第41話 逃亡者vs商人
翌日、僕は領主様の屋敷に向かう
他のみんなは留守番してもらっている。
まあ、前回ミハイル様相手に緊張してたからね、無理矢理連れてきても可哀想だ。
「先日はお世話になりました。ミハイル様にハイトが来たと伝えてもらえますか?」
僕は門兵の1人に言伝を頼む
「ミハイル様よりハイト様が来られたら通すように言付かっています」
僕は中に通される
客間で待っているとミハイル様がやってきた
「ハイト君、昨日の今日なのに面白いことになってるね」
ミハイル様に笑顔で言われる
「巻き込んでしまってすみません。元々はただ買い物をしに行っただけなんですけどね…」
「状況は念話で聞いてるから大体わかってるつもりだよ。商人のやり方には思うところがあったから今回のことはいい機会だと思ってるよ。それに証文をちゃんと作ってくれたことは大きい。今回の件に限れば正義はこちらにある」
「そう言って貰えると助かります。フィルとフェンがいる前で獣人の事を薄汚いと言われて、ついカッとなってしまいました」
「いつでも守ってあげれるわけじゃないからね、もう少し考えて動いて欲しい。でも現状を打破するには、そのくらい強引に物事を動かさないといけないのかもしれないな」
「ミハイル様は打破するために何か策があるんですか?」
僕は街を見て回って闇は深いと感じた
「今はない。勝算が無ければ迂闊には動けない。ただ、打破するためには倒さないといけない敵はわかっている」
「商業ギルドですか?」
「ああ、そうだ。正確には商業ギルドの幹部だな。特にマスターだ。獣人に対して差別意識の強い商人を優遇しているせいで、住民にまで悪い思想が蔓延してきている」
それは見てわかった。だからこそ今回の件が起きたともいえる。
あのレベルの品質であんなに大きい店だったのもこれが影響してるんだな
「まずは商業ギルドをなんとかする。今はその機を伺っている所だ。なんであんなに獣人を邪険にするのかがわからないが、商業ギルドの妨害がなければ時間は掛かるだろうが差別意識も薄れていくと思いたい。」
「そう思うと今回の件は商業ギルドにダメージを与えるいいきっかけになるかもしれないですね」
これは金貨5枚どころの話じゃなくなってきたな
「多分、マスターは今日来ないと思うがな。昨日の店主は見捨てられるだろう」
「なぜですか?」
「俺に弱みを見せることになるからな。証文がある時点で勝てない事はあちらもわかっている。勝てない勝負はしない相手だよ。もしかしたら、君だけであれば君を権力で潰す為に表に出てきたかも知らないけどね」
そういうものか。ミアが証文を作るように念話で飛ばしてくれて助かった。危うく言い逃れする隙を作る所だった。
「じゃあ、今日は店主しか来ないって事ですね」
「幹部の1人でも連れてきたらラッキーくらいだね。それでも商業ギルドの息が掛かった店にダメージを与えられるのは大きいと思っているよ。獣人を邪険に扱っているとこうなるっていう指標にもなってくれるしね」
「ゲルダ様にも言いましたが、僕に出来る事なら手伝いますので必要な時は言って下さいね。フィルとフェンを引き取った以上、僕も当事者だと思っていますから」
「ああ、助かるよ。まずはこの街だけでも獣人が住みやすいようにしたいからね」
「差し支えなければですが、ミハイル様はなぜ獣人に対してそこまでされるのですか?」
僕は不思議に思っていた。領主という立場ではなく1人の人間としてどうにかしようと足掻いているように見えるから
「……私がまだ小さい頃にね、誘拐されたことがあるんだ。その時にたまたま助けてくれたのが獣人の男の人だった。僕はまだ小さかったから獣人が差別されていることがよくわかっていなかった。だからその人に懐いてしまった。でもそれをよく思わない人によって在らぬ罪を着せられて街から追放されてしまったんだ。その後は魔族領でゲルダ様に拾われて助かったみたいだけど、その人の人生を狂わせてしまった事に違いない。だからかな…」
覚悟はして聞いたけど結構重い話だった。
「話してくれてありがとうございます」
「君が気にすることではないからね」
「はい。でも力にはなりたいので、その時がきましたら遠慮なく言ってください」
「助かるよ」
ミハイル様の昔話を聞いていると昨日の店主がやってきた。
ミハイル様の予想通り1人で来たみたいだ
「よく来てくれたね、とりあえずそこに座りたまえ」
ミハイル様の前の席に店主を座らせる。ちなみに僕はミハイル様の隣に座っている
「最初に聞きたいんだけど、今回の件は君が証文を反故にしようとしているって事でいいのかな?正当な理由がない場合は罪になるけどいいんだね?」
ミハイル様は貼り付けたような笑顔で話し始める
「いえ、そのようなつもりは……」
店主はギルドマスターに見捨てられた時点で意気消沈しているようだ
「私が聞いている話と違うようだけど?ではこちらのハイトが私に虚偽の報告をしたと言うことか?」
店主の顔がどんどん青くなる
「いえ…」
「話が進まないね。私の部下のメイドがたまたまその場にいて話は聞いているけど、君の言い分を聞かせてくれないかな?ちなみにメイドというのはこの証文に書かれている保証人のサラの事だよ」
ミハイル様は店主を睨みつける
「……私の勘違いだったようです。証文どおり金貨5枚支払います」
店主は金貨5枚を机の上に置く
「ハイト君、受け取りたまえ」
ミハイル様は金貨を掴むと僕に渡す
店主はそれを見て許されたとホッとする
「それじゃあ、この後は私と君の話だね」
ミハイル様が店主を見つめたまま話す
「えっ?」
店主は戸惑う
「君の勘違いによって領主の私の時間を無駄にしたんだよ。はい、さよならとはいかないのはわかるよね?」
店主の顔はまた青くなる
「…はい。」
「ハイトに聞いたんだが君の店は粗悪品ばかりみたいじゃないか。」
「…そんな事はありません」
「私は嘘が嫌いだよ。君の店は裏通りでは一番大きいみたいだね。同じ裏通りに売ってるものよりは良いものを売っているとは思うかい?」
「そ……それはもちろんです」
店主も自覚があるんだな。言葉が詰まるのが証拠だ
「もう一度言うよ、私は嘘が嫌いなんだ。…なら君の店よりも明らかにいいものが裏通りに売られていれば君の店は畳んでもらうけどいいよね?もちろん他の街で再開する分には構わないよ」
「な!」
「私はこの街には実力が伴わないのに幅を利かせている店が多いように思っていたんだ。君の店もそうじゃないかと前々から思ってたんだ。これを機にこの街を見直したいと思うくらいにはね」
そう言いつつミハイル様は鋼鉄の短剣を机の上に置く
昨日注文した親方の店で実は購入していた
「ちなみにこれが裏通りに売ってた短剣だ。これを見ても君は自分の作った品の方が質がいいと言えるか?」
ミハイル様は意地悪だな。どっちを答えてもこの店主に未来はないだろう。度合いが変わってくるだけだ。
「……もちろんです」
店主は短剣を見た上でそう答えた
残念だな。ここが最後の分岐点だったのにな……
「君は見る目もないんだね。素人の私がみてもこの短剣が君の作ったこの剣より圧倒的に優れているとわかるのに。」
ミハイル様はどこからか剣を取り出す。事前に用意していたようだ。
「今すぐにこの街から出ていくか、それとも詐欺の罪で投獄されるか選びたまえ」
「…詐欺などしておりません。今回の証文も私の勘違いで先程金貨も支払いましたよ」
店主は悪あがきをする
「私がなにも調べずにこんな事を言っていると思っているのかい?」
ミハイル様は机の上に何かの紙を置く。
「……」
店主はそれをみて言葉を失った。
何か店主の悪行の証拠でも書かれていたのだろう
「さあどうする?」
「街から出ていかせていただきます」
「そうか。それと君が買い取った敷地だけど領主である私に献上することを勧めるよ。そうすれば今日のこの時間も無駄ではなくなるからね」
ミハイル様は店主を見つめながら問いかける
「……もちろんです。私が出て行った後はご自由に使ってください」
「それはよかった。私も死体は見たくないから良かったよ」
ミハイル様が笑顔で怖い事を言う。
「……それでは失礼します」
店主はげっそりした顔で屋敷を後にする
「少しやり過ぎだったのでは?」
僕はミハイル様に尋ねる
「君の件だけならね」
そう言ってさっきの紙を見せてくれる
そこには店主の悪事がびっしりと書かれていた。
中には目を疑うものも
「彼のせいで人生を狂わされた人がたくさんいる。甘いくらいだよ」
「そうですね……」
今まで甘い汁を吸ってきた報いを受けただけか
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