第19話 僕なりのおせっかい

 午前中は、見積もりの作成に行き詰ってしまい、午後一に、購買部に赴く。

 購買部の受付には新入社員の佐々木さんが、何かの書類に目を通していた。

 彼女は男ばかりの購買部で、静かに淡々と業務をこなしていた。

 その姿はまるで堂に入っていて、新入社員とは思えないほどだ。

 しかしながら彼女の容姿については、社内でも時々話題にのぼるほど、人目を惹くものがあった。

 木村さんに言わせば、購買部に咲く可憐な花。或いはむさ苦しい砂漠のオアシスなどと嬉しそうに語っていたのだが、彼女の方は必死に話しかける木村さんを見事なまでに冷たくあしらっていた。

 確かにメーカーとの折衝も多く、強面こわもての購買部での安らぎであることは、僕も否定できなかった。


「あの、中川課長は在席ですか?」


 僕は佐々木さんに訊ねた。佐々木さんは書類から目を離し、僕を一瞥する。


「アポはありますか?」


 やはり応対一つとっても新入社員とは思えないくらいの落ち着きだった。僕は答えた。


「いや、それほどの用でもないので、もし在席中ならと思って」


 購買部のフロアを見渡すと、部長と立ち話をしてる中川さんを見つけた。

 中川さんは僕と目を合わせると、部長との話を切り上げて駆け寄ってきてくれた。

 僕は佐々木さんに小さく礼を述べ、中に進み出る。

 佐々木さんは、いえと小さく答え、また書類に目を戻した。


「宮内、どうした?」


 中川さんは嬉しそうに訊ねる。以前値下げ要求の強い施主の案件で相談に乗ってもらって以来、中川さんは僕に親しく接してくれるようになった。たまたま地元の中学校区が同じだったことも、僕を気に掛けてくれるきっかけの大きな要因だ。

 僕は手に持っていた図面と見積もりを中川さんに見せる。


「実は見積もりの価格で、値引要求されているわけではないんですけど、施主さんの想いに応えたくて…」


「おっ、そういうの良いじゃないか、宮内」


「で、ここの部分なんですが…」


 僕は図面の浴室の所を指さす。

 この物件は施主の要求で、2人用のサウナと外気浴デッキをしつらえることになっている。

 そうすると、どうしても価格が跳ね上がってしまうのだ。

 どちらかの規模を変えて応じるか、或いは両方の規模を小さくするというのが常だ。

 でも僕としてはサウナの規模も、外気浴デッキの規模も、二人用に維持したかった。

 それと云いうのも、施主さんには小さな息子さんがいて、将来はこの場所が二人のコミュニケーションエリアになるのではないかと、僕なりに想像していたからだった。

 中川さんは僕の話を聞きながら、腕を組んで唸り声をあげる。


「宮内、その気持ちはいい。でもそれはちとキツイぞ…。課長の俺でもちとキツイぞ…」


「やっぱり、ちょっと難しいですよね。他のエリアは奥さんの要求で確定してるんです。でも他のことは要求しないお父さんが、唯一要求したところなんですよ。ここ削るとお父さんの居場所も…」


「宮内、辛いぞ。お父さんの気持ち、お前も分かるよなぁ」


「はい、だからここはお父さんの将来も、お父さんの現在も削りたくないんです。中川さん…」


 中川さんはさらに唸り、腕組に力が入る。

 そして散々唸った挙句、何故か僕に何度も謝る。 


「すまん、宮内。すまん!」


 そう言うと、逃げるように自分のデスクに向かって行く。

 一連のやり取りを目の前で見ていた佐々木さんが、下を向きながらクスッと笑う。

 僕は佐々木さんに笑って返し、購買部を後にする。

 やっぱり駄目だった。でも何とかしたかった。ここの金額を抑えて、施主さんの未来を僕の手で輝かせてあげたかった。何かほかに良い方法がないだろうか。

 そんなことを考えながら自分のデスクに戻った。

 おせっかいの先の先は、僕にとっては困難が多いのだ。

 しかし最近は、施主さんたちの喜ぶ顔を想像して働く事が、本当に楽しくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る