7章 王編

第122話 王、説得する

「その甘さが今回の件を招いたんだよ」


魔王がそう言って少しした後、フェンから念話が届く。


『ハイトにいちゃん大変だよ。魔族が攻めてきた。今はまだ街を包囲しているだけだけど、僕達だけじゃこの数からは守りきれないよ』


フェンからの念話を聞いて魔王の言っていた意味を理解する。


「どういうつもりだ!?」

僕は魔王に言う。

周りは状況を理解していないのでいきなり僕が声を荒げた事に驚く。


「今回の戦いは僕にとっていい機会だと思ったんだよ。ハイト君は帝国の事をある程度評価しているようだけど、僕は全く評価に値しない国だと思っている。だから侵略する事にした。ハイト君が帝国も治めてくれるなら良かったのに」


「帝国全てを滅ぼすつもりなのか?」


「まずは君のよく知るそこの街だけだよ。あそこを落とせば帝国には僕の配下と戦える者はいなくなる」


「僕がなんでこの方法で領土を奪ったかわかるよね?過去に何があったかは知らないけど、無関係な人まで巻き込むべきじゃない」


「なら抵抗せずに投降すればいい。無抵抗な者にまで危害を加える命令は出していない。その辺りは理解しているつもりだ。なんで君がいるところで動いたかわかるよね?」


「……嘘は言ってませんよね?嘘だったら僕は許しませんよ」


「怖い顔しないでよ。嘘はついてない。本当だよ。そもそも君に嘘をつく理由が僕にはない。君が僕に勝てないのは証明済みだよね」


「わかった。信じるよ。でも勘違いしないで欲しい。僕の家族に……仲間に手を出したなら全ての力を使ってでも後悔させてやる」


「……わかったよ。肝に銘じておく」


『フェン、絶対にこっちから手を出すな。街は引き渡していい。こっちで魔王と話はついたから、こちらから手を出さない限り危害は加えられない。ワルキューレとエクリプスの人に協力してもらって街の人を逃すように。僕が作った闘技場はわかるよね?そこにみんなを誘導して。ギルドマスターとミハイル様には僕の方から連絡する。もう一度言うけど、こっちからは手を出さないように。街の人にも伝えながら誘導してね。万が一攻撃されたら反撃していいけど、逃げるのを優先すること。わかった?』


『わかったよ、ハイトにいちゃん。お姉ちゃんは無事なの?』

こんな時でも姉を心配するフェンに僕は笑みが溢れる。


『こっちは何も問題ないから安心していいよ。頼んだよ』


『うん』


僕はギルドマスターとミハイル様にも同じような念話を送る。


「ハイトさん、何が起きてるんですか?」

フィルに聞かれる


「フェンから念話でミハイル様の街が魔族に包囲されてるって言われたんだよ。魔王はこちらが抵抗しなければ危害は与えないと約束した。だからフェン達にここまで街の人を誘導しながら逃げるように伝えてある」


「え、え?わ、私も行ってきます」

フィルが動揺したまま向かおうとする


「落ち着いて。大丈夫だから。魔王は虐殺を楽しむような人じゃない」


「う、うん」

フィルは魔王の事をよく知らない。だから信用しきれないのは仕方ない。

僕が魔王の事をよく知っているかというと、そうではないけど……


バンッ!


「どういうことだ!」

皇帝が机を叩き激昂する


「僕に言われても知りませんよ。僕が言えるのは落ち着いてくださいって事と、領土を全て引き渡して下さいってことです。断言しますが、帝国に勝ち目はありません。聞いていてわかっていると思いますが、僕の仲間には戦わせませんからね。戦ったところで勝ち目なんてないんだから」

魔王の強さを知っている僕は皇帝に降伏するように言う。


何を企んでいるかは知らないが、魔王は本気のようだ。

結果はやる前から決まっている。


違うのは、無駄に犠牲を出すか、出さないかだ。


「何がどうなってるのじゃ…?」

ミコト様が状況についていけずあたふたしている。


「ミコト様、後でちゃんと説明するので落ち着いて座っていて下さい。サクヤさんお願いします」

僕はサクヤさんに丸投げする


「そんな簡単に領土を渡せるわけがないだろ!魔族がどんなものか知らぬが、やるというなら受けてやる」

僕は皇帝の言葉に絶句する。


「僕達と戦争するってことだね。僕は構わないよ。ハイト君ごめんね。トップが力量差もわからないと下の者は大変だ。ちゃんと約束は守って、抵抗しない者には危害を加えないからね。だから邪魔しないでよね」

僕との約束云々ではなく、魔王は元々必要以上に犠牲を出さないようにしていたはずだ。

妖精さんの話が本当なら、妖精に認められている魔王が無差別に殺すとは思えない。どうやっても、不幸になる赤子が出てきてしまうのだから。

しかし、目的のためなら犠牲は仕方ないとも思っているようだ。


「ちょっと待って下さい。皇帝、あなたはバカですか?魔王1人で帝国は滅ぼされますよ?なんでそんなことがわからないんですか?バカだからですか?どんだけ無能なんですか。やるならお前が1人でやればいい。せっかく王国も犠牲を出さずに終わらせたのに!」


「我を愚弄するな。王である我が無条件で領土を渡せるわけがないだろう」

ダメだ。バカすぎる。勝負がつく前から領土を渡せとは言わない。でも結果が分かりきっているんだから既に負けているのと同じだ。民が無駄に死ぬだけだってなんでわからないんだよ。

こいつと話をしても無駄だ。今やっとわかった。僕の目が曇っていた。

こんなことなら帝国の領土も奪っておけばよかった。

帝国がこんなんだから、王国があれだけ腐ってたんだ。

普通ならあそこまでなる前に帝国が牽制していてもおかしくない。

今回の戦も僕が利用できると思って仕掛けると言い出しただけで、そうでなければ放置していたのだろう。

今回のことを考えると、皇帝は帝国の事は大事に思っているのかもしれないけど、帝国に住む民や配下の兵士のことはどうでもいいようだ。

人あっての国なのに……


「魔王様、さっき言ってましたよね。僕が帝国の領土も手に入れていればこうはならなかったと」


「うん、言ったね」


「皇帝、僕は帝国に宣戦布告します」


「なっ!」


「開戦はいつにしますか?今からでもいいですよ。早くやりましょう。住んでいる人が可哀想だ」


「なぜ貴様と戦わねばならん。今の相手は魔族だろう。同じ人間として協力するならまだしも何故敵になる」


「僕は帝国に住む人の為に帝国を滅ぼします」


「我は貴様の宣戦布告など受けんわ」


「では僕も帝国を侵略することにします。これはラッキーですね。たまたま目の前に敵国の大将首がありますね」


「……本気なのか?」


「本気ですよ。魔王様、そういう事なので僕に譲って下さい」


「仕方ないね。譲ってあげるよ。でも失敗したら今度は僕がやるからね」


「ありがとうございます。それじゃあ皇帝、外に行きましょうか。流石にここで血を流したくはない」


「ふざけるな!こんな茶番に付き合ってられるか」

皇帝は立ち上がる


「民は犠牲に出来るのに、自分は逃げるんですか?もう一度だけチャンスをあげます。僕の宣戦布告を受けるか、それとも侵略されるか。もちろんこのまま領土を引き渡してくれてもいいですよ?」


「ぐぬぬぬ。いいだろう、宣戦布告を受けてやる」


「本当にクズですね。まあいい。開戦日を決めよう。こっちは今からでもいい」

民を道連れにする選択をしやがった。


「そんなにすぐ出来るわけなかろう。6ヶ月後だ」


「6ヶ月も無能な王の下で暮らす民のことを考えろ!長くても1ヶ月だ。それが飲めないなら交渉決裂だ。侵略させてもらう」


「どこまでも我を愚弄しよって。よかろう1ヶ月後だ」


「よし、なら場所はここでいいな。戦えるように更地にしておく。せっかく集まってもらったのにこんな事になってしまいすみません。情報が漏れるといけませんので、帝国側に付く方はご退席願います」


皇帝と宰相だけが会場から出て行く


「ハイト君、良かったのかな?」

魔王が白々しく言った


「初めからこうする予定だったでしょう?」


「バレてたか。でも君がやると言わなければ本当に帝国は滅ぼすつもりだったよ」


「わかってますよ。だからやらざるを得なかったんです」


僕は魔王の策略にのせられて帝国と戦をすることになった。


1ヶ月後、僕は戦の場所である闘技場跡地にいた。

目の前にいるのは数十人だけだ。

皇帝も来ている。普通なら相手の大将などこちらから見えるはずがないが、相手の数が少なすぎて後ろに下がっていても丸見えだ。


「それだけの数で僕に勝てると思ったんですか?僕も舐められたものですね」


「貴様、何をした!?」

皇帝が吠える


「皇帝の人望がなさすぎただけですよ。さてそろそろ開戦ですね。やりますか。本当は誰も傷つけたくはないけど、戦いとは無関係な民がいないだけ良しとします」


「ま、待ってくれ。俺は降参する。立場もあって逃げる事が出来なかっただけだ」

相手側の1人が言いながら逃げ出した。

格好からするに貴族だと思う


「ズルいぞ。俺もだ。俺も降参する」

それを見た人が次々と逃げて行く


残ったのは3人だけだ。皇帝と宰相、それから騎士団長。


「私は戦いに来たのではない。結末を見届けに来ただけです」

宰相は戦わないようだ。


「俺は皇帝に忠誠を誓っている。俺が逃げて皇帝が死ぬことはありえない」

騎士団長はそう言いながらも足が震えている。誰だって死ぬのは怖いものだ。仕方ない。

だけどこの状況でも逃げ出さない程の忠誠を誓える者を殺すのは勿体ない気がする。


「それじゃあ僕は2人を相手にするわけですね。あー数的に不利だなぁ。それに僕は人を殺したくないんです。知ってますよね?だから2人には降伏するまで王国の騎士団長と同じ目にあってもらいますか」


僕はあの時と同じで剣と杖を持つ。


「こ、降伏する。我の負けだ」

やる前から皇帝が敗北を宣言した。


民にはやらせるつもりだったくせに。


「これだけ振り回しておいてそれが許されると思っているのか?聞こえないフリしてもいいけど、条件を飲むなら認めてあげるよ」


「条件とはなんだ?」


「国王よりは軽くしてあげるよ。追放はしない。追放ってなると森か海くらいしか行くところがないからね。国王と同じ誓約書にサインしてもらう。それか腕を斬り落とす。選んでいい。あと、宝物庫はもちろん皇帝の私物も今持っているもの以外は全て置いていくこと。戦利品だよ」


「それだと生きていけないではないか」


「国王と同じだよ。いい王であったのであれば助けてくれるよ。騎士団長は好きにするといい。最後まで残った忠誠心は評価しているよ。望むのならば僕の下で働いてもいい。それはもう皇帝ではないのだからもう仕えなくてもいいでしょう」


「ハイト様、少し考えるお時間を下さい」

騎士団長は即答しなかった。


「わかった。それならどちらにしても後日城まで来て欲しい。元帝国の方の城で構わないから」


「かしこまりました」


僕は皇帝に誓約書を書かせた後、放逐する。

今回の件がなければ助けてくれる人もいただろうに残念だ。


これでやっと世直しができる。僕の気持ちが決まるまでの時間稼ぎでもあるけど……。

さて、まずは有能な配下を揃えるところから始めようかな。


第一部 完


まだ続きます

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