第21話 シンプルに考えること
現場に向かう直前、購買部の中川課長から内線を受ける。
すぐに購買部に来られるかとのことだった。
これからすぐに伺いますと伝え、購買部のフロアへ。
受付の佐々木さんに用件を伝えようとすると、それより先にどうぞと中へ通される。中川さんのデスクまで行くと、いつもよりさらに上機嫌な中川さんが手を上げる。
「宮内、良い知らせだ」
「もしかして…」
思わず僕は言ってしまう。先日のサウナと外気浴デッキの案件の話に違いなかった。
「そうだ、例の案件部長に通した。で、OK貰った。な、宮内。俺のお陰だぞ」
「はい、中川さん」
「いやー、こればっかりは俺も無理だと思ったぞ。まあ、当然ちょっと条件も付いたけどな。でも悪い条件じゃないし、むしろ施主さんにとっては好条件だ」
中川さんの話を聞きながら、僕は一刻も早く施主さんに見積もりを届けたい気持ちが溢れていた。この見積もりが通るのは奇跡に近い。
僕は中川さんに何度も礼を繰り返した。
中川さんも嬉しそうにふんぞり返る。地元の後輩の無茶ぶりに応えられたのは、中川さんにとっても嬉しかったに違いない。
それと、これは後から解った事なのだけれど、この件に関しては受付の佐々木さんの尽力があったとのことだった。この案件を完全に諦めていた中川さんに、佐々木さんが繰り返しお願いしてくれたそうだ。
そんな事とは知らず、この時の僕は軽く頭を下げて佐々木さんの前を通り、現場に向かったのだった。
その日の終業後、久しぶりに木村さんと『金時』のカウンターに並んで、生ビールのジョッキを傾けた。
木村さんは相変わらず大将特製の唐揚げの熱さに悶えながらも舌鼓を打っている。
「宮内さぁ、仕事楽しんでるらしいじゃん?」
「木村さん耳が早いですね。どこからそんな話仕入れるんですか?」
「購買部だよ」
僕は笑って、木村さんに言う。
「木村さん、どうせまた受付でサボってたんでしょ?」
「宮内言ってくれるよ。俺は常に材料の新しい情報を仕入れてるんだよ」
「それにしては購買部の中より、受付での滞在時間が長くないですか?」
「それは、ほら。砂漠のオアシスで戦士のちょっとした休息な訳だよ…って、おい! なんで俺が宮内に言い訳してるんだっての!」
木村さんは楽しそうに言うと、ジョッキを飲み干して、お替りを頼む。
僕もそれに習い、すぐにお替りを頼み、木村さんに言う。
「実は木村さんにずっと話したいことがあったんです」
「前にもそんなこと言ってたな?」
それから僕は遥のことを木村さんに話した。これまでのことや病気のこと。遥や順子さんへの想い。そんなことを手短に、でも強く語ったのだ。
木村さんは静かに聞きながら頷いたり、目を閉じたりしながら耳を傾けてくれていた。
「木村さん、こないだまで急いで帰っていたのはその為なんです」
「そうか」
木村さんは短く答えた。それからジョッキのビールを喉に通す。
「簡単なことは言えねーけど、大切にしないとな、そのこ」
「はい。でも自分に何ができるのかっていつも悩んでしまうんです」
「当たりめーだよ、そんなの。だって自分じゃないんだからさ。だけどさ、自分事なんだよ。いっぱい悩めばいいんだよ。
でさ、とにかく悩んで、考えて、お前ができることをさ、押しつけがましくなくやってみたら良いんじゃないのかな。
ずっと一緒にいたんだろ? そんなお前にしかできないこともある。でも考えれば考えるほど難しいな、こういうのは」
木村さんにしては歯切れの悪い言い方だった。でもそれは遥のことを語った僕の気持ちの反映なのだと思っていた。
実際遥の病気が分かってから、僕自身の気持ちに
木村さんに遥のことを話したのは、木村さんからの誘いを断ってしまった言い訳というよりも、木村さんなら明確な答えを持っているのではないかと期待したところが大きかった。
でもあらゆる明確な答えが、明確な問い掛けの上に成り立つように、やはり僕にはまだ確な問いかけが見つかってはいないのだった。
そういう意味で、僕は遥の現状について本当の意味で寄り添えていないのかもしれない。
「なあ、宮内。考えるんだけど、考えすぎるな。答えってな、常にシンプルなんだよ。今までずっと一緒だったんだから、お前がその子を想ってパッと思いついたことが、あながち間違いじゃないと思うんだよ。きっとそれがその子にとって一番お前らしい答えなんじゃないか?
で、それがその子の嬉しいことだと俺は思う」
カウンターの中をせわしなく動き回る大将を、僕はじっと眺めていた。
木村さんの言う通りだった。自分事なんだけど、僕らしい想いがきっと遥は喜んでくれるんじゃないか。喜ばせる事なんかより、大切なのは僕らしくそこにいる事なのかも知れないと、自分なりに結論づけた。
でも頭ではそうは思っていても、現実に実行するのは難しい。
実際僕はまたこの先、遥をひどく困らせてしまうのだから。
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