第118話 逃亡者、杉岡と戦う

国王……というか高村が僕の罠に引っ掛かった。


坂原さんを逃した後に、なぜ窒息死なんて時間のかかる殺し方をしたのか。

死なせる所を見せないのが1番の理由だけど、他にも変化を付けたかったからだ。


その結果、まんまと高村が引っかかった。

こんなことに引っかかるなんてよっぽど切羽詰まってるんだな


「早く確認するがいい。それとも時間稼ぎか?」

皇帝が相手を急かす。


高村が坂原さんの遺体を確認する。


「どこかに証拠があるはずだ」

高村はそう言いながら坂原さんの遺体を確認していく。


「待て!遺体とはいえ脱がすのならば場所を考えろ!死した者を辱めるな」

皇帝に言わせる。

実際には偽装なので、本人の裸ではなく、妄想に近いのだけれど、流石に止めた方がいいと思った。


「そう言って何か隠しているだけだろう?」

高村は言うが、僕は高村が自信満々な理由に見当がついているので滑稽なだけだ。


「お主にはその者が生きているように見えるのか?」


「違う。これは偽物だ。本人はどこかに隠れているだけだ」

やっぱりだ。


「何故そう思う?我には本人の遺体にしか見えないがな」


「坂原の髪の長さが伸びている。あいつは伸ばしていた髪をダンジョンでは邪魔だからと切った。この短時間で髪が伸びるわけがない。だからこれはそれを知らない者が作った精巧な偽物だ」

高村の言う通り、坂原さん本人の髪は短い。


坂原さんって誰?って委員長に聞いて説明された時に、「昔は髪を伸ばしてたのに……」って言ってたから僕もたまたま知っていた。

ちょうどいいから利用させてもらい、長髪に見えるように偽装を重ねて施した。実際には明らかに偽物のカツラを乗せてあるだけだ。


「我にはその髪が作り物に見えるがな」

皇帝に言わせる。言っている皇帝に髪が作り物に見えることなんてないはずだけど……


高村が皇帝の方を見た瞬間に僕はカツラに掛けた偽装を解く。

高村が坂原さんに視線を戻した時には、明らかに偽物のカツラが乗っているように見えている。


「なっ!」

高村も気づいたようだ。


「驚いているようだが、我はお主が何故それを見間違えて自信満々に出てきたのかが不可解だがな。それで他にその者が生きている根拠はあるのか?」


「…………ない」

高村は偽装を見破ることが出来ず、遺体だと認める。


「なら賭けはこちらの勝ちだ。降伏した者を捕虜とする。引き渡してもらおうか」

いい結果だ。これで小細工をしなくても中本君と長谷部君を助ける事が出来る。


それからミアに代わらないといけない可能性がかなり減った。

これ以上王国から得たいモノはないので、不正だと王国が言うのならば、これからは領土と本当に同等の何かを賭けないといけない。

完全にバレているなら不正だと言ってくるだろうが、疑わしいくらいでは不正しているとは言えないだろう。

痛い目を見たばかりなのだから。


王国から騎士団長とクラスメイト2人を引き取り捕虜として牢に入ってもらう。

この3人は殺しはしないが、助ける為に捕虜にしたわけではない。ついでだ。

僕の心の平穏という理由はあるけど……。


そこからの戦いは順調そのものだった。

今までは王国側の人間は降伏すれば、拷問されて苦しんだ後に処刑されるという最悪の未来が確約されていた。


でも今は違う。降伏しても捕虜になる。

わざわざ殺さないようにしているのは、王国側にもちゃんと伝わっているだろう。

流石に戦わずに降伏することはないが、勝てないと分かった時点ですぐに降伏した。


戦いが進むにつれてどんどんと国王と高村の顔色が悪くなっていく。


途中、「兵士全員がそんなに強いわけがない。なにか不正をしている」と高村に言われたが、皇帝が「どんな不正をしていると言うのだ?証拠はあるんだろうな?不正がないことを調べてもらっても構わないが、次は何を賭けるんだ?」

と言ったら黙ってしまった。


それでも噛み付いてくるなら、今度は宝物庫の中身でも空にしてやろうと思っていたのに残念だ。


なので結局ミアが戦うことは最後までなかった。

今なら嫌な思いをさせることにもならなそうなので、任せてもよかったのだけれど。


そして9戦目まで僕の勝利で終わり、最後の1戦になる。


中本君と長谷部君には、坂原さんと同じく闘技場外のテントに行ってもらい、残りは拘束して捕虜として牢屋にいれてある。


国王達、王国側の人間は皆表情が死んでいる。

当然だ。ここで負ければ領地を持たない名ばかりの国の貴族になるのだから。


最後の相手は問題の杉岡だ。

鑑定すると普通にレベルは高くスキルも多い。

職業は変わらず[勇者]でスキルにも[勇者]があった。

しかし、称号に[勇者]があった犬塚さんに比べてスキルが貧弱な気がする。


杉岡も他と同様に適当にあしらった後、両手、両足を拘束して寝転ばせる。

やはり勇者は名前だけのハズレスキルのようだ。

手応えがなさすぎた。


杉岡達はクラスメイトを苦しめることで、自分はいい思いをしていたと情報を得ている。

僕個人としても思うところが沢山あるので、降伏勧告をする前に数発殴っておく。


杉岡と戦っていてここまでずっと違和感があった。

何故杉岡の表情はずっと変わらないのだろうか?

変化がないわけではない。苦しそうではある。

でも死ぬのが怖いとは思わないのだろうか?

捕虜になった所で命が保証されているわけではないし、杉岡からすれば坂原さんのようにこちらの加減次第で殺される可能性もある。


殴るたびに痛がっており、攻撃が効いていないわけではなさそうだ。

僕の鑑定が妨害されていない限りは、形勢を逆転できるような切り札があるようには思えない。


僕は杉岡の肩に剣を突き刺す。

「ぐぅぎゃぁ!」


「降伏しろ。降伏すれば命は助かるかもしれないぞ?」


杉岡は口をパクパク動かすか、降伏宣言はしない。


僕は反対側の肩にも剣を突き刺す。


それでも杉岡は降伏しない。


僕は騎士団長にやったように突き刺しては治してを繰り返す。十数回繰り返した所で僕は考える。

やっぱりおかしい。

騎士団長が30分以上も耐え続けたのは、降伏したら拷問が待っており、僕の魔力が尽きるのを期待していたからだ。

もしかしたら他国に捕まった時のために、尋問されても情報を出さない訓練をしていた可能性もある。


しかし杉岡は違う。この世界に慣れたとしても、元は日本で暮らしていたんだ。耐えられるとは思えない。

やっぱり篠塚君の情報通り杉岡は戦いから逃げる事が出来ないようだ。

死に恐怖しないのだけが謎だけど、僕はそう結論付けた。


僕は頭を切り替えて、覚悟を決める。

杉岡に勝つには殺すしかないということだ。


僕は杉岡の右腕を肩から斬り落とした。

村正ではなく、普通の剣なのでスパッとは斬れずステータスでゴリ押しした。


すぐに死なないように治しはするけど、完全には治さない。杉岡の肩からは血が少しずつ流れていく。


これでも降伏はしないか……。

そして国王も杉岡を助けるつもりはないと。

高村も冷めた目をしている。あいつのクズさ加減にはイラつきさえ覚える。


このまま放っておけば杉岡は死ぬだろう。杉岡の命を助ける為に勝ちを譲る気はない。


せめて殺す判断をしたのは僕ではないことにさせてもらおう。


「そこのクズ。いや高村だったか……。こいつは降伏する気がないようだ。皇帝からは殺すなと言われているが、このまま放っておけば直に死ぬだろう。俺にとっては降伏しようが、死のうがどうでもいいんだが皇帝の命は極力守るつもりだ。どうだ、代わりにお前が戦わないか?今のままなら負けが確定している。俺がこいつの命を助ける為に降伏するなんてことはないからな。こいつが死ぬまでは待っていてやる」

僕は杉岡の代わりに高村が戦うように言う。


代わらないならこのまま杉岡が死ぬだけだ。

僕の中では高村が見殺しにしたと言うことでなんとか心の整理をしようと思う。


だけど、あの国王のことだ。杉岡が本当に死にそうになり、負けが確定しそうになれば高村と代わらせるだろう。


僕は杉岡を眺め続ける。哀れだな。仲間だと思っていた高村はいつまで経っても代わるとは言ってこないのだから。


杉岡の意識が朦朧としてきている


「いいのか?もうすぐ死ぬぞ。俺が助けるなんて変な期待はするなよ」

僕は高村と国王に言う


高村は目を背ける。

だけど、国王が口を開いた。


「待て!こいつと代わる。10戦目はやり直しってことでいいんだな?」

やはりだ。国王にとって高村よりも領土の方が大事だ。

高村を戦いに行かせれば、負けが確定しているものが振り出しに戻るのならば当然こうするだろう。


「俺はやるなんて言ってない」

高村が拒否する


「やり直しで構わない。こいつとの戦いは無かったことにしてやる。国王が代わると言っているんだ、早く降りてこい」

僕は高村の意見を無視して話をする。


杉岡を軽く治して止血したうえで、拘束を外し王国側の観客席に投げ込む。杉岡は控室の方へと下がっていった。

杉岡との戦いは無かったことになり、結果をつけるならば引き分けで“終わった”。

予想通り、逃げたとは判断されないようだ。


「忘れてないと思うが、時間になっても出てこないのは不戦敗だからな。今回は異例ではあるが、常識の範囲内で出てこないならこちらの勝ちとするからな」

いつまでも出てこないので、早く出てくるように言う。


高村が渋りながら出てきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る