王子は婚約破棄から現実を知る

金色の麦畑

第1話 真実

 それは王城の一角から聞こえて来た。


「お前のような気性の強い女など私の妃にふさわしくない!今ここで婚約を破棄する!

 このマリアのような慈愛に溢れ、優しくて清楚な女性こそが私の隣に立つのにふさわしいのだ!」


「さようでございますか。殿下が私の気性を理由に婚約破棄を言い出されるとは驚きでしたわ。

 ですが、あえてはっきり言わせていただきますがマリア様は王子妃になられるにはふさわしい方とは言えないのでないでしょうか?」


 呼び出された部屋に入室したとたんに人差し指を真正面から突き付けられ、それと同時に勢い良く吐かれた暴言には軽く目をみはったものの、言われた当人は薄く紅を引いた口元に白く細い指を曲げて軽く添えながら王子は知らないらしい周知の事実を言葉にして返した。


「そのようなことは公爵令嬢という身分にしか価値のないお前に言われることではない!」


 相手は返された言葉に覚えたイラつきを、傍らのマリアと呼んだ女性の腰を抱き寄せることで自分の感情をごまかしたようだ。


「ふふふ、そうですわね。身分でと言うのであればこの国の女性の中では現状私しか王妃になれる存在はおりませんものね。

 しかし、殿下にはこうした常識を言葉でお伝えたとしてもご理解いただけないことは残念ながら承知いたしております。ですので今回は殿下にもご理解いただける方法を取らせていただくことにいたします。

 私の我儘な提案でお手数をおかけすることになり申し訳ありませんがお父様お願いいたします」


 あえて開いたままにしてあった扉を振り返って呼びかける。

 娘からの呼びかけを聞いて部屋へ入って来たのは、彼女の父親であり王子が苦手にしている父王の側近の一人だった。


「は?なぜ、ここに公爵が来るのだ!?」

 驚きとともに王子は無意識に半歩下がり、王子からの問いに答えたのは公爵だった。


「お邪魔いたします殿下。実は殿下がこのようなことをなされるだろうということは前もってわかっていたのです。それでローザから殿下が行動を起こされた場合の対応について提案を受けておりました。

 それで決行日をお待ちしていたのですが、殿下からの呼び出しを受けたローザからおそらく今日ではないかと知らせがありましたので先ほどから控えておりました」


 公爵の口元は微かに口角を引き上げた笑みが浮かんでいるけれど、その瞳の奥には怒りと呆れの入り混じった感情が浮かんでいる。


「私の行動への対応だと?」


 自分の婚約者の親ではあったものの、これまでは出来るだけ顔を会わせることを避けて来た公爵の言葉に王子は片眉をピクリとさせる。


「そうです。ローザは殿下と婚約を結んでからこれまでに様々な王妃教育を受けて来ております。陛下と現在の王妃様との関係にも何の問題もありません。

 ところが殿下はそちらの方を王妃にと望まれていらっしゃるとか」


「その通りだ。マリアは気位ばかり高いローザとは違い、常に優しく私の心を癒してくれる素晴らしい女性なのだからな!」


 そう言い切った王子が腰に回していた手はマリアの体から離れる気配はなく、互いに顔を見合わせると二人で微笑み合う。


「ふむ、では仕方ありませんな。ローザ、やはりお前の提案通りに進めるしかないようだ。

 殿下ご本人に真実を知っていただく為だ、さっさとやってしまうとしよう 」


 ローザの横から前へ出て向き合う3人の真ん中に立った公爵が、ローザには右手をマリアには左手をかざすと彼の体から発し始めた光が徐々に室内へと広がった。


「『魂交換』」


 公爵の言葉のすぐ後に一瞬目が眩むほどの強い光が弾けた。


「きゃぁっ!!」

「なっ何が……マリア大丈夫か!」


 真横から聞こえた悲鳴の大きさに耳を塞ごうとさした王子はマリアの腰から手を離してしまったものの、すぐに今度は両肩に手を置いてそっとゆさぶりながら愛する女性の名前を呼んだ。

 しかし、それに答えて王子の名前を呼ぶ声が聞こえたのはローザが立っていたはずの王子の向かい側からだった。


「ま、眩しかった…。何が起きたの?マリオス様?」


「ふふふ、成功したようですわね。ねぇ、お父様……いえ、今のこの姿の場合では公爵様と呼ぶべきかしら?」


 そう言ったのは王子の隣にいたマリアで、話をしながら両肩に乗せられた王子の手からするりと抜け出すと公爵に向かって首を傾げた。


「ははっ!どちらでもかまわないと言いたいところだが確かにその姿でお父様と呼ばれるのはあまり好ましいものではないね。

 まぁ、殿下の願いを叶えるべく間違いなく事実を確認をするためには仕方ないのことなのだが。それで実際はどうなのだ?」


「はい。どうやらこの体はすでに幾人もの男性の体を受け入れているようです。驚きましたが、つい最近堕胎したこともあるようですわね…こうして入れ替わっているだけでこの身には嫌悪感しかありません」


「やはりか。さて、殿下はご存知ではありませんでしたか?

 我が公爵家に生まれ特別な儀式を受けた者は魂の入れ替えを行うことによって相手の記憶を見ることが出来るようになります。そして入れ替わっている間は儀式で取り交わした誓約により偽りを述べることが出来ません。今マリアというその娘の体にはローザの魂が入り、その体の記憶からその娘が体験した真実を話しております」


「な、なにを……」

「そ、そんなのは嘘です!マリオス様信じてください!私はそんな事してません!」


 動揺する王子とローザの姿で反論するマリアが同時に公爵へ向けて言葉を発した。


「複数の男性と同時にお付き合いが続いていましたのに、堕胎された子の父親が宰相様のご子息だと言うのは本当かしら?……それでもご子息からは殿下がご執心中の女性に手を付けたことを隠すためにとの理由で手術の手配はもちろん、手切れ金もたっぷり受け取られたようですが」


 普段のマリアからは決して発せられることのない淑女口調でローザは告げると口元に曲げた指を添えてチラリ王子を見る。その手の動きは先程ローザがしていた仕草そのもの。


「まぁ、その手切れ金はすでに彼女の父親が使い込んでいると影から報告を受けている。あぁ、もうそのようなふしだらな体にいつまでもローザの魂が入っている状況は私には耐えられない。もうよいだろう『解魂』」


 淡々と事実証明を進めていた公爵父娘だったが、わかってはいたものの今回の証明で明かされたマリアの真実に対する嫌悪感から二人の表情は次第に険しくなっていき、とうとう公爵の我慢の限界が来たようだった。


「「……!」」


 公爵がパンッと大きく手を打つと先程とは違い、ローザとマリアの体だけが一瞬光ったかと思うと次の瞬間二人ともわずかに硬直したあとその体をふらつかせた。

 倒れそうになったマリアは王子に、ローザは父親に支えられた。


「大丈夫かい?ローザ」


 問いかけられて頷きで答えたローザの視線は少しぼんやりしているものの、やり遂げた満足感からか口元には笑みが浮かんでいる。


「マ、マリアか…?」


 一方、確認するかのように呼び掛けられたマリアは俯いて震えていたが、その手は王子の上着をしっかりと握りしめている。


「マリオス様、とても怖かったです」


 先ほど公爵父娘により自身の事を告白させられた口から小さく甘えるような声を出すと王子によりかかり顔を上げた。

 上目遣いを向けられたマリアを見下ろす王子の顔には、先ほどまであった愛しさあふれるものとは違う困惑しきった表情が現れているようだった。

 それに気付いたマリアは慌てて体を起こすと王子の腕にしがみついて必死に叫んだ。


「さっきのあんなのは嘘です!私はマリオス様だけのものです!確かに私を好きだと言ってくれる方達からそういったことを求められたこともありますが応じたことなんてないです!私の体は清らかなままです!信じてください!」


 しがみつかれて懇願されても王子は唇を引き結んで何も答えなかった。


「ふむ、あくまでも無実を訴えたいようだ。君達は彼女の言ったことについてどう考えているのかな?」


 答えない王子に代わり、叫ぶマリアに続いたのは公爵の静かな低音の声。その声はゆっくりと室内から室外へと響いていった。


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