第5話 石碑


―――――



「大丈夫ですかね。神木さんはともかく荻野さんのところの……」


 一方その頃、【天地人の御庭】の入り口に付近に建てられた天幕の下で飯嶋は呟く。

 彼女は手持無沙汰に目の前の白紙の表計算ソフトをぼんやりと眺めていた。

 天幕の中には彼女が扱う記録用のノートパソコンや簡単な手当を行うための救急箱などが設置されていた。


「どうだろうねえ……仏さんが上がってきてないってことはまだあの中にいるんだろうね」


 腕を組みながら鳥居の前に立ち、その奥を見つめる新山。

 何か考え事をしているように飯嶋からは見えた。


「そこそこ時間経ちましたけど音沙汰ないですね」

「中と外で時間の流れが違うからねえ。この辺のダンジョンと同じくらいのズレなら、今ごろ神木くんはまだ一階辺りをウロウロしてるんじゃないかな」

「……第三ダンジョンと同じくらいの長さって考えても先は長そうですね」

「九十九階まであるとは限らないよ。五十階までしかない場合もあるだろうし、ひょっとしたら十階やそこらで一番下に着いちゃうこともあるかもね。此処は未踏破だからさ」


 新山は長年の冒険者の経験からそう語る。

 彼が理由として未踏破であることを挙げるのは、おおよそのダンジョンに当てはまるとある特徴を身をもって知っていたからだ。


 ダンジョンには最深部まで到達したものが初めて現れたとき、より深くまで拡張されるという特徴がある。

 【禁域】を除くほとんどのダンジョンが踏破されている現在、その事実を知るものは特に若い冒険者の中には少ない。

 新山が冒険者であったその昔はダンジョン攻略の黎明期であり、踏破されたダンジョンはまだ少なかった。冒険者同士で情報を共有しあい、皆で初の踏破を目指していた日々を新山は懐かしく思う。だからこそ、自身がかつて歩んだ道のさらにその先を進もうとする後進を、そして自身が到達しえなかった未知の領域に挑む人々を、新山は今の立場となって応援しているのだ。


「短いって断言も出来ないけどね。この禁域の――【天地人の御庭】の最深部に誰も辿り着けないのには何か理由はあるんだろう」


 この【禁域】が自身の死地となることも恐れず、挑んでいった数少ない手練れたちの顔を新山は思い出す。


「たとえ【レベル1から】でも【アイテム持ち込み不可】でも、そしてどんなに深いダンジョンだったとしても、此処に挑んだ皆には攻略出来るだけの知識と経験はあったはずなんだ」

「……もしかしたら、荻野さん家の子がまだ生きてることにも何か関係が……」

「うん、私もそう考えてるよ」


 幾度の死を乗り越えてあの地に立つ男に向け、新山は言う。


「――さあ頑張るぞ、神木くん。このダンジョンはきっと、一筋縄じゃあいかないぞ」



―――



「……ふぅ。やっと見つけた……」


 神木は抜いた刀を手に携えて一息つく。

 二体の鬼との戦いを終えた後、彼は階の中を歩き回り何度かの戦いを経て目的のものを見出した。


 庭の中にぽっかりと空いた穴。そこには下へと続く『階段』があった。

 現実世界の階段であれば位置的に池の中に繋がっていそうに見えるが、ダンジョンの中にあるそれは次の階へ進むための道として存在している。

 ダンジョンの基本構造にならって、その先にもまた同じような庭園が広がっているのだろうと神木は思った。


「とりあえず……荷物を確認してみるかな」


 神木は階段に向かいながらステータスを開いて荷物入れの中を文字として確認する。

 装備品枠には『無銘の刀+2』、その他には『黒革の絵巻』をはじめとしたいくつかの識別出来ないアイテム。

 あれだけの戦闘を経ても、結局刀以外のアイテムを彼が使用することはなかった。

 そもそもその必要がなかったともいえる。まだ一階で敵も弱く、刀一本さえあれば簡単に突破できていた。


 神木は荷物入れの中に加えてレベルや体力値などにも目を通す。

 レベルは3になり、体力値の最大は24。冒険者がダンジョンの中で得る自然回復能力によって、現在の体力値は最大に近い値を示していた。

 スキルはレベル2に到達した際に〈刀熟練度:小増加〉を選んで獲得。熟練度増加系のスキルは攻撃によるダメージを上げる、冒険者の中では「レベルを上げて物理で殴りたいやつが取る」とされているスキルであり、出来るだけ未識別のアイテムを使用したくないといった彼の考えがスキル選択にも表れているようだった。


「うーん、スキル構成ミスりたくないけどなあ……でもこの先何が出てくるか見ておき――――ん?」

 ちょうど階段の前に立ったところで、神木は足元にあった何かに気付く。

「……なんだこれ。何か書いてある」


 神木が背景の一部と思い込んで見逃していたそれは、彼の膝ほどの高さしかない小さな石碑だった。

 彼は屈んでそこに書かれた一文を読み上げる。


「――『此の先、前栽あり、花は一身にて二面、カミおはすところなり、荒らすべからず』……?」

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