第10話 接着剤のような

 金曜日は見積もり説明に二件回り、あっという間に終業時刻になった。

 二件とも施主さんの反応が良く、説明も大かた頷いてもらえた。細かいところは当然まだまだ調整が必要なのだけれど、お互いの要望がしっかり擦り合わさっていることに手応えを感じていた。

 一旦社に戻り、調整部分のメモを見返しながら来週以降のスケジュールを確認していると、木村さんに肩を叩かれる。この展開を待っていた。


「宮内、金時どうだ?」


「良いですね」


 二つ返事で片づけを始める。

 木村さんはスマホを取り出して、自宅に電話を入れる。

 二人して作業着のまま金時へ向かう。



 開店間もない金時は嵐の前の静けさといった感じで、まだ客の入りもまばらだった。

 木村さんの後に従い、カウンターに二人で陣取ると、準備に忙しい大将が向こうから顔だけを向けて言う。


「おっ、珍しく早いね。それに二人して作業着かい?」


 木村さんが切り返す。


「今日は家には戻らず直行だよ」


「息子の飯はいいのか?」


「おふくろが世話してくれるんだってさ。たまには飲んで帰って来いって」


「泣けるじゃねーか。良いおふくろさんだよ」


「だけどよ、大将。飲んで帰ろってのに、誘っても誰も来ねーの」


 僕は驚いて木村さんに言う。


「木村さん、誰も来ないから僕ですか?」


「そーなんだよ。全部断られて最後に引っかかったのが宮内」


「ちょっと待ってくださいよ。僕、木村さんの誘い、待ち構えてたんですよ?」


 木村さんと大将が楽しそうに笑い、そのあと大将が言う。


「誘っても誰も来ない男と、誰からも誘われない男。良いコンビじゃねーか? で、何飲むんだ?」


 僕は木村さんより先に答える。


「誰からも誘われない男は生ビールです!」


 木村さんが吹き出したついでにおどけていつもの僕を真似る。


「僕も同じものを~」


 すぐに生ビールが運ばれて、乾杯をする。


「宮内、冗談だぞ。今日は宮内と飲みたくて朝から構えてたんだよ」


「電話でもメッセージでもしてくださいよ。僕、今日は会社中の誘いを断ってたんですよ、嘘ですけど」


「いいよ、宮内。俺との仲がずいんぶん力抜けてきたな」


 そう言うと、木村さんは大将に特製の唐揚げを注文する。大将がカウンターの奥の方から言う。


「木村、馬鹿の一つ覚えかよ」


 木村さんも返す。


「大将喜べよ、リピーターっていうんだよ」


 そんなやり取りをしていると、あっという間に店内は満席といった感じになった。大将が僕と木村さんの目の前に特製の唐揚げを提供しながら言う。


「こいつは何か気に入るとそればっかなんだよな。嬉しいけどな。あ、それとよ、お兄ちゃん」僕に向かって付け加える。「こいつな、ここに人連れてきたのはお兄ちゃんが初めてなんだぜ。で、また気に入るとそればっか!」


「大将、そういうのいらねえっつーの!」


 僕は木村さんに言う。


「木村さん、ツンデレですか?」


「宮内うるせーよ!調子に乗んな!」


 僕としてはかなり嬉しかった。アニキ的な存在に昔から憧れていたからだ。それに木村さんから吸収できることはたくさんあると、最近強く感じるようになっていた。

 僕は少しだけ真面目に、木村さん言いう。


「あれから少し木村さんが言うように、視点を変えて仕事するようになったんです。そしたらこの仕事が向いてるかとか向いて無いとか考えなくなってきました。与えられた仕事で、何と言うか、なるべく多くの人に喜んでもらえるような、ボタンみたいなところが押せると、自分も嬉しくなるような。上手く言えないんですけど、そのボタンみたいなのを押す回数を積み上げていけば良いんじゃないかって、最近。木村さんにその事聞いてもらいたかったんです」


「んなこた、分かんねーよ。でもな、宮内。そんな感じで良いんじゃねーか? そんな感じで良いんだよ。俺、息子いんだろ? でさ、息子に良かれって色々すんだよ。それこそ無償の愛よ。でもたいていのことはさ、突っ返されるし、上手く行ってるのかどうかも分からない。答えなんてないのよ。でも飽きもせず色々考えて、あーでもない、こーでもないって。で、最近思うのはさ、これで良いんじゃないかって。反応もその答えも欲しいよ? それも大事なんだけど、そう思うことさ。俺がやろうとしてることや思ってやってることが、何か接着剤みたいなのになってさ、息子の出すそれぞれの答えをくっつけてやれてれば大正解なんじゃないか?」


「接着剤ですか?」


「接着剤ってさ、つけすぎると逆に接着面が脆くなるんだよな。適量が大事なんだよ。その適量を失敗しながら探ってさ、しっかり引っ付けてれば正解よ。それは無償の愛なんだけど、つけすぎると無駄だし、脆くなる。足りなくても脆くなるし、引っ付きさえしねえ。仕事もなんか似たとこねーか?」


「はい…」とは答えはしたものの、まだまだ僕には難しかった。木村さんは僕と歳が二つしか違わないはずなのに、不思議なくらい達観していた。そして、僕にとって必要になる答えをいつも与えてくれていた。やろうとする事や、思うことが接着剤のようになる。

 これから先、この考え方は僕にとって大切な指針となる。この先の僕と遥を巡る物語にとって。

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