巻き付く首

 ーーシオン!シオンはどこだ?

 

 領主ハムは駆ける。

館の門を越える迄は我慢していた。が、もう我慢は出来ない。

彼も人の親だ。道中異変は無いかと注視する一方、我が子の姿をも探していた。駆ける馬は鼻息荒く、景色は簾の様に伸び幾多の線となり過ぎる。彼の目は魔王の残像がダブり影を見つけてはシオンであるか魔王であるか、生あるか死せるかといつも以上の処理速度で判別する。

 勤勉な領民ばかりで助かった。領主が必死の形相で走る姿を見せずに済んだ。領民は明日の為に既に家に帰っているのだろう、通りには一人も居ない。


 館から10分駆けた頃、丘の方角を闇が覆っていくのを見たハムは一層強く鞭打つ。馬は主人の焦りを共にする様に悲痛な嘶きを返すのみだ。

 それから30分駆け漸く丘に到着した。丘はいつもと同じ静寂に萌える。ハムとハムを乗せた馬のみが異物だ。馬は今にも果てるのかと不規則な嗚咽を漏らし、尻と腹からは血が滴る。ハムは髪がほつれ剣は鞘から抜かれ、月明りで鋼が鈍い光を帯びる。

 程なくハムは念願の息子の姿を見出した。楠の洞を埋める様に蹲った状態で

「シオン。シオン! 」

 ハムは平常を装い息子に一歩一歩と寄りながら呼びかける。だんだんと見えてきた息子の輪郭は小刻みにぶれ、腹に何か抱えているのを見る。息子は呼び掛けに答える事も無く震えるばかりだ。

「シオン。何があったのだ? 答えよ、シオン 」

 息子が返事を返してくれる事に一縷の望みを抱きながら呼び掛けるが、1言毎に最悪が駆け寄ってくる。漸く息子の体に触れた時、同じように最悪は不幸な領主をこの丘の様に包み込んだ。


 ーー魔王!?


 息子が抱えているのは首だ。その首は忘れもしない持ち主の物だ。人の一生では遠い昔の事ではあるが忘れた事が無い。ハムの最大の失態として脳裏に刻まれた顔が息子の腕の中に在る。

 息子を優しく揺さぶるも起きないのはこの首のせいなのか? 魔法に明るくないハムにはそう推測する事しか出来ない。ハムはひとまず息子から首を引き離そうとするが、引き離す度にナメクジが這う様にヌメェとまた息子の腕を拠点とする為、引きはがす事も出来ない。

 ハムは、刃に手を当て少し引いた。ハムの手は瞬く間に紅く染まり館から持ってきた札に紅を添えた。途端、紅くなった札は一つの火となり人が通れる位の炎となった。炎はまるで扉の様で、ガジモドが書斎へ入ってくる様にその扉から現れた。

 ガジモドは丘に立つなり周りをゆったりと、そして注意深く見渡した。魔力の残影を感じているのだろう長く垂れた眉が風に撫でられた様に揺れている。

「すごい量でございますね。大戦があったのかと見間違うばかりですね」

 領主に告げる魔法使いは、先ほどの悲報と同様に表情が無い。領主は領主然とするべくゆっくりと言葉を発するが、子供の頃の声が混ざっていた。

「どうだガジモド敵は居るか? 」

「いえ、既に居なくなっている様でございます」

「であるか……、であればこちらを見てくれ、シオンが起きないのだ」

 魔法使いはシオンの体を診た。そしてその首をも診てその面妖さに初めて驚きの表情を見せた。

「ひとまず、私の研究室へ運びましょう。」

そう言うが早いか魔法使いは、シオンを抱え領主が作った扉の横に今度は水で扉を作る。

「シオンは無事なのか?」

 領主は子供に戻ったように老いた魔法使いに尋ねた。

「シオン様は魔法攻撃もされておりますまい。ただこの首が悪さをしない様に封印する必要がありますので、研究室までお連れしたいだけでございます」

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