずの私の方が感情の深みにはまってしまったのです。
今では彼女が身籠った子の父親が本当に私だったのかどうかをはっきりさせる方法はありません。しかし、騙されたとは言え私と彼女がそういった関係にあったことは事実である限り、殿下の信頼を裏切ってしまったことには違いありません。本当に、本当に申し訳ありませんでした」
宰相の子息は話終えると隠し事をしていた後ろめたさから解放されたのか、顔色も戻り落ち着いた様子で王子に深々と頭を下げた。
マリアは宰相の子息が話始めてしばらくすると王子に触れていた手をそっと離し、テラスの方へと少しずつ移動していたのだが不思議なことに誰も気付く様子はなかった。
マリアが離れた事も知らずマリオス王子は自分の側近を見つめたまま動かない。その顔からはすっかり表情が抜け落ちているが、瞬きの回数が多いことから王子の頭の中では様々な思考が巡らされていることが見て取れる。
宰相の子息の次に口を開いたのは在学中から諜報部門を見習いとして手伝っていた外務大臣の子息だった。
「私も父より公爵様のなされる術による証明の内容は神も認めるものと聞いております。
それに彼女の先ほどの発言が嘘であることは私も身を持って知っております。
しかし先の彼とは違います。私が関係をもったわけではありません。私は殿下の側近に選ばれてからずっと殿下に近づく者について調べておりましたので、彼女が常日頃から多くの男性を相手にしていることは存じておりました。
逐一陛下にはお知らせしておりましたが、その度に殿下を信じて待てとの指示を受けておりました。その為、彼女の本当の姿を殿下には報告をすることもなく、とうとうこのような日を迎えることになってしまいました。
もしかしたら私も陛下に試されていたのかもしれません。自分の主を守るためなら陛下の命令に反してでも私が正しいと信じる行動を取るべきだったのでしょう。彼女が危うい相手と知りつつも殿下に報告を上げることを怠り本当に申し訳ございませんでした」
王子へ向かって下げていた頭を上げた彼の無表情は今日も変わらない。その為、謝罪を口に出しつつも本当のところはどのような感情が彼の胸の内にあるのかを見てとることは出来ない。
「公爵様からお聞きしておりましたが先程のものが魂の交換ですか…素晴らしい…。
これまで実際に行使する者はほとんどいなかったと聞いておりますが、どこか具合が悪くなられたというようなことはございませんか?
よろしければご令嬢をゆっくり観察…いえ、診察してさしあげたく存じますが」
公爵に近づいて興奮気味に語りかけたのは魔導師団の顧問をしている男性だった。
彼は見た目はローザ達と似た年頃の風体をしているが、実年齢は公爵よりも上らしいと言うことがわかっているだけで詳しいことは国王陛下を除いて誰も知らない。
ただ、この世の魔術、魔法、呪術などの不思議なことが大好物だとかで、あちこちでいろいろな事件を起こしたり他所様の邪魔をしたりしては数え切れないほどの騒ぎも起こして来たらしい。
そして周囲や本人が気がついた時には何故か魔導師団の顧問になっていたというおかしな経歴の持ち主だった。
「いや、顧問の心配は無用です。確かに私もこの術をかけたのは初めてではありますが、血脈に記憶されているせいなのか術を失敗をするようなことは勿論、体調不良を起こすこともないとわかるのです。お前もそうであろう?ローザ」
顧問の様子に一瞬目を細めた公爵だったが、顔を娘に向ける時には優しい微笑みを浮かべていた。
「はい。お父様。先程一瞬目眩のような現象がありましたが既に落ち着いております。
私が提案したこととはいえ魔導師団の顧問様にまでご心配をおかけしてしまったとは誠に申し訳ございませんでした」
そう言ってややしょんぼりした様子の娘を安心させるように公爵は頭を撫でた。
「ローザ、謝る必要はない。彼は術を行使したお前を調べてみたいだけなのだから、そのように下手に出ない方が良い」
「ふふ、公爵様にはバレているとは思っていましたよ。でも、もしかしたらご令嬢でしたら受け入れて下さるのではないかと期待していたのですが…やはり無理でしたか」
あまり残念そうではない口調で顧問はニヤリと公爵の顔を見上げた。
「無理だな。ローザには近づかせん」
公爵は腕を組んで見下しながら同じくニヤリと言い切る。その遠慮のない会話からそれなりに親しい間柄だとわかる。
「お父様、顧問様、そろそろ本題に戻りませんと…」
顧問が登場したことによって緩んだ空気を懸念してローザは父に口添えする。
「む、そうだな…。また話を途切れさせられては困るから顧問には退室して貰うことにしよう。近いうちにこちらから連絡するので今日はここまでで控えていただきたい」
公爵の言葉を受けた魔導師団の顧問の男は肩を竦ませると右手をヒラヒラと振りながら開いていた扉から一人退室して行った。
顧問の背中を見送ると大きく息を吐き出した公爵は改めて王子に向かう。
「さて殿下、あなたが、ローザを、蔑ろにして、自ら、選んだ娘は、王子妃には、全く、ふさわしくない。それでも、その娘を、選ぶ、と、言われるのであれば、陛下が下される、決定が、どのようなものに、なるかは、さすがにおわかりですね。
おや、ところで件の娘はどこに?」
言葉を一つ一つ区切りながらゆっくり話し聞かせていた公爵が王子の隣にマリアがいないことに気付いて首を傾げた。
「「「「!?」」」」
公爵の最後の一言を聞いた他の4人の視線が部屋中を飛び交うがマリアの姿はどこにも見当たらず、ただ、テラスへと続く扉にかかっている薄地の白いカーテンが風に揺れているだけだった。
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