第9話 母


「なんじゃ。まだ見つかっとらんのか」


 開口一番に、予期せぬ来訪者はしゃがれた声でそう言った。

 座る車椅子が足元では小石を弾き、その遠慮のなさを少しも隠す気がないといった様子で新山と飯嶋の元へと近づいた。

 彼はその目の前にまで迫ると、二人の顔と【天地人の御庭】の入り口を交互に見やって鼻を鳴らす。


「休んでいる暇があったらみなでも探しに行かんか。これだから役所のもんは……」

「ち、ちょっと、お父さんおじいさん! 失礼ですよ!」


 老人の後ろから駆け寄って声を上げたのは、目元に深い隈をたえた中年の男。

 男は車椅子に手を掛けながら、新山たちへ向けて深々と頭を下げた。


「すいません。父には行かないように言っておいたんですが、どうしてもと言われまして……」

「いえいえ、構いません。『捜索中には依頼を受けた冒険者とその関係者以外は立ち入り禁止』……というのは、ただの規則ですから」

「ええ、本当にすいません。それで……厚かましいですけれども娘の捜索の方はどうなっていますか?」

「お電話した通り、現在冒険者を向かわせている最中です。こちらこそ、ご心配をおかけして――」

「――ふん、なにが冒険者じゃ。どうせロクな者はおらん」

「お父さん! いい加減にしてください!」


 といった一言を皮切りに始まる口論。

 昨日から今に至るまで、そういった口喧嘩が二人の間で何度も繰り返されてきたことは、傍から見ていた飯嶋にも分かった。


「新山さん、あのお二人が……」

「うん、依頼人の荻野正樹さんとその親父さんのしげるさん」


 相も変わらない穏やかな表情を口喧嘩の方へ向けながら、新山は静かに答えた。


 荻野正樹とその父の茂。

 【天地人の御庭】へ向かう道中で新山が話した、今回の捜索対象の家族であり、この天生神社――【禁域】の管理人である。


「でも、やっぱり捜索依頼の規則違反じゃないんですか? 心配なのは分かるんですけど……」

「来てしまったのなら仕方ないよ。それに今回の場合は一応ダンジョンの――【禁域】の関係者ではあるからね」


 新山の話した『関係者以外は立ち入り禁止』といった規則は、単に現場を混乱させないためだけでなく、二次的な人災を防ぐためにあった。

 ダンジョンに潜る知識がない一般人が遭難者の後を追えば、捜索対象が一人増えるも同然である。

 心配だのと、捜索が遅いだのと、そういった理由で親族や知人がダンジョンに潜ってしまい大事になったことが昔にはあったと、それ故に規則が作られたのだと、飯嶋は新入職員の研修で聞かされていた。


 ただ、今回は【禁域】の関係者が来てしまったという状況である。

 つまり、この場に居てもよい人物と解釈出来なくはないし、ましてや管理人ともなれば後を追うこともないだろうと新山はこの状況を理由づけた。


「だからこそ、余計に心配なんだろうけれどね」


 落ち着いた声で新山は付け加える。隣でむっとする新人を宥めるように。


 しかし、新山の言葉を聞いてもなお、飯嶋は納得できずにいた。


 ――捜索対象を、荻野美郷をいち早く見つけ出したい気持ちは家族の二人も、職員として此処にいる自分たちも同じのはずだ。

 もちろん冒険者ではない自分に何が出来たのかなんて、胸を張って言えることは一つもない。

 だが、捜索の遅さに不満を言いに来るのは、故意ではなくとも邪魔をするのは間違っているのではないか。


 そう思ったときには、彼女は一歩前へ歩み出ていた。


「――だから、『捨ててしまえ』と言ったろうに」

「あ、あれは……椿子つばきこの置き手紙で……か、関係ないでしょう!」

「あっ、あの……!」

「関係ない、じゃと?」


 割って入った飯嶋に見向きもせず、車椅子の老人は声を荒げる。


「あの手紙通り、かッ!」

「……え?」


 『母親の後を追った』。

 それはつまり、この【天地人の御庭】に美郷の母親が足を踏み入れたことを意味していた。

 天生村の冒険者の行動記録を取る飯嶋だからこそ、ある不自然さに気付く。

 

 この村の【禁域】の捜索事案は今回が初めてである。

 では、それはいつの出来事なのだろうか、と。


 【禁域】探索を行った冒険者は数少なく、その一覧に荻野という名字の者はいない。

 では、冒険者でもない美郷の母親がいったい何故【禁域】に入ったのか、と。


 ――あの文章を、この【天地人の御庭】を解く鍵は。

 自身が言いかけたその言葉を思い返し、飯嶋はさらに一歩と前へ詰め寄った。


「なんじゃ、役に立たん年寄りは早く出て行けとでも言うか」


 行き場のない感情を露わにして、老人は飯嶋をじっと睨みつける。

 その目に宿った強い怒りと悲しみをしっかりと見据え、彼女は応えた。


「詳しく、聞かせていただけませんか? 美郷さんのこと、彼女のお母さんのこと、そしてこの……『天生神社』のことを」




―――――




「おや、貴女であればあの七儺めを討ち滅ぼすすべを既に知っておいでかと思いましたが」


 呆然と立ち尽くす一人の少女を見上げ、小人は首を傾げる。


「その御顔は母君そっくりでありましょうに」

「……お、お母さんが? お母さんを……知ってるんですか?」

「ええ、ええ、よく存じ上げておりますとも」


 そのように答えたところで、小人は思案するように唸る。

 しばらくした後、それは少女の前に歩み出て語り始めた。


「では少し、昔話をいたしましょう」

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もっと不思議の現代ダンジョン ~【レベル1から】と【アイテム持ち込み不可】が基本条件の未踏破ダンジョンを知識と経験で踏破したいと思います~ 落田ヨダレ @yodaren

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