第140話 お誘い
牢に捕らえていた元貴族の人達の対処はブライアさんに任せて、僕はハイトミアの拠点である屋敷へと転移する。
「おかえりなさい」
サラさんに出迎えられて中に入り、フィルのいる書斎に行く。
「調子はどうかな?何か変わったことはない?」
「ファルナ様が実質的なトップになられたという話はこの街まで届いていて、以前のこともあって街は少しピリピリしてます。敗戦したこともあって、戸惑いも混じってます」
「それは、仕方ないのかな。特にこの街の人にとって、獣人がトップになるというのは怖いことだと思うし、敗戦国なわけだからどんな扱いをされるのか不安があるのは当然だよね。何か困ってはない?」
「すぐに動けるようにする為に、依頼を受ける冒険者が少なくなっているのと、先が読めないことで色々と物の価値が上がってます。今のところはその影響で飢えている人がいるという情報は入ってきていないですけど、今後は出てくるかもしれないです」
「ダンジョンに入る冒険者が減るのは問題ないけど、街の近くの魔物の討伐や薬草とかの採取依頼が滞るのはあまりよくないよね。食糧に関してはファルナ様主導で村を中心に配給するように動いてもらっているから心配はないと思うけど、今回のこととは関係なく食べ物を満足に買えない人は一定数いるから、見かけたら助けてあげて」
配給が始まれば上がり続けている物価も落ち着くだろう。
「はい、もちろんです」
「他には何か気になることはある?困っていることじゃなくてもいいよ」
「杞憂かもしれないけど、ファルナ様がトップになった影響で、獣人と人族の関係が逆転しないか心配です。虐げられてきたからこそ、その痛みや辛さが私達にはわかりますが、同時に恨みや憎しみという感情もあります。私はハイトさんに助けられましたが、もしフェンが人族に殺された後だったら決して許すことは出来なかったと思います。今みたいな力があれば、片っ端から殺して回ったかもしれません」
「それは、難しい問題だね。みんな仲良く出来ればいいとは思うけど、現状だと国を滅ぼされ、虐げられていた獣人の方が感情を抑えるしかない」
「はい。なので、クルトさんと私達で何か出来ないか話し合ってます。まだ何をするかは決めかねていますけど、ハイトさんとミアちゃんが私とエクリプスの方達との橋渡しをしてくれたように、今度は私が人族と獣人族が手を取り合えるように頑張ります」
フィルに僕がしてやれることはもうなさそうだ。
「ミアには言わないでほしいんだけど、僕は3年後までに元の世界に帰ることに決めたんだ。それまでに王としてやらないといけないこととか、色々ときりをつけるつもりでいる。種族差別もその中の一つだったんだけど、これは僕が口を出す必要はなさそうだね」
「え……、ハイトさん帰っちゃうんですか?」
「うん。この世界に別れたくない人はたくさんいるけど、やっぱり両親に会いたいから」
「それなら、ミアちゃんにも出来るだけ早く言ったほうがいいと思います。私が口を出すことじゃないかもしれないけど、ミアちゃんにも心の準備をする時間は必要です」
「うん、それはわかっているんだけど……、一つフィルに聞いていいかな。もし僕がミアについてきて欲しいって言ったら、ミアはなんて答えると思う?」
「……ミアちゃんがなんて答えるかはハイトさん次第だと思います。ただ、弱気になっているハイトさんはかっこ悪いです」
「そうだよね……。でもミアには秘密にしておいて。自分で言わないといけないことなのはわかってるから」
「わかりました」
書斎を出た後、ミアの部屋を訪ねる。
「僕はこれからも王城にいることが多くなると思うから、ミアも城に来てくれる?何度も魔王に頼むのも悪いと思うから、ミアも王都に来てくれるなら僕も一緒に馬車で移動するよ。何かあれば念話で連絡が入るだろうから、その時はいなくなるけど」
魔王に悪いというのはただのこじつけで、本当は初めの頃のようにミアと2人で移動したいだけだ。
移動中のどこかでミアに僕が帰ることにしたことは話したいと思っている。
その時になんて言うか、その為の心の整理もしたい。
「うん。お兄ちゃんがそう言ってくれるなら私も行くよ。でも、お兄ちゃんは忙しいと思うから一人で行くね」
気を使われてしまったけど、それだと意味がない。
「別に忙しくないから気を使わなくていいよ。僕がやらなくても、他の人がやってくれてるから。僕がやらないといけないこともあるけど、別に切羽詰まってないから大丈夫だよ」
実際、帝国との戦が終わり、牢に入れていたクラスメイトの対処を終えた今、僕は結構暇だ。
やらないといけないこともあるけど、それはこの世界の人には関係ないことで、帰還する日までに終わらせておけばいい。
帝国の方はまだ動き始めたばかりだけど、ファルナ様が舵取りをしてくれており、フィル達も動いてくれているので、とりあえず僕が口を出すことはない。
王国の方も、ブライアさんが他の貴族に指示を出すことで、徐々に酷かった部分が改善されつつあるので、今は経過観察をした方がいい。
帰還方法については委員長が、魔王からの助言を聞いた上で、1人でも多く帰れるように策を練ってくれている。
僕に出来ることがないとは言わないけど、あまり力にはなれないだろう。
引きこもっているクラスメイトのことは桜先生が気にしてくれているし、本当に手は空いている。
「それなら、甘えちゃおうかな」
「ミハイル様のところに行って、馬車を出してもらえるように頼んでくるよ。出発は明後日にしようか」
「うん。わかった」
ミアを誘うことに成功した僕は、ミハイル様に念話を入れてから転移で移動する。
「トップが変わって、何か変化はありますか?物価が上がっているという話と、冒険者が依頼をあまり受けていないという話はフィルから聞いてますけど……」
ミハイル様に近況を聞く。
「予想していたよりは落ち着いている。暴動が起きないか心配もしていたが、今のところはその様子もなさそうだ。ただ、圧政が終わって安心しているということはなく、様子を見ているという感じだな。特にこの街でハイトを知らない者はほとんどいない。ハイトミアの関係者だということも、ダンジョンの踏破者だということも知られている。商業ギルドの建物を崩壊させたことも噂で広まっているな」
「あれは少し反省してます。後悔はしてないですけど、感情任せに動いてしまったなと」
「噂程度でしかハイトのことを知らない者からすると、あの脅威が自分に向けられるかもしれないというのは恐怖だろう。王国の領土を奪った時のことを知っている者もいる。他の街でも同じように不安に感じている者はいるだろうな」
「それは仕方ないですね。生活が良くなったという実感が湧いてこれば、多少は印象もよくならないかなと期待します」
「問題から目を背けなければ徐々に評価も上がるだろうが、落ちる時は一瞬だから気をつけろ。それで、今日はそれを聞きにきたのか?」
「いえ、ミアと王都まで行きたいので馬車を出してもらえませんか?可能なら明後日に出発したいです」
「用意しておく」
「ありがとうございます。それから、今まで任せてしまっていた4人を引き取りますので、いつでもいいので王国の方の城まで送ってください」
「わかった。王都に行く馬車に積んでおく」
「今まで世話してもらいありがとうございました。お願いします」
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