第115話 逃亡者、戦いを始める

王国との戦いの日の前日、僕とミアは戦う場所へと移動していた。


「お兄ちゃん、心の整理は出来たの?」

ミアが言っているのは杉岡の話だ。


「大丈夫だよ。一応皇帝に話をしたりして最悪な事態にはならないようにしようとはしているけど、そうなってしまった時にどうするかは決めてある」


「無理しないでね」


「うん、ありがとう」


目的の場所に到着する。

目の前には闘技場がある。即席で作ったけど、良い出来だと思う。


帝国領側には闘技場とは別に貴賓室も用意してある。

これは僕には作れないので皇帝に作るように言った。


僕は貴賓室に順番に入って挨拶していく。


魔族は魔王とゲルダさん。

獣人族はフィルとクルト。

エルフは長老。

妖精族と精霊はいるらしいけど、見えなかったので独り言を言っているかのように挨拶をした。


後は種族代表というわけではないけど、ミコト様にも来てもらっている。来て欲しいのは犬塚さんだけど……。


帝国軍が集まっているところに行く。


人数は少ない。兵士自体は騎士団長を含めて10人しかいない。

あとは皇帝と宰相などの貴族達だ。


僕は皇帝と話をする。


「特に問題はありませんか?」


「問題はないが、頼まれていた件は駄目だった。戦闘不能でも負けにはならないのは変わらなかった。一応、当事者以外が負けを認めることは可能になったが、王国側はどれだけ負けが濃厚で殺される状態になっても助けるつもりはないだろう。向こうが使う気がないから、ルールの追加を許可したって感じだな」


「そうですか……。ないとは思いますが、こちらに関してはヤバかったら僕の指示で負けを認めて下さい」

仕方ない。覚悟は出来ていた。


「もちろんだ」


僕は闘技場外のテントに行く。


「お待たせ。みんなに挨拶だけしてきたよ。ルールの変更は出来なかったみたいだから杉岡の時は僕がやるからね」


「そっか。私はお兄ちゃんが後悔しないならなんでもいいよ」


「うん、ありがとう。ミアはマズイと少しでも思ったら降参してね。領土なんかよりミアの命の方が僕にとっては大事だからね」


「うん。お兄ちゃんもね」


「大丈夫だよ。無茶はしない」


翌日、遂にこの日になった。


闘技場に戦いに選ばれた人が集まる。


帝国側は騎士団長を含めた兵士10人だ。

表向きはこの10人が戦うメンバーである。

実際には偽装スキルで僕かミアが兵士のフリをして戦うことになるけどね。

基本的には僕が戦うわけだけど、入れ替わりのタイミングなどで、怪しまれる可能性がある時はミアが戦うようにお願いしてある。


王国側は8人がクラスメイトで2人は知らない人だった。

騎士団長とかその辺りだろう。

8人の中には残念な事に杉岡が含まれていた。

意外な事に高村は参加しないようだ。


せっかく観客席まで作ったけど、ガラガラだ。

無駄に観客を呼んだりしていないので当然である。


お偉いさん達が観戦する用に貴賓席をいくつか作ってある。

帝国側には皇帝が座っており、王国側には国王が座っている。その横には高村の姿があった。


魔王やフィル達には好きな席を使ってくれればいいと伝えてある。

ただ僕が呼んだわけではあるけど、中立の立場でいて欲しいので、帝国陣営とは離れてもらっている。


両国の宰相が出て来て、今回の戦いに関して最終確認を行う。


国盗りの戦いではあるけど、1対1で戦う。


予め領土を10分割しており、1勝ごとに勝者が領土を1つ頂く。なので10敗すれば全てを奪われる。


勝ち抜き戦ではないので、勝っても負けても決着がつけば次の人に代わる。

異例である今回の戦いの申し出に王国が乗ってきた理由はここにある。


当初、皇帝は勝ち抜き戦を行うように話を持ち掛けた。

実際に勝ち抜き戦の方が都合がいいのだけど、王国側に帝国には極少数だけ強者がいて、その人物に総取りさせるつもりだと思わせた。

川霧達が戻ってこない以上、王国はこちらに強者がいる事は把握していただろう。

召喚した異世界人でも負ける可能性があると……。

なので王国はこちらの想定通り、勝ち抜き戦ではなく、勝っても交代するならばと話に乗ってきた。

こちらの提案した5人ではなく、10人ならと言ってきたのは想定外だったが、結局は僕かミアが戦うのだから、あまり人数は関係ない。


皇帝は、兵士ではない民を巻き込みたくないという理由で今回の戦い方を提案しているので、王国の条件を渋々飲む演技をした。


国王は全てではなくても、ほとんどは勝利できると思っているのだろう。始まる前から顔がにやけている。


試合のような感じではあるが、実際には戦争だ。

勝敗は相手が降伏するか、殺したら勝ちになる。

よって気絶させて戦闘不能にしても勝ちにはならないので、その場合は起きるまで待って降伏を促すか、トドメを刺す必要がある。

トップ(国王、皇帝)の判断で負けを認める事は出来るようにはなったので、負けを認めてさえくれれば殺す必要はなくなるが、国王の性格上期待は出来ない。

まあ、杉岡以外は死にそうになれば降伏してくれるだろう。


ほとんどが思惑通りに決まったが、重要な事で1つだけ思惑とは違うことになった。

それは敗者の扱いだ。降伏した場合は捕虜としたかったが、断固として認められなかったようだ。

異世界人を他の国に渡したくないのだろう。


降伏した後に危害を加えられないように、捕虜という形で保護したかったわけだけど、怪しまれるわけにはいかなかったから、条件を飲むしかなかったようだ。


それから、10戦全てが終わるまでは中断は出来ない。

途中で分が悪いと気づいても戦わざるを得ない。時間が経っても出て来なければ不戦敗になるだけだ。


これはこちらから条件を飲ませるつもりだったが、王国の方から言ってきたそうだ。

都合が良いので渋々承諾した形になっている。


最後に、全てが終わってから不正が発覚しても勝敗は覆らない。但し、それまでに不正が発覚した場合は不正を行なった戦いは敗北扱いになる。

裏を返せばバレなければ不正は黙認されているということだ。


互いの宰相が確認を終えて、問題がない事を確認し、国王と皇帝が最終的な承認をする。


これでもう待ったを掛けられることはない。


戦の参加者は控室へと移動して、闘技場は一度無人になる。


1戦目は10分後からになる。


僕は篠塚君に念話を送る。

1つ気になることもあるので聞いておいた方がいい


『こっちは問題なく始まる。そっちは問題はある?』


『大丈夫だ』


『高村は見えるところにいるんだけど、古尾の姿が無いんだ。もしかしてそっちに残ってる?』

古尾の姿が見当たらないのが気になっていた。戦うメンバーに選ばれていると思っていたんだけど……


『そっちにいないのか?』


『見当たらない。もしかしたらそっちに残ってるのかも知れないから気をつけて』


『わかった。それじゃあこっちも行動に移すから、連絡が取りにくくなる。そっちもだと思うが頼むな』


『こっちは任せといて。そっちはお願いね』


『おう』


僕は1戦目に戦う兵士に偽装して入れ替わり、控室から闘技場へと向かう。


最初の相手は誰かな……

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